第七話  月が笑ってる






目を見ればわかる。



口下手な自分にとって、目を見るだけで言いたいことが伝わる相手というのは貴重だ。
その逆もしかり。

ちょっと難しいことを言われると理解するのに時間が必要、あるいは頭がショートしてしまう
自分にとって目を見ただけで伝わり伝わってくる相手。
いま目の前で黙々とお好み焼きをひっくり返してる彼女がまさにそれ。その人。
もと、カノジョ。

怒ってるなぁ。

話の内容は大体想像がつく。
ここ数日の出来事は当然彼女の耳にも入っているだろう。
親友として報告の義務を怠ったことに対して怒ってるのだろうか。

いや、そんなタイプじゃないな。
自分たちはけっこうサバサバした関係だ。
聞かれなければ答えないし何かが起きても逐一知らせるようなフットワークのよさは
お互いに持ち合わせていない。

「ねぇ、ごっちん」
「まだだよ」
「いや、お好み焼きのことじゃなくて」

たしかに腹は減ってるがそんなに待ちきれないような顔に見えるのか。
辻加護じゃないんだから焼けるのくらい待てるっつーの。

「なに怒ってるの?」
「ほえ?」

麻琴ばりにポッカーンと口を開けてこっちを見る彼女。
かわいいんだけどね、いやいや、ほえ?じゃないっすよ。
もしかしてこの人自分が怒ってることに気付いてないのかな。
自分の心の変化とかに鈍感な人だったな、そういえば。

「意識してないかもしんないけど怒りのオーラが滲み出てるよ、後藤さん」
「えーっ、そうかなぁ」
「怒ってるっていうよりなんだ、苛立ってるって感じかも」
「うーんどうだろ。ちょっと待って考えてみる」
「どうぞどうぞ。あっ焼けてるよね。いっただっきまーす」

考え込む彼女を尻目にお好み焼きをパクリ。
そういえばまともにメシ食うの久しぶりかも。
ひとりだと、なんか食べる気しないんだよな。
最近仕事で遅くなることが多いから家には寝に帰るだけだし。
おっ今の言い方なんかカッケーかも。

ごっちん特製のお好み焼きにパクつきながら彼女の怒りの原因に再度頭を巡らせる。
…う〜ん、わからん。
考えたって、仕方ない。
聞けばすむことだ。

「ごっちんわかった?」
「あー。なんか、沸々と」
「やっぱり?」
「よしこの顔見てたら込み上げてきたよ」
「…えーっと、じゃあ今日はこの辺で。ゴチでした」

立ち上がりかけたあたしの腕をギュッと掴んで不敵な笑みを浮かべる彼女。
かわいいんだけどね、いやいや、恐いんですけど。
諦めて座り直したらようやく離してくれた。
掴まれた腕はちょっと赤みを帯びていた。

「冗談だよごっちーん。帰るわけないじゃん。せっかくお誘いいただいたのに」
「メールしたときは覚えてたのにお好み焼き作りに没頭してたら言いたいこと忘れちゃってたよ。
 梨華ちゃんと別れたってね」

さすが親友。遠慮がないね。
他人の口から聞くとまた重みが違うなー。
現実がズバッとのしかかってくる。
あたしに言えた義理じゃないけど。

「よしこが切り出したの?」
「イエス」
「卒業が原因じゃないでしょ?」
「イ、イエス」
「卒業のこと、ミキティから聞いたんだって?」
「イエス」
「やぐっつぁん、気にしてたよ」
「………」

やっぱり言うべきじゃなかったな。気にする人だってわかってたのに。
あの人にはついつい甘えてしまう。
辛いときはいつでも甘やかしてくれるから。
いいかげん師匠ばなれしなさいってよく梨華ちゃんにやきもち妬かれたっけ。
そういえば梨華ちゃん、ちゃんとゴハン食べてるかな。

「矢口さんのせいじゃないのにな。うちらのこと半ば自分の責任みたいに思ってるフシあるよね」
「あれはあたしが悪いんだよ」
「ごっちんも悪くないよ。だれも悪くなんてなかったんだと思うよ。まあ言うなれば、若さゆえってやつ?」

プッと噴出すごっちん。
ん?なんで?あたしそんなおかしなこと言ったか?

「なんでそこで笑うんだよ。フォローしたのにぃ」
「ん、ゴメン。なんかあたしたちやっぱ似てるなぁって、おかしくてつい」
「なんだそりゃ」
「それよりやぐっつぁんが気にしてることわかってんなら、なんでミキティから聞いたなんて言うのよ」
「あれはホントついうっかりというか、ポロッと。矢口さんなんか勘違いしてたし。
 それにまさかそんなに気にするなんて思わなかったんだよ。
 だって今回教えてくれたのは美貴なんだよ?矢口さんが責任感じることなんてないのに…」

梨華ちゃんが言わなかったことにはあえて触れなかった。

「やぐっつぁんはあたしたちの時と今回をダブらせてるから」

ごっちんが怒るのも無理はない。
あの頃、ひたすら責任を感じる矢口さんに二人して一生懸命説明した。
矢口さんのせいじゃないんだって。
ごっちんとあんな別れ方をした今でも気まずくなることなく親友をやっていられるのは
二人でやったその共同作業のおかげなのかもしれない。

とにかく今回のことで矢口さんの心の傷がまた開いてしまった。
ごっちんが怒るのも、無理はない。

二人して黙り込む。
お好み焼きを食べる手も小休止だ。
短い沈黙のあと、思わぬところにつっこみが入った。

「美貴」
「あたしはよしこだよ?」
「バカ違うよ。美貴って言った。さっき、よしこ」
「美貴は美貴じゃん」
「ミキティとなんかあるの?もしかして梨華ちゃんからミキティにのりかえたとか」
「ばっ、なっ、そっ」

ばかじゃないの!
なにいってんだよ!
そんなわけないじゃん!

あまりの衝撃発言に言葉が出なかった。
なにをどう勘違いしたらそんなことになるんだ。ごっちん勘弁してよー。

「なんだ違うの」
「当たり前だろっ。大体なんでそんなこと」
「だって前から思ってたんだけどよしこが名前を呼び捨てにするのって珍しいなって。
 あたしんときだって『ごっちん』だったし、梨華ちゃんは『梨華ちゃん』でしょ?
 あ、でもベッドの中では『梨華』とか呼んでたの?
 あたしんときもよく『真希』って言ってくれてたよね、盛り上がると」

…コイツ、絶対あたしのことからかってるよ。
鏡を見なくったって自分の顔がゆでダコみたいになってるのがわかる。
そんなあたしの顔見てニヤニヤしてる、この小悪魔。

「どの口がそんなこと言うんだーコイツ」
「ひひゃい、ひひゃい、ひょめんなひゃい」

両頬を引っ張っていた手を離してやる。
まったく冗談が通じないんだから、なんてブツクサ言う彼女を横目にお好み焼きにかぶりつく。

呼び方なんてさーどうでもいいじゃん。
キャラに合った呼び方ってのがあるんだよ。
美貴は美貴、ごっちんはごっちん、梨華ちゃんは梨華ちゃんが一番しっくりくるんだよ。
なんでかよくわかんないけど。

「わかってるって。呼びたいように呼べばいいんだよね。
 名前の呼び方で相手との関係なんか計れないよ」
「そうそうさすがごっちん、ってからかった張本人がよく言うよまったく」
「へへへ。だって面白いんだもん。んぁ!なんかあたしたちとんでもなく話が脱線してない?」
「ああっそうだ!矢口さん。矢口さんの話まだ終わってねーよ」

すいません師匠。忘れてたわけじゃないんです。
これから審議を再開しますんで。

心の中でわけのわからない言い訳をしてさて、と話を戻そうとする。
嫌な予感。

「ごっちん」
「んぁ?」
「どこまで話したか覚えてる?」
「よしこは?」
「………」

はぁ、今夜は長い夜になりそうだ。
こんなあたしたちを見て月もきっと笑ってんだろうな。
バカな弟子でほんっとごめんなさい。



でも矢口さん、焼きそば食べてからでもいいですか?



「大体やぐっつぁんは」

焼きそばを口に含んでモグモグさせながら話を再開する。

「よしこに甘すぎなんだよね」
「いーじゃんべつに。うちらは固い絆で結ばれてるのだよ」
「てか別れるのなんて結局は当人たちの問題なんだからいちいち責任感じることないんだよ」
「まあそれはもっともなんだけど」
「自分のせいでふたりがダメになったなんてさ、思うかな普通」
「おーい、ごっつぁん?」

なんかトゲトゲしい。
妙な展開になってきたぞ。軌道修正しなきゃ。

「直接の原因はないにしろ、きっかけを作ったって思っちゃってるのかも。矢口さん責任感強いから」
「そんな、うちらがやぐっつぁんのことそんなふうに思うわけないのに。
 なんでそんな責任感じちゃうのよ。なんかそういうのって」

悲しい。

焼きそばを食べる手を止めてごっちんは俯いた。

あぁそっか、ごっちんはそこを怒ってたのか。矢口さんに信じてもらえないことを。
逆を言えば矢口さんがあたしたちを信じてないってことになる。

あたしたちは本当にまったく全然気にしてないっていうのに過去を蒸し返した矢口さん。
付き合っていた二人よりも一番過去に囚われているなんて、そんなの悲しすぎる。
優しすぎる。

「ミキティはなんでそのことよしこに言ったのかな」
「美貴は悪くないよ」
「わかってる」

まだなんか訊きたそうな顔してるよ。
ん〜、これ以上つっこまれるとちょっと話しにくいな。
でも話さなきゃ納得しないよね、ごっちんは。

「美貴はね、知らなかったんだよ。あたしが知らなかったことを」
「あ〜。あたしたちのときでいう、やぐっつぁんの立場だ」
「そう。てっきりもう梨華ちゃんから聞いたと思ってたらしくて、
 あたしが落ち込んでるんじゃないかって励まそうとしてくれて」
「結果的に余計落ち込ませたわけだ」

そんな身も蓋もない言い方。いやたしかに落ち込んだけど。
でもそれもやっぱり美貴のせいじゃないんだよ。
これはあたしたちの問題だったんだから。
ごっちんならわかるよね?

彼女の目を見つめた。
彼女も見つめ返す。

しばらく二人ともそのままだった。

「あたしの勘だけど、ミキティは……」
「うん?」
「やっぱなんでもない。ほら焼きそばまだあるよ」

なにかを言いかけて、ごっちんはあたしのお皿の上に焼きそばをのせた。
オイオイそんなに食えないって。ごっちんの焼きそばウマイけどさ。

きっとごっちんは気付いてたんだろう。
あたしが最近ろくに食べてなかったこと。
あらためて励ましの言葉を口にしたりはしないけど、ごっちんなりの気遣いが嬉しくて
ありがたくてあたしは腹がいっぱいだったけど焼きそばを食べ続けた。

「矢口さんは、きっといつかわかってくれるよ」
「うん」
「なんつったって次期リーダーだもん」
「うん」
「この次期サブリーダーが言うんだから間違いない」
「うん?」

最後のクエスチョンマークは聞かなかったことにしてそれからまた大量の焼きそばを食べ始めた。
ウンウン唸りながら。
二人で馬鹿みたいに。
夜が更けるまで。



あんなことやこんなことをした相手とこうして焼きそばが食べられるのも
矢口さんのおかげなんですよ。
危なっかしいかもしれないけど、もっと頼ってください。
いつまでも、矢口さんはあたしの愛しい師匠なんだから。



呟くこの声に、やっぱり月が笑ってるような気がした。










<了>


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