第六話  愛するっていうこと






後悔は、死ぬときにまとめてする。



もともと自分から動き出すのは苦手だ。どっちかっていうと受け身。
感情を表現するのも上手くはない。素直になれない、とでもいおうか。
見切りは早い。去るものは追わない主義だ。諦観の極致。
しつこいのは嫌い。

しつこくされるのは、相手による。

よっちゃんとあたしは似たもの同士だと思う。
よっちゃんは来るものも拒まず、みたいだけど。
受け身同士じゃ話が進まない。今回はあたしが攻めにまわろう。
自分から動き出すのは苦手だけど、素直にならなければ。

欲しいものを手に入れるために。



「ミキティ」

この声は矢口さんかな…眠いんだから寝かせてよ。もう〜。
無視して夢の中へ逃げこもうとしてさっきまで見てた夢を思い出す。

…やっぱり起きよう。

「なんですか」
「こわっ。ちょ、ちょっとこっち見ないでくれる?悪いけど」

寝起きに限らず自分の顔が怖いことは知っている。
もちろんかわいいことも。
にしてもその言い方はないんじゃない?そっちが起こしたくせにさ。

しぶしぶあらぬ方向を向いた。

「ぶはっ!ホントにあっち向くなよ〜アハハハハ。かわいーねーミキティ」
「知ってます」

むっとして向き直った。
楽屋にいる二人のうちの一人が寝てたら起こしたくなるのもわかるけど、勘弁してよ。
昨夜はよっちゃん攻略方法を考えてて寝たのが遅かったんだから。
文句のひとつでも言ってやろうかと口を開きかけて思い直す。
夢の中から救い出してくれたことに感謝してたから。

「ねぇミキティ」
「なんですか」
「松浦とはどうよ?」
「どうって」
「ラブラブ?」
「ラブラブって…はぁっ?!」

なんかとてつもなく変なこと考えてるよこのちっちゃい人。しかもこのニヤケ面ときたら。
そっか。よっちゃんのニヤニヤは師匠ゆずりだったのね、と納得してる場合じゃない。
否定、否定しなきゃ。

「えーっと、矢口さんってバカ?」
「照れない照れない」

イヒヒと笑うこの人が、娘。の次期リーダーだとは。
頭がイタイ。

遠くを見つめるあたしを不思議そうに見る矢口さん。
あたしが溜息をつくとまた笑った。
その表情はびっくりするほど可愛くて穏やかで、ちょっと心を奪われそうになった。
でもそれは恋とか愛とかそういうんじゃなく、なんかとっても安心できる、そんな笑顔だった。

これとよく似た優しい笑顔をあたしはわりとよく見てる気がする。
どこかで。
どこで?

思い出そうとすると笑顔が遠ざかる。掴めそうで掴めない。
再び矢口さんが口を開いたので、笑顔の行方探しは一時棚上げ。

「ミキティ、キミは恋をしているね?」

時期リーダーの言葉は確信に満ちていた。



「亜弥ちゃんじゃないですよ?」

ニヤリと笑う次期リーダー。
さっきの笑顔はどこへ?

「てことは松浦じゃない誰かに恋してるんだ」

はうっ。しまった。
次期リーダーは抜け目ない。
諦めたように頷くあたしをさっきの笑顔で見ている矢口さん。
しかもなんか嬉しそう。

「オイラだてに何年も娘。にいないからね、メンバーの恋してる顔なんて一発でわかるよ」

チクリと胸が痛む。
矢口さんに恋してる顔を見破られたメンバーの中にはきっとあの人も入っているんだろうな。
それも1回ではなく、きっと2回。それ以上ってことは、ないよね?

さっきの夢が頭に浮かんだ。

『よしこはあたしのものだよ』
『よっすぃーは私のもの』
『ミキティのものにはならないね』
『ミキティのものにはならないわよ』

元カノと今カノに責められて俯くあなた。
あたしはそんな光景を斜め上から見下ろしている。
ポワンと空中に浮かんで、なにもしないでただ見ているだけだった。

「で、だれ?」
「や、べつにいいじゃないですか」
「むぅ〜教えてくれたっていいじゃんか。協力してやるよ」

あなたのアホ弟子ですよ。言いたいけど言えないな。
詳しい経緯は知らないけど二人のキューピッド役だったんでしょ?
好意は嬉しいけど困らせたくない。
いま現在ラブラブな二人に割り込もうとしているあたしの存在を知ったら、やっぱり複雑だよね。
今はまだ、あたしが口をつぐんでいればいいことだ。

「まあ、いろいろあるよね。口にしたら変わっちゃうかもしれない想いとか」

答えにくい雰囲気を察してくれたのか、それとも矢口さん自身そういう経験をしてきたのか
そう言って彼女は携帯をいじりだした。

ぶっきらぼうなところもあるけれどよく気遣ってくれる人だと思う。
見えないところで支えてくれる。面倒見がいい上に厚かましくない。
あ、なんださっきの笑顔はよっちゃんだったんだ。
あたしなんで気づかなかったんだろ。

掴めそうで掴めなかったあの笑顔がいまはっきりと胸の中にある。
この師弟は実は似てたんだ。



初めて会ったときから、あの笑顔が好きだった。
遠くを見つめる横顔に、いつしか虜になった。
呼びかけられるその声に、胸が高鳴った。

なにを考えているんだろう。
なにを見ているんだろう。
その瞳の奥には、誰が住んでるの?

小さな恋心がゆっくりゆっくり育っていく過程をあたしは随分と楽しんだ。
片思いを楽しむことができるなんて思ってもみなかったな。
愛するっていうことはまだ知らないけどできたら、絶対、あなたに教えてほしい。
あなたに感じさせてほしい。
あなたから、愛するという気持ちを。

どんななのかな?恋とはどう違うの?

ゆっくりゆっくり育てた恋心のように、ゆっくりゆっくり、でも確実に気持ちを紡ぎたい。
そんな願いが叶う日がいつかくるのかな。

できればきてほしい。

昨夜のギラギラした気持ちやさっきの夢はどこかに消えてしまったようだった。
今はまだもうちょっと育った恋の余韻を味わいたい。



ちっちゃな手で携帯をいじっているこの良き先輩に心の中でお礼を言ってから、再び眠りについた。










<了>


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