第四話  思い出は胸に秘めたまま






今も、思い出は胸に秘めたままだ。



『なんでそんなこと言うの?!』
『大好き』
『変わらないよね。うちらはいつまでたっても変わらないでいられるよね』
『ずっとこうしていたい』
『どうしてダメなのかな?』
『愛してるよ』
『別れるときまで、気が合いすぎだようちら』



ソファーに寝そべっていたら、脳裏に様々な言葉が蘇ってきた。
あたしの、そして彼女の笑顔と泣き顔も。
べつに今さら感傷に浸りたいわけじゃなく、さっき耳にした話のせいで否応なしに思い出したんだ。

世間的には今もまだ若い年齢だけど、若さゆえなんて言ったら裕ちゃんに睨まれそうだけど、
あの頃のあたしたちはたしかに若かった。若すぎてダメになる、なんてよくある話。

きっかけはなんだったんだろ。
まわりがなんとなく思っている原因はあたしの『卒業』みたいだけどそれはちょっと違う。
なんて表現したらいいのか…しいて言えば『卒業』は起爆剤みたいなもので
くすぶっていた火種にまんまと引火してしまっただけ。

その時期すでに恋の終わりが見えていたあたしたちに『卒業』を乗り越える体力は残っていなくて、
でもすっぱりと諦められるほどの勇気もなく、ダラダラと無意味に過ごした季節は
あたしたちに決してなにももたらしてはくれなかった。

時すでに遅し。

少しの勇気がなかったために深い傷を負ったふたりがようやくそれに気づいたときには
すでに修復不可能な状態で。
お互い苦しんで苦しんで泣いたり蹴ったり叫んだり殴ったり吐いたり縋ったり愛したり愛さなかったり。
後にも先にもあれほど感情を爆発させたことはないと思う。

職業柄それなりにいくつかの修羅場を見てきたわけだけどでもそれは常に傍観者としてで、
恋愛においてそんなことに陥るなんて夢にも思っていなかった。

ましてや親友の、最愛の、よしこと。

頭の後ろに両手をまわし、楽屋でひとりボーッとしていると
ついつい思考が出口の見えない迷路に彷徨いこむ。
もう考えたって仕方のないことなのに。
あ、次への参考にはなるか。同じ過ちを繰り返さないための。

でももうわかっている。
同じ過ちは二度と繰り返されないことを。
だってあのときは、とにかく若かったから。
あのときにしか犯せない過ちだったんだ。

待ち時間に暇を持て余してうろついてた間に見知った顔の何人かに捕まり
教えられた最近一番のビッグニュース。

まわりが何を考えているのかなんとなくわかる。
何を期待しているのか。
ていうかふたりが卒業することよりそっちの話題がメインになってるってどうよ?
色恋沙汰に目がない観衆があたしに探りを入れてくるのをなんなくかわして楽屋へ戻って今に至る。

そしてまた思考のスパイラル。んんー。

「ごっつぁん」

急に呼ばれてイスから転げ落ちた。
なに?なに?なに?

「しっかりしろよ、ごっつぁん」
「や、やぐっつぁーん!びっくりさせないでよー。えっ、ていうかいつ入ってきたの?いつからいた?」
「ごっつぁんが戻ってくる前からいたよ。遊びに来たけどいなかったから待たせてもらってた。
 普通さー、部屋入ってきた時点で気づくだろ。なにボーッとしてんだよ」
「え、ずっといたんだ。ごめんやぐっつぁん、マジで見えなかったわ」
「うわっ素で言いやがった。ちょっと傷つくんですけど。どうせオイラはちっこいよ」

拗ねる彼女にごめんごめん、と言いながら持ってきたお菓子を勧める。
辻と一緒にすんなよなーとか言いながらもポリポリ食べてる。

それにしてもホントに気づかなかった。
そんなにあたしはボーッとしてたんだろうか。
いや、やぐっつぁんが縮んだだろうな、きっと。

「で、なにして遊ぶ?」

ちょっと意地悪く片眉をあげて反応をうかがった。
苦笑する彼女。

「遊びにきたわけじゃないんだよ。ちょっと話したくて」
「ん、知ってる」

そう切り出したものの、彼女はなかなか話を進めなかった。
あたしは何も言わずに待っていた。

「あんまりごっつぁんたちのノロケ話とかって聞いたことなかったなぁ」
「いきなりどうしたの?」
「ん、いやオイラふたりの付き合ってた頃の話、あんま知らないからさ。
 ふたりとも全然そんな話しなかったし。なんか憶測だけでもの言ってたら
 そりゃよっすぃーを説得できなかったのも当然だったな、って」

説得しようとしたんだ。やぐっつぁんらしい。

「やぐっつぁんはあたしとよしこが別れたあと梨華ちゃんの背中押してあげたんだよね。
 あっ責めてるわけじゃないよ、念のため」
「うん。ごっつぁんには申し訳なかったけどずっと相談乗ってたからね、梨華ちゃんの。
 別れてからだいぶ時間も経ってたしそろそろいいんじゃないかって。
 あの場合、ああするのがベストだと思ったから」
「わかってる」

あの頃はわからなかったけど、今ならわかる。

「あの頃ね、付き合ってる頃、楽しいことも悲しいこともいろいろあったよ。
 それを他の人に話したらもったいない気がして黙ってた。
 自分だけの思い出、ひとりでこっそり楽しみたかったんだ。
 話したら消えちゃいそうな、大切じゃなくなっちゃうような気がして。心配かけたよね」

喋りながら思い出す。
そうだ、あの頃のあたしはいつも宝物を持っていたんだ。
毎日増えてく宝物。
よしこからいつももらっていた。
そっと胸にしまって大事に大事に抱え込んで、誰にも見せなかった。
時にはよしこにさえも。

かけがえのない宝物の日々。激しすぎたハピイデイズ。

「そっか。幸せだったんだね。よかった」

やぐっつぁんのその一言で我に返った。
幸せだったんだーあたし。

「よしこはなんで梨華ちゃんと…」

やぐっつぁんはなにも言わずにただ首を振った。
ふたりにはふたりの事情があるんだろう。あたしと、よしこのときのように。
あたしはそれ以上なにも聞かなかった。



長い待ち時間も終わりそろそろ出番が近づいてきたようだ。
ADさんの呼ぶ声に返事をして、グッと腰をのばし伸びをする。

別れ際、やぐっつぁんが変なことを訊いてきた。

「ねぇ、恋人の卒業を恋人以外の口から知らされるのってどうなのかな?」
「あのときのことならやぐっつぁんのせいじゃないよ。あたしが言えなかっただけなんだから」

まだ気にしてるなんて正直思わなかった。
実際、その点に関して悪いのは全面的にあたしだったし
やぐっつぁんのこと恨んだり憎んだりしたことなんて一度もない。

「うん。アリガト。でもそうじゃなくてオイラが言いたいのは」

そこまで言うと彼女は唇を噛んだ。
表情がすべてを語っていた。

「もしかして今回も?」
「藤本が」
「ミキティ?」
「うん。ねぇごっつぁん、よっすぃーはそのときどう思ったのかな。オイラそれだけが気がかりなんだ。
 ごっつぁんはさっきオイラのせいじゃないって言ってくれたけど、
 もちろんよっすぃーからも何度も聞いたけどやっぱりオイラの中では苦い思い出なんだ。
 だからできれば、梨華ちゃんの口から聞かせたかった。
 そうすることで少しでも自分の罪が軽くなるような気がして…。勝手な言い分なんだけど」

胸が痛かった。

あの頃の自分とシンクロする。
自らの口から言えなかったことは今でも人生の後悔ランキングベスト3に食い込む。

「やぐっつぁんのせいじゃないよ」

それしか言えなかった。
ミキティは、たぶん悪くないんだろう。やぐっつぁんももちろん。
落ち度があるとすれば当事者。
梨華ちゃんか、よしこ。またはふたりとも。

ていうかなんでそれをやぐっつぁんに言うかなぁ。あのバカ。
いいかげん罪の意識からやぐっつぁんを解放してあげなきゃ。

楽屋をあとにする彼女に小さく手を振りながらもう片方の手はバッグの中の携帯を探していた。



短いメールを送ってから楽屋を出た。










<了>


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