第三話  やさしい嘘をあなたに






月が明るすぎて目を細めた。



仕事からの帰路、今夜の献立を思い浮かべる。
実家から送られてきたイクラが残ってたはずだ。たしかシャケもあった気がする。
今夜はこの親子をパスタにからめようかな。

明るすぎる月に顔を伏せながらパスタに思いを馳せているうちに家についた。
ソファに身を沈めしばらくそのままの状態でいるとポケットから軽い振動が伝わってくる。

『美貴たんもうおうち?ご飯食べに行っていい?』
『いいよ』

一言そっけなく返信して立ち上がる。
夕食の準備の前にまずこれを片付けなければ。
机の上に広げられた写真集を片手にリビングを出た。
妙な誤解をされかねないもんね。

雑誌の間に適当に重ね置いて自然な形にした。
一見したら、写真集には見えないだろう。
気づかれないとは思うけど、面倒なことはごめんだ。
たとえ気づかれても隠れた意図に気づかれなければそれでいい。

それからキッチンに向かい二人分の夕食を作り始めた。



「やっぱりプチプチ感がちがうね」

口の中でイクラを弾かせるのが楽しいのか、さっきから彼女はしきりに口の中をモゴモゴさせている。
仕事終わりにこうして亜弥ちゃんと顔を合わせるのは珍しいことではない。
ただここのところその機会がなかったため、うちのリビングにいる『松浦亜弥』がどこか新鮮だった。

食べながら、話題は自然と北海道の話になった。
小さい頃の思い出や雪祭りの話。
冬の寒さや夏の暑さ。
聞かれるままに答えた。

ふいに彼女がそういえばねと話題を変えようとしたのでちょっと待って、と二杯目の烏龍茶をグラスに注いだ。

「石川さん卒業するんだって。あと飯田さんも」

烏龍茶が目標からそれてテーブルの上に茶色い水たまりができる。
動揺した理由が悟られてはいないか爆弾を投下した彼女を恐る恐る見た。

相変わらず口をモゴモゴさせていた。

「なんで」

思いのほか自分の声が掠れていたのでグラスに口をつけ喉を湿らせた。

「なんで亜弥ちゃんが知ってるの?」
「さっき、移動の車の中でマネージャーさんが携帯で話してるのが聞こえたの。
 きっと私が寝てると思ったんだろうな。ボソボソ話してたから詳しいことはわからないけど」

あたしが言葉をなくしていると彼女はフォークを置いてじっとこちらを見た。
再度、烏龍茶に手を伸ばす。彼女の空いたグラスにも注いでからようやく口を開いた。

「そっかー、加護ちゃん辻ちゃんに続いて今度はあの二人か」
「寂しい?」
「そりゃね」
「他には?」
「他?」

会話が途切れた。
グラスの中の烏龍茶を飲み干す。
フォークにパスタを巻きつけるが口には入れずに手を離し、またグラスに手を伸ばした。
なぜだろう?今夜はやけに喉が渇く。

「他にも思ってることあるでしょ」

断定的に言われ、迷う。イチかバチか。

「べつに」
「ウソ」

彼女は嘘を見破るのがうまい。
ついでに核心を突くのにも、遠慮がない。

「他にも思ってること、あるでしょ?」

1回目とは微妙にトーンが違っていた。
正直自分でもまだよくわからない。いきなりすぎて何を思ってるか、なんて。
混乱して考えがまとまらない。

『卒業』という単語が頭の中をグルグルまわって亜弥ちゃんの声がうるさいくらい鳴り響いている。
ただひとつはっきりしていることは頭の中を駆け回っている単語がもうひとつあるということ。

「チャンス、とか思ってない?」

言い当てられて自分のお皿から視線を戻すと亜弥ちゃんは綺麗にパスタを平らげていた。
自分のとは正反対だった。



「なにそれ。チャンスって」

このコの勘の良さにもう驚いてはいない。
無駄な悪あがきかもしれないけど確信犯に対して素直になるのも癪だった。
爆弾を投下したときの彼女のわざとらしい言い方が癇に障っていたから。

「機会、好機、チャンス」

フフフと笑う彼女。
その顔が憎らしくてかわいくて、スナイパーさながらの鋭い眼光で睨みつけた。

「美貴た〜ん、往生際が悪いよ。怖い顔もかわいいし」

だれもがビビるあたしの必殺技も彼女にはまったく通用しない。
デザートに買ってきたプリンを嬉々として開ける彼女にでももう少し抵抗を試みる。

「なに言ってんだか。そりゃ人数が減れば美貴のパートだって今より増えるだろうし
 梨華ちゃんがいなくなればセンターに立つ回数も増えるだろうけどさ。
 聞いたばかりなのに即チャンスって思えるほど、そこまでガッついてないよ美貴は。
 かわいいのは知ってるけど」
「ん〜美貴たん無駄な抵抗はやめなさい。吉澤さんにはガッつきたいくせに。
 それに美貴たんはもう娘。の顔みたいなもんじゃん。
 そういう意味のチャンスじゃないよ。わかってるくせに」

そう言ってプリンをパクリと口に入れた彼女。
もう白旗をあげるしかないか。

「……イヤな奴だよね、美貴」
「そんなことないんじゃない?ライバルが離れてくんだから絶好の機会じゃん。
 単純に喜んでもいいと思うよ。ツケイル隙ってやつ?できたじゃん」
「美貴が入る隙なんてないよ」
「大丈夫。美貴たんかわいいもん。私の次に」

綺麗にプリンを平らげて恋の後押しをする親友の言葉は混乱した心を少しだけ軽くしてくれた。
ていうか混乱の原因も彼女なんだけど。

「そうなったらそうなったってちゃんと教えてね。
 ここで吉澤さんと鉢合わせなんてしたくないし、最中に邪魔するのもヤダから」
「展開早すぎだよ。勝手に話進めないでくれる?」

それに人の妄想取らないでよ。

「亜弥ちゃんってよっちゃんのこと嫌いなの?」
「なんで?」
「なんか今の言い方トゲがあったから」
「好きだけど嫌い」
「どっちだよ」
「カッコイイ吉澤さんは好きだけど美貴たんを持ってっちゃう吉澤さんは、好きくない」

なんか嬉しいこと言われたけど『よっちゃんに持ってかれる美貴』を想像したら
ニヤケ顔になってしまった。
自分でも顔が赤くなるのがわかる。

「ヤキモチ妬いてる私がかわいいからってそんな顔しちゃってー、美貴たんってばっ」
「う、うん。へへ…」

ホントは違うけどかわいい親友が喜んでるからやさしい嘘をひとつプレゼントした。
今夜の月に免じて許してね、亜弥ちゃん。

急に盛り上がってきたこの片思いの向こうになにがあるのか。
亜弥ちゃんに背中を押されたからじゃないけれど、そろそろ行動に移ってもいいのかな。
たしかに見てるだけじゃもの足りなくなってきていた。
写真集だってそのうち穴が開いてしまうだろう。



告げたときの彼女の顔とその先の都合のいい展開を想像しながら
すっかり冷めてしまったパスタをようやく食べはじめた。










<了>


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