第二話  夜になるまえに






闇にされた。

電源ボタンを押しそうになって堪える。
我慢だ矢口。まだチャンスはある。

5分後。
本日9回目の闇料理に堪忍袋の緒が切れたオイラはためらうことなくプレステの電源を落とした。

ったく、ゲームとはいえあそこまでツイてないなんて、怒りを通り越して凹むわホント。
負けず嫌いの梨華ちゃんならリベンジにでるか再挑戦するんだろうな。

親指と人差し指で眉間をギュッギュッと揉んで首をまわす。典型的なゲーム疲れだ。
ほどほどにしなきゃと思いつつやりだすと止まらない。

自分たちがメインキャラクターになっているゲームとはいえかなり前のものだ。
今さらこんなものにハマるなんて。

ケースを見つめながら当時のことを振り返る。
貸してくれた人物と初めて打ち解けた、と思った瞬間を。
彼女は覚えているだろうか。

携帯がメールの着信を知らせた。
手にしていたケースを放り投げ音の鳴るほうに手を伸ばす。
フローリングの床の上にひっくり返ったケースが『吉澤』と書かれた背中をこちらに向けていた。

『矢口さんは知っていたんですか?』

念のため、画面をスクロールしてみたがそれ以上の言葉は見当たらなかった。
短い一文にいろんな意味が込められている気がした。だが感情は伝わってこない。
ふぅっと息を吐き前髪を浮かせる。
さて、どうしよう。

メールを打ち始めたものの話したいことが文章になってくれない。
だんだん面倒になってきていっそのこと電話にしようと思ったがやめた。

『これから会えない?』

短い言葉を送ってケースを横目に着替え始める。
返事を待たずとも答えはわかっていたから。





コーヒーを飲む彼女の姿が目に入った。
まだこちらには気づいていないようだ。
遠くを見つめる彼女の横顔に少しの間見とれていた。

相変わらずキレイだな。

口を開かなければ彼女は完璧だ。自分のストライクゾーンのまさにど真ん中。
ど真ん中ゆえに手が出せない。おいしい球も見逃して終わるか、力んで詰まって内野ゴロだ。

オイラもなかなか上手いこと言うよなぁ。
ニヤけた顔に上から声がかぶる。

「矢口さーん、キモイよ」
「キモイ言うな。てかこんなとこで名前呼ぶなよ恥ずかしいなー。しかも声でかいし」
「大丈夫ですよ。平日の昼間にこんなとこにいるのうちらぐらいだもん」
「それは言いすぎだろっ、いくらなんでも。あ、でもホントあんま人いないね」

話しながらよっすぃーのいた席に向かう。
上着を脱いでバッグを置く間にウェイトレスを呼んでいる彼女の顔を盗み見た。
いつもと変わらぬ穏やかな表情だ。
なのになぜだろう、嫌な予感が拭えないのは。

注文したコーヒーがくる間、オイラはさっきまでやっていたゲームの話をした。
よっすぃーは興味がないのかオイラ越しに窓の外を見ていた。
投げたボールはひとつも返ってこない。

「矢口さん」

突然名前を呼ばれビクッとした。
あぁ、今めっちゃ小動物みたいだったんだろうなオイラ。
いつのまにか目の前にコーヒーが置いてあり我に返る。
さて、本題に入るか。

「知ってたよ。カオリに聞いた。
 現リーダーから次期リーダーに一言、ってなっが〜い話聞かされてさ、
 どこが一言だっつーの。ま、カオリの言いたいことはわかったけどね」

なるべく顔を見ないように、気付かないフリが悟られないように彼女の白い首元に目をやりながら話した。

「そうじゃなくて」

だよな。そうじゃないよな。
うんうん、アホなくせに妙に鋭い。
ま、この場合はアホでもわかるか。

「別に内緒にしてたわけじゃないんだよ。口止めとかされてないし。
 大体遅かれ早かれわかることなんだから口止めしてもねぇ。
 あ、でもまだゴロッキとか辻加護は知らないはずだから口外しないようにって言われたよ」

矛盾したこと言ってるな。こんなオイラにリーダーなんか務まるのかな。
ま、まだ少し先のことだし。それに自分で言うのもなんだけどリーダーには向いてる気がする。
でも今はリーダーの資質云々より、目前の問題のほうがずっと厄介だ。

「そうじゃなくて」

それしか言えないのかよオマエは。
はぁ、やっぱ避けては通れないか。あわよくばって思ったけど、やっぱ無理みたいだ。
観念して目の前のアホ弟子に本心を言った。おそらく彼女も思っているだろうことを。

「あの時と、同じになるんじゃないかって気がして」

恐かったの。

最後の一言はコーヒーと一緒に飲み込んだ。
切り出してからコーヒーのお替りを頼んだ。腰を据えて話すために。



コーヒーがくるまでまたオイラは馬鹿みたいにゲームの話をした。

ゲームとはいえ圭ちゃんの短パン姿、キツイよね。
クイズけっこう難しくてさー。
アヤカの干支ってなんなの?今度聞いといてよ。
シェキドルの名前の由来なんかわかるかっつーの。

プッと吹き出した彼女。
どうやら今度はキャッチボールをしてくれるらしい。

「アヤカの干支は、真ん中ですよ」
「はぁ?」
「だからぁ、ま・ん・な・か」

一語一語区切るなよ。オイラが頭悪いみたいじゃないか。
おかしいこと言っているのは明らかにコイツなのに。

「真ん中って意味わかんねーよ、よっすぃー」
「ほら、あのクイズって三択じゃないですか。アヤカの正解は真ん中のやつなんですよ。
 それがなんなのかは覚えてないんですけど、あたしはいつも『アヤカ=真ん中』って覚えてるんで」

なんか、アヤカってちょっとカワイソウかも。
けっこう仲良いのに『真ん中』とイコールにされちゃってるなんて。
てかホントの答え覚える気ないんだね、よっすぃー。

今日初めて彼女らしい笑顔が見れた気がする。
オイラが教えたあの笑顔。無邪気に笑うオイラの愛しい弟子。

あの頃、よっすぃーの想いを受け入れられなかったのは触ったら壊れるんじゃないかって恐かったから。
脆いって気づいていたから。
すぅっと彼女の内側に滑りこんでいったごっつぁんに羨望と嫉妬と、ほんの少しの感謝を抱いていたっけ。

二杯目のコーヒーから立ちのぼる白い湯気が消えるまでお互い黙ったままだった。


「よっすぃーの中では『卒業=別れ』なの?」

ようやくそれだけ吐き出すと彼女は困ったような情けないような、なんともいえない表情をして
ちょっと違いますとだけ言った。

聞いてほしいんだけど話したくないんだろうな。
まったく矛盾してる。世の中矛盾だらけだ。
きっと梨華ちゃんも、よっすぃーに卒業することを告げるときこんな顔したんだろう。

「矢口さんは、梨華ちゃんが卒業のことを隠しているのを知っていたんですか?」
「………」
「梨華ちゃんがあたしにだけは、ギリギリまで言わずにいる理由を」
「知っていた」

よっすぃーの話すトーンは明るくも暗くもなく、淡々としていた。

水の入ったグラスが汗をかいてテーブルの上を濡らしている。
紙ナプキンを一枚取り、そっと近づける。
じわじわと滲んでいくのを二人して眺めていた。

「よっすぃーがごっつぁんと別れたときのことを、梨華ちゃんは思ったんだよ。
 次は自分の番だって、そんな気がするって言ってた。
 だから少しでも先送りしたかったんじゃないかな。でもそんな悲観することないのにね。
 卒業するからって別れを切り出されるとは限らないんだから。
 ネガティブな梨華ちゃんを久々に見れて、なんか懐かしかったな」

過去に犯した自らの過ちには触れなかった。

『矢口さんのせいじゃないですよ』

何度も言ってくれた言葉をまた言わせるのは忍びなかったから。
それに今度は慎重に行動した。
かわいい愛弟子が恋人の卒業を恋人以外の口から聞かされないように。
もうあんな苦い思いはしたくなかった。

「梨華ちゃんは勘がいいからな」

呟くその声を無視してまた紙ナプキンを一枚取る。
破いたり、畳んだりしながら指先で弄ぶ。

「矢口さん知ってます?」

なにを?という顔で見上げる。

「そういうふうに紙ナプキンとか、スティックシュガーの空のやつとかをいじくる人って欲求不満らしいですよ」
「は?!」

クックッと心底面白そうに笑っている。
腹まで抱えて。嬉しそうだな、オイ。
てか師匠にむかってなんてこと言うんだ、このバカチン!

「そんなわけないだろっ」
「イテッ」

軽く蹴って否定した。
話が脱線しまくりでなかなかスムーズにいかないのはお互い気の進まない話だから。
でも、しなきゃいけないんだろうな。
オイラにはこのコたちの成り行きをずっと見てきた責任が、よっすぃーには当事者としての義務がある。

なにより一番の理由はオイラが師匠でよっすぃーが弟子だから。
師弟の絆は時として同期より固いのだ。

「梨華ちゃんと」

別れないよね?と聞こうとしてやめた。
するとオイラの後をつなげるようによっすぃーが口を開いた。

「別れます」
「なんで?」
「続けていく自信、ないんですよ」
「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん」

言葉とは裏腹に無理だろうなと思っていた。
オイラは恋愛の達人ってわけじゃないけど淡々と語る彼女の目を見れば
もう自分の中で区切りがついているんだとわかる。
他人が口を挟む余地はない。師匠は別として。

「ごっつぁんのときと同じようになると思ってる?」
「ちょっと違います。梨華ちゃんの卒業を聞いたとき、あぁ彼女もいなくなるんだなって…
 べつに悲嘆したわけじゃなくてなんかこう冷静に?思った自分がいたんですよ。
 先が見えないっていうか。その、先が見えないってのは不安とか寂しさからくるものじゃなくて、
 終わったっていう事実がけっこう現実的に襲ってきて、こうなんていうか…
 うん、先は見えないんじゃなくてないんだなって、わかったんです」

考え考え喋る口下手な彼女をずっと見つめていた。
時折かわいい舌が覗かせて、上唇と下唇を交互に舐める。
彼女の気持ちはなんとなく伝わってきたけどそれじゃあまりにも梨華ちゃんが気の毒なので
よっすぃーの気持ちは変わらないと思いつつも、師匠として最後に口を出すことにした。

「よっすぃーは逃げてるんだよ」
「矢口さんに言われたくないですね」

そうきたか。
間髪いれずに返されたその予想外の言葉にたじろぎ過去の自分に苦笑する。
オイラに降ってくる優しい笑顔を見ないフリをしていたこと。
求める視線から目をそらしたこと。
だって壊しちゃうと思ったんだよ。
あまりに繊細な心で、真っ直ぐな瞳で見つめられて息が苦しかったんだ。

口のへらないこの愛弟子がオイラはかわいくて仕方ない。
黙っていれば完璧な容姿だけど次はどんな言葉が飛び出すのだろうと期待しているオイラがいる。

お願いだからこれから先も、その変わらぬ笑顔を、アホな口調を、
オイラに投げかけていてくれよ。

どんなカタチでもいい、そばにいてくれよ。

打ってくださいと言わんばかりに飛んできたど真ん中のボールをあえて見送った過去の自分は
やっぱり正しかったんだと思うと同時に、一抹の寂しさも感じていた。



帰り際、店の外でよっすぃーが思い出したように言った。

「矢口さん、梨華ちゃんはまだあたしが知らないって思ってるんですよ」
「えっ?」
「卒業のこと」
「梨華ちゃんから聞いたんじゃないのかよっ」

声を荒げたオイラにちょっとびっくりしてるよっすぃー。
言わなきゃよかったって顔をしている。
次に投げかけられる質問を当然予想していたのかよっすぃーは先回りして答えた。

「美貴が、松浦から聞いたって」

なんで松浦が。
あまりの展開に頭がついていかない。
でもそれを藤本がよっすぃーに伝えた意図はなんとなくわかる。

嫌な予感はこれだったのかなぁ。
オイラの苦労が水の泡だ。やってくれるよミキティも。

「また違う人の口から聞いちゃったんだね」
「矢口さんのせいじゃないですよ」

お決まりのセリフを聞いてその場を後にした。

トボトボと歩く帰り道、夕焼けがやけに眩しい。
目を細めて今日のことを振り返る。
オイラは師匠としての役目を果たせたのかな。
重くなる足をむりやり前に出した。

早くうちに帰ろう。

うちに帰って、ゲームの続きをするんだ。
アヤカの答えは真ん中だ。



夜になるまえに、早く帰ろう。










<了>


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