大学編 6






「よかったの?木村先生送らなくて」
「大丈夫でしょ。しっかし薄いウーロンハイばっか飲んであんなに酔うやつも珍しいな」
「楽しそうだったよね、彼女。あたしとよっちゃんのバトル見て大笑いしてたもん」
「あれのどこがバトルだよっ。イジメだっつーの」

ふんぞり返ってビールを飲む彼女は言葉の割にはなんだか嬉しそうで。
やっぱり思わずにはいられない。

「よっちゃんて本気でマゾでしょ」
「藤本くんこそ本気でサドだね」
「SとMでちょうどいいかもね」
「でもベッドの中じゃ逆転するかもね」

ガガガヅンッ

「ひどいや美貴ちゅわん。あの日はあんなに悶えてたのにぃ」
「なっ、ちょっ、ちょっとそれ言うの卑怯じゃない?今さら持ち出さないでよー」
「えー。だってオイラあのときのことを思い出しては毎晩…」
「思い出すな!何もするな!」

恥ずかしくてビールをあおった。ヤバイよあたし。
今よっちゃんとこんな話したら絶対顔に出ちゃう。
なにが出るのかよく分かんないけどとにかくなんか出ちゃマズイものが出る。
それはきっとあたしにとって、もしかしたら彼女にとってもよくないことのような気がする。

「あっれ〜藤本くん、もしやあのときのこと思い出して
 疼いちゃったりなんかしちゃったりしてるぅ?このこのぉ」
「バッカじゃないの。死ね!」
「藤本くんと死ねるならオイラ悔いはないっ」
「はぁ?あたしは悔いありまくりなんですけど」
「ですよね〜。オイラが死んでも藤本くんは死ぬなよ?」
「あったりまえじゃん。なに言ってんのよ」
「ならいいんだ。おにーさーん、生〜」

ビールをお替りするよっちゃんの横顔が一瞬曇ったように見えた。
見間違いかもしれないけどなんとなく気になって
そのときの彼女の表情が頭に張りついてしばらく消えなかった。

なんだろうこの感じは。
酔いがまわったのかな。うん、きっとそうだ。

「で、よっちゃんはクリスマスになんかあるの?」

あるよね。だってクリスマスだもん。
この人がクリスマスにフリーなわけがない。

べつに気になるわけじゃないけどただ純粋に何するのかなって興味があるだけ。
ほら金持ちだからやっぱりどっかのホテル貸し切ったりするのかもしれないし。
実際去年は親戚関係のパーティーに引っ張りだこだったって言ってたし。
やっぱりゴージャスなクリスマスって興味あるじゃん?…ってあたし誰に言ってんだよ!
ていうかあたしムチャクチャ気になってんじゃん。
そうだよ気になるんだよっ!
あたし以外の女となんかするつもりだったら首絞めてやるフシュゥゥゥー。

「それよか顔すごい怖いけどオイラなんかした?」
「ふぇ?」
「獣みたいだよ。フシュゥゥゥーって言ってるし。発情したの?」
「するかバカっ」
「イダイ。だってフシュゥゥゥーって言ってたもん」
「言ってない!」
「それに藤本くんメヂカラ強すぎ。オイラ恐くて見れないっす」

よっちゃんにものすごい勢いで目を逸らされてなにげにショックだった。
そんなに恐いの?うわぁ。
無意識なだけに余計タチ悪い?あたしって。
そりゃ意識的に睨むときもあるけどさ、なんか人に指摘されるとけっこうへこむかも。
しかもそれがよっちゃんだったりなんかするとへこみ倍増かも。
立ち直れないかも。

「だ、だってさー向こうの席のヘンな格好した女がチラチラこっち見るからつい…」
「ええ〜?どこどこ?」
「あー!ダメ。見ちゃダメだって!」

よっちゃんの頭を持ってグリンとこっちに向かせた。
だって後ろにいる人たち全然関係ないもん。
いきなりよっちゃんにジロジロ見られたらやっぱり不審に思われるし。

「なんだよ〜。オイラも藤本くんほどではないにしても睨みを利かせてやろうと思ったのに」
「よっちゃんに見られたら相手ビビるどころかポワーッてなっちゃうよ」
「心配ご無用!オイラはいつだって藤本くんひと筋!」
「ハイハイありがとね」

ポーズとはいえ後ろの人たちを睨んだらバッチリ目が合ってしまい
慌てるようにそそくさと帰ってしまった。
そんなにビビらなくてもよくない?フリなんだから。

でもちょっと悪いことをしたなと思いつつも彼女らが居なくなってホッとした。
またよっちゃんに振り向かれたら弁解ができない。
あの人たちが変な服なんて着てなかったことや
こっちを見る素振りなんてまったくしてなかったことを。
それにそんなウソをついた理由を言えるわけがない。
よっちゃんのまだ見ぬクリスマスの相手に嫉妬していただなんてこと。

そうだ!すっかり話がそれたけど結局クリスマスの予定はどうなってるのよ。

「そんなことよりクリスマスはどうするの」
「そんなことって、もうちょっと反応してくれよー。軽く流されるとけっこブルーかも」
「なに?なんか言ったの?よっちゃん」
「…ま、いいや。さっきからやけにクリスマス気にするね」
「べつにそんなことないけど。ただどうするのかなーって」

動揺を悟られないように努めて冷静に振舞う。

「例年通りちょっとした身内のパーティーに顔出すくらいであとはなんもないよ」
「パーティーってやっぱすごい豪勢だったりするの?」

ホッケを食べながらパーティー話に食い入るあたしってなんか惨めかも。
べつに金持ちのクリスマスになんか興味はないんだけど。
あたしが聞きたいのはよっちゃんのクリスマス&年末年始のスケジュール。
みっともないくらい気にしちゃってる自分を
バカだなって呆れて見ている自分がいたけどみっともなくてもいい
彼女のことが知りたいからと思う自分もたしかに存在していて。
どっちが強いかというと、それは火を見るよりも明らかだった。

「それなりにね。でもあんなの、ただの作り笑いの大売り出しみたいなもんだよ」

吐き捨てるようにそう言ったよっちゃんの目はなぜか暗かった。
でもすぐにいつものようにニコッとしてなにかを思いついたような顔をした。

「あ、あともいっこ大事な予定があったんだった」

それを早く言え!そっちが聞きたい。
むしろそっちだけが知りたい。
ビールを一気に飲み干してなにを言われてもいいように待ち構えた。

「聞きたい?」
「べっつに」

聞きたいよ!焦らすな!
バカ!アホ!エロよしこ!!

「なんかさっきから視線が痛いんだよなぁ。ま、いいか。
 クリスマスにパーティーで顔見せしてから身内絡みの用事でロンドン行くんだ。
 だからオイラ冬休みは日本にいないんで」

寂しくても泣くなよ〜なんて頭をクシャって撫でられた。

「ぶわっか。だれが」

憎まれ口を叩きながらも寂しい思いは否定できない。
あたしもロンドン行こうかなぁ。ミセスマクドーナンドに会いに。

「藤本くんは?なんかあるの?」
「どうだろうね」
「んだよその言い方―。気になる気になる。
 もしかしてまさかとは思うけどマジで絶対そんなことありえないとは思うけど
 でも一応言っとくよ?」
「なに?」
「オイラ以外の誰かと二人っきりで過ごさないでね」

よっちゃんはよくこういうこっちが恥ずかしくなるようなセリフをサラっと言うけど
冗談なのか本気なのか判別が難しくてあたしはいつも自分の都合のいいほうに解釈してしまう。
その時々によって都合は激しく変化するけどとりあえず今は。

「オマエがな」
「でたっ!久々だね、オマエがな返し。つーか藤本くんビール飲みすぎ」
「オマエがな」
「つまみ食いすぎ」
「オマエがな」
「目つき悪すぎ」
「オマエがな」
「かわいすぎ」
「オマエが…ってうぉい!」

ひっかかったーなんて子供みたいにはしゃぐ彼女を前にして思う。

やっぱりあたしたちはこうだよね。
この雰囲気が楽しいからあたしたちは一緒にいる。
あたしはよっちゃんが好き。
だからよっちゃん以外の誰かとなんて、そんなわけないじゃん。
いもしないクリスマスの相手に嫉妬しちゃうほど
あたしはよっちゃん病にかかっちゃったんだから。

でもそんなことを言えるような素直なあたしがいるわけなくて。

皮肉なことに、ひねくれた答えを返す自分が一番自分らしいと
今日一日を通してあらためて実感した。
そしてたぶんよっちゃんが好きだと言ってくれたあたしは、
このあたしらしいあたしなんだと気づいてしまった。
だからあたしは今までどおり自分らしくいこうと思う。
彼女が好きでいてくれる自分で…。



結局クリスマスも年末年始もこれといった用事はなく、
一人暮らしのマンションから二駅しか離れていない実家で久しぶりにただのんびりと過ごした。

お年玉をもらいに訪れた親戚のチビッコギャングたちに怪獣ごっこをせがまれて
ミキティンガーにならざるを得なかったり、
花嫁修業と称して母親に家事を強制されたりと、そんなごく普通の正月だった。

よっちゃんと会えないのは寂しかったけどメールや電話のやり取りを何度かして
彼女の声や様子に少し触れるだけでも心が軽くなった。
彼女は予定を変更して冬休みいっぱいは向こうにいることにしたとかで
会うのは休み明けまでお預けになった。

それを聞いてあたしもギリギリまで実家にいることを決めた。
休み中、一度くらいは飲みに行けるかと期待していたから正直ガックシだったし
休みが早く終わらないかと願った。
いつもは会社に行きたくなくて仕方ないっていうのに、恋の力って凄まじい。


その日は冷たい風が吹きすさぶ中、親に頼まれたレンタルビデオを返しに駅前に来ていた。
あまりに寒いので延滞料金は自分が払うからと断ったにもかかわらず
もったいないお化けがでるからとわけのわからない理由で
むりやり家を追い出されてイライラしていた。
しかもついでにティッシュ買ってきてなんてメール入るし。

不機嫌丸出しの顔で歩いていたからか心なしか通行人が自分を避けて通る。
歩きやすくていいけどなんかムカツク。
ビデオ屋の店員もビビりまくって渡したビデオを受け取る手がちょっと震えていた。
そんなに怖がられるとやっぱりムカツク。

ムカつきすぎてちょっと疲れたので、コーヒーでも飲んで帰ろうとスタバに入りかけたら
後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「藤本?」
「はい?」

なるべく余所行きの声で振り向いたけれど顔はどうやらまだムカついてたようで。

「ギャッ」

ギャッて。
そんな驚くことないじゃないですか。
むしろこっちがキャーですよ。

「保田先生〜」

歯周病科の保田先生だった。

「なに情けない声出してるのよ。コーヒー?
 ちょうどよかった。あたしも喉渇いてたのよ。さ、入るわよ」

ズルズルと引きずられるようにスタバに連れて行かれた。
この強引さは家系なのかといつも思う。

保田先生はよっちゃんと同じく理事長の縁故で、
それはつまり信じられないことによっちゃんとも血のつながりがあるということ。
理事長や副理事、のぞみくんなんかとは血といってもかなり薄まったつながりで
ただの同族だよなんてよっちゃんは言ってたけど、保田先生とはけっこう近い親戚らしい。

なのに外見は全っ然似てない。
けれど強引なところや、自分本位かと思いきやきちんと人のことも気遣えるところとか
親しみやすさとかは共通してる気がする。
あとアルコールに強いところも。

「奢るわよ。なにがいい?」
「いいですよ、そんな」
「いいから遠慮しないの」
「じゃ遠慮なく…」
「キャラメルマキアートのトールでいいのね」
「ってなに勝手に言ってんですか!」
「あら違うの?ひとみが藤本はいつもコレって言ってたわよ」

よっちゃん、そんなどうでもいいこと保田先生に喋らないでよ。はぁ。

「いえ、それです」
「あたしはカプチーノのショート。ノーファットでよろしく」

うわっウインクした!
お姉さん見て見ぬふりしてるよ…ここの家系はなんでこうもナンパ気質なんだろう。

ソファーに深く沈んでコーヒーを啜る。
思いがけず訪れた保田先生とのコーヒータイム。
学内ではそんなに会う機会もないけれどよっちゃんも交えて何度か飲みに行ったことがあったし
元来ここの家系は人懐っこいからそれも手伝って保田先生とはけっこう親しかったりする。

でも肝心のよっちゃんと保田先生はそれぞれのあたしに対する態度より
お互いを遠慮しあってる気がしてならない。
あくまでも勘だけどこの二人の間には変な壁というか線引きがあるような気がする。

似ているからこそ反発するのか。
べつに嫌いあってるわけではないけど二人に、特に保田先生のほうにそんな空気を感じられる。
そのへんのところホントはどう思ってるのか今度つっこんでみようかな。
もちろんよっちゃんに。

「保田先生は休み中どこか行ってたんですか?」
「どこも。ただアヤカと飲んだくれてただけ。それより休みが終わったかのような口ぶりね」
「だって終わったようなもんじゃないですか。あと二日ですよ」
「そっちはひとみとどっか行かなかったの?」
「保田先生知らないんですか?よっちゃん今ロンドンですよ」
「ウソ!なんで?」

びっくりして保田先生が身を乗り出してきた。
ちょっと顔近いんですけど。
怖いんですけど。

「なんか身内の用事とかって言ってましたけど」
「身内の用事?身内の用事…身内…あっ!あー、あれか。にしても身内の用事でねぇ」
「違うんですか?」
「いや、よく行く気になったなと思って」

なんか含みのある言い方をされたけど保田先生につっこむのは気が引けたので
かわりに前から疑問に思っていたことを聞いてみた。

「よっちゃんってあっち長かったんですか?」
「14か15のときから約3年くらいかな。向こうにいたのは」
「そうなんだー」
「でもアイツが自らロンドンに行くとはねぇ。何年ぶりかしら」
「よっちゃんってロンドン嫌いなんですか?」
「いろいろとうるさいこと言う人たちがいるから。あっちには」
「へぇ」
「ロンドンに住むことになったのも半ば強制されたようなものだったし」
「ほぅ」
「アイツって一族の中でもけっこうはみだし者っていうか、異端児だったから」

あたしもなんだけどね、ガハハハと保田先生は笑った。
異端児。
なるほど。
いろんな意味で納得。二人ともに。

「でもそんなんでよく行きましたよね、ロンドン」
「奴も大人になったってことでしょう」

嬉しそうにコーヒーを飲む保田先生。
あたしはなぜだかその横顔をずっと見てしまっていた。

「なに人の顔ジロジロ見てるのよ。惚れた?」
「まさか。いや、似てないなーって」
「アンタ即答したわね…まあいいわ。で、似てないって誰と誰が?」
「よっちゃんと保田先生」
「そう?まあ、そうよね。アイツは顔の造形が整いすぎなのよ」
「あ、でも性格っていうか気質は似てる気がしますけど」
「あたしはあんな…ヘタレじゃないわよ」
「そう、ですか?」

保田先生の口ぶりがやけに真実味を帯びていたからあたしはふとあることを思い出した。
そして自然と浮かんだ疑問を言葉にしていた。

「もしかしてよっちゃんに『臆病』って言いました?」

その瞬間の保田先生の表情はわからなかった。
お互いコーヒーに目をやっていたから。



ただいま、と心の中で呟いてまっすぐに自分の部屋に入った。
そういえばティッシュ買ってきてって言われてたっけ。
保田先生と話してたらすっかりそんなこと忘れてた。

暖房をつけて冷えた部屋が温度を取り戻すまでベッドに座って身を固くして待った。
カレンダーに目をやる。
今日はまだ4日だ。仕事が始まるのは明後日から。
よっちゃんに会えるのも明後日。
それまでにあたしは決めなきゃいけない。

保田先生はあたしの出方次第だと言った。
もうよっちゃんから動くことはないだろうと。
なぜそう言えるのか理由は言わなかったけど、
保田先生は確信めいたものを持っているようだったからそれはきっと真実なのだと思う。

「美貴ー、ごはんよー」
「はーい」

暖まった部屋でコートを脱ぎ手早く着替えた。
携帯を手に持ち日付を確認する。
やはり4日。

とりあえず今はごはんだ。
母親のしつこく呼ぶ声が聞こえる。
冷めないうちに食べなきゃ。
腹が減ってはなんとやら。難しいことは後で考えよう。でも。

答えはとっくに出ているのかもしれないけれど。



「なんで…それ」
「前によっちゃんが『臆病』って言われたことがあるって。
 べつに誰からとかは言ってなかったんですけど。あ、それに直接聞いたわけじゃなくて
 違う人とそんな会話してるのをたまたま耳にして。それで」

悪いことを言ったわけではないのに言い訳めいた口調になってしまったのは
保田先生が思いのほか怖い…じゃなかった真剣な顔つきになったから。
自分がとんでもないタブーを犯した気にさせられる。

保田先生は遠くを見るような目をして一口コーヒーを飲んだ。

「ひとみは臆病者だよ。だった、かな」
「過去形、ですか?」
「最近の奴の顔見てたらそんなふうに思える」
「………」
「藤本のおかげかもね」
「…意味わかんないですよ」
「飯田先生と付き合ってたんだって?」
「はい」

思わぬところに話が飛んで驚いたけど保田先生は無駄な話をするような人ではないと
わかっていたから素直に返事をした。
それに今は話の腰を折りたくない。

「あ、飯田先生から聞いたわけじゃないよ。ひとみでもない」
「木村先生ですか?」
「そ。グダグダ飲みつつね。アヤカとは飲み仲間だから」
「まさか飯田先生も?」
「まさか。あの派閥人間があたしと飲むわけないじゃない」

保田先生は楽しそうに笑いながら話を続けた。

「目だって合わせてくれないわよ、廊下で会っても。色々な面でそりも合わなかったしね。
 どっちにしろ向こうはロンドンだからもう関係ないけど」
「やっぱり」

ここの家系とカオリはとことん相性が良くないらしい。
それは派閥云々を抜きにしてもきっと。

「飯田先生に触発されたひとみに告白でもされた?」
「なっ…」

絶句してると保田先生はまた笑った。
柔らかい笑顔が犬のようだった。猫顔だけど。

「二人が人目も憚らず受付で堂々とキスしてたってアヤカに聞いたから
 付き合ってるのかと思ったんだけど、藤本は友達だって言い張って
 ひとみはのらりくらりと曖昧に逃げてるってアヤカが怒ってたわよ」
「木村先生が怒ることはないのに」
「ははっ。まあそうなんだけどね。二人のこと気に入ってるからくっつけたいんだと」
「って言われても…」
「あたしもひとみの藤本を見る目がなんとなく違う気が前からしててね…。
 ま、その理由は別にあると思ってたんだけど…。
 それは藤本にはまだ関係ないから置いといて」

関係ないのかよってつっこみたかったけど
まだって意味深だなオイってパンチのひとつでもしたかったけど
保田先生の言わんとしてることがまだわからなくて黙って聞いていた。
それにこの人につっこんだりパンチしたりなんて元からそんなことできるわけがないし。

「ひとみがようやく普通に人を好きになれたんだなって嬉しくてね。
 しかもちゃんと告白したみたいだし。
 そういう意味では飯田先生もタイミング良く出てきてくれたわよね、うん。
 だからもし藤本もひとみと同じ気持ちなら…
 アヤカじゃないけどあたしも二人には幸せになってほしいって思った。勝手だけど」
「保田先生」
「うん?」

『ようやく普通に人を好きなれた』ってどういう意味ですか?
よっちゃんの過去に何があったんですか?
保田先生は何を知ってるんですか?
あたしを見るよっちゃんの目ってどんななんですか?

あたしたち…幸せになれるんですか?

聞きたいことはいっぱいあってどれもあたしにとっては最重要事項で、
聞けばきっと保田先生は答えてくれるだろうとは思ったけど。
もしかしたら教えてくれるつもりで話したのかもしれないけど。

「心配、してもらって…。なんていうか、ありがとうございます」

聞けなかった。

「ひとみのこと好き?」
「好きです」

即答していた。
唇がカサカサに渇いていたことに気づいてコーヒーを口に含む。
すっかり冷めてしまっていたけど甘い甘いそれは、自然とよっちゃんとのキスを思い出させた。

「アイツに伝えないの?」
「………」
「ひとみはちゃんと告白できてた?」
「はい」
「そっか。あたしアイツがこーんなちっちゃい時から見てるから
 いい歳になった今でも心配で仕方ないのよ、実は。
 母親みたいな口調で説教とかしちゃうし。
 鬱陶しがられてるのはわかってるんだけどつい、ね。
 アイツけっこう不器用なとこあるから。バカだし。ま、結果はどうであれ
 ちゃんと自分の気持ちを相手に伝えられるようになったみたいでホッとしたわ。
 昔はひどかったんだから。異端児だけあって」

そう言って彼女はとっくに冷めたであろうコーヒーを美味しそうに啜った。

「藤本は…藤本はちゃんと伝えられる?自分の気持ち」

口を開きかけたあたしを遮ってさらに続ける。

「あー、やっぱり今のナシ。ごめん。これ以上はあたしの関知するところじゃないわね。
 お節介が過ぎたわ。悪い癖なのよね。
 二人のことに口挟むのもほどほどにしなきゃ、またひとみに恨まれるわ」
「あたしは、あたしのほうこそ臆病だったんです」

バシバシと手を叩きながら笑っていた保田先生は
あたしの言葉を聞いてまたすっと真剣な顔になった。
いろんなことを言いたくていろんなことを聞いてほしかったけれど
あたしはそれから先なにも言えなかった。

よっちゃんの…昔のことや保田先生の気持ちを聞いて
頭がついていってないっていうか少し混乱してるってのもあったけど
誰よりもあたしが自分の気持ちを本当に伝えなきゃいけない相手は
今ロンドンの遠い空の下だとわかっていたから。
あの特有のどんよりした曇り空の下だと。

「アイツのことよろしく」

一言それだけを残して保田先生は帰っていった。
あたしは同じ空の下の遠い場所にいる彼女を想った。



保田先生と別れてからも自分がどうしたいのかをずっと考えていた。
家に帰ってもごはんを食べてもお風呂に入ってもずっと。ずっと。
でもいくら考えたってすでに答えは出ていた。
あまりにも単純で簡単な答えが。


あたしはよっちゃんと一緒にいたい。ただそれだけ。


ベッドに入って想うのは彼女の笑顔。
会えないことに胸が痛くなるのは彼女だけ。
その話し方や仕草やおどけた表情をこんなにもすんなり思い浮かべられる。

会いたい。
会って彼女の体温を感じたい。
声を聴かせてほしい。
抱きしめてもらいたい。
あたしの笑顔を見てほしい。
存在を認めてほしい。
早く。
早く。





会いたい。











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