大学編 1






もっと日本人は子供を産むべきだ。
たくさんたくさん子供を産んで育てて大学に入れるべきなんだ。
学生が増えれば財政難に苦しむ大学は減る。
必然的に大学の教職員はリストラに怯えることなく給料やボーナスを受け取れる。
学生が増えれば入試課が全国の高校に営業まわりみたいなことをしなくてすむ。
手土産片手に今年もひとつよろしく、なんてこと。
なにせ学生は腐るほどいるんだから。
仕事の減った入試課に人手はいらない。
よってあたしは晴れて秘書課に復帰できるって寸法だ。
そうだ、きっとそうに違いない。
万々歳だ。いいコト尽くしだ。

だから日本人よ、子供をたくさん産むんだ。



仕事帰りに一杯付き合えなんて言われて来たものの、
正直いって彼女の大演説にどこからつっこめばいいのかわからなかった。

「ってことはよっちゃんは少なくともあと18年は入試で頑張るんだね」
「へっ?」
「だって日本人が今から子供産んだって大学受験する歳まで待たなきゃ」
「あっ、じゃ、じゃあ飛び級は?飛び級」
「飛び級制度ないじゃん。あってもどんだけ飛び級するのよ」
「う〜」

唸る彼女。あの大演説に賛同してもらえるとでも思っていたのだろうか。

「それに18歳人口が増えたって結局は有名大学に流れたり
 浪人人口が増えたりするだけなんじゃないの?
 うちの大学は学費がバカ高くてお金がなきゃ入れないんだから。
 むしろ日本人よ、金持ちになれってとこかな」
「でも18歳人口の底上げがうちの大学に全く影響がないってことはないでしょ?」
「まあね。でもほら貧乏人の子沢山みたいになったら潤うのはそれこそ、国公立なんじゃないかなぁ」
「あ〜たしかに。子沢山は貧乏の元だよな」
「ていうかよっちゃんは単に秘書課に戻りたいだけでしょうが」
「秘書課には美人が大勢いるんだもん」
「女目当てかよっ」

そうだよなんて悪びれることなくジョッキの生ビールをグイッとあおる彼女。
白い肌がほんのり赤みを帯びていて珍しく色っぽい。

「でもいいじゃん出張。あたしなんて一日中パソコンとにらめっこしてんだよ?
 そりゃ目つきも悪くなるって」
「元からだろ」

バコッ

「イッテェェ…出張疲れるんだもん。体もたないよ」
「女に会う時間が減るからでしょ。この体力バカ」
「バレたか。あたしの体はあたしのためだけにあらずなのだよ藤本くん」
「よっちゃんが男だったらバンバン子供孕ませて少子化問題解決なのにね」
「いや〜藤本くん、いくらオイラが女の子にモテモテだからって照れるな〜」

この前向き人間には嫌味なんて通じない。

「エロ魔人」
「またまた〜。そんなこと言っちゃって。藤本くんもオイラの体試してみる?」

バギッガゴッドンッ

「………」
「ホントに痛いときって声でないんだよね」
「………」

無言で頷く彼女を放っておいてトイレに立った。
タチの悪いジョークには体でわからせることにしている。



トイレから戻るとすでに会計が済んでいた。
相変わらず彼女の紳士っぷりには感心する。

「たまにはあたしが払うのに」
「いーのいーの。かわいい女の子に払わせるなんて吉澤ひとみの名がすたる」
「そっか。よっちゃんち金持ちだもんね」
「オーイ、かわいい女の子ってとこに反応してくれよ」
「かわいいなんて思ってないくせに」
「思ってるよ〜。そりゃ目つき悪いし暴力女だけど藤本くんはかわいいよ」
「誉めてるのかけなしてるのかよくわかんないんですけど」
「ま、いいじゃないの。帰りますか。送るよ」

ほぼ条件反射となっているのだろう、さりげなく肩に手をまわす彼女。

「よっちゃんに送られたらホントに妊娠しそう…」
「やっとその気になってくれたんだねー美貴ちゅわん」

あたしにダイブしてくるエロ魔人。
さっとよけてタクシーを止める。

「じゃあね。おやすみよっちゃん。ごちそうさま」
「お、おぅ〜気をつけて帰れよ」

街路樹に抱きついてる彼女がおかしくてタクシーの中で一人笑っていた。



よっちゃんとの付き合いは今の会社に勤め始めてからだ。

入社式でなんとナンパされた。
こんな非常識な女がよくこの大学に採用されたものだと最初は不思議だった。
うちの大学は歴史は浅いけどそれなりに裕福な家庭のお嬢さんを預かる
全国でもまあまあ名の知れた歯科大学。
名門校とまではいかないけれど教職員の採用にはそれなりの一定基準が設けられている。

それなのにこんな女好きのチャランポランのどう見ても頭のよろしくない
顔だけは男前の彼女が我が物顔に学内を闊歩しているのを見てとにかく不思議だった。
しばらくしてから彼女がこの大学の理事長と血縁関係があると知って
そういうオチかよっ、と一人つっこんだ。

あたしは前に勤めていた会社を自主退社してしばらく外国をブラブラしていた。
帰国してやっぱりブラブラしているときにこの大学が英語のできる事務員を募集していると知った。
ダメもとで受けたら採用されてしまい、落ちると決め込んでいたあたしはその知らせを聞いたとき
すでにロンドンの以前お世話になったミセスマクドーナンドのアパルトマンにいた。

慌てて帰国して入社の準備。
ミセスマクドーナンドのがっかりした顔が頭から離れなかった。


ところで、入社式でよっちゃんにナンパされたのはあたしだけではなかった。
秘書課に配属された石川さん。
同じく秘書課の後藤さん。

もっと他にもいるかもしれないけど噂好きのレストランのおばちゃんから伝え聞いたのはこんなとこ。
でもってあたしも秘書課。
自分で言うのもあれだけどかわいいコや美人はその実力の如何に関わらずもれなく秘書課行きになるそうだ。
だから秘書課のビジュアルレベルはそこらのタレント事務所よりよっぽど高い。
当然よっちゃんも秘書課に配属された。
彼女にとっては天国のような場所。

よっちゃんにナンパされた中にはあの笑顔に騙されて食べられちゃった女の子もいるとかいないとか。
特に石川さんとの噂は強烈なものばかりだった。
それも全部おばちゃんが教えてくれた。

曰く、6階のトイレで石川さんの喘ぎ声とよっちゃんの低音ボイスが響いていたとか。
曰く、毎日よっちゃんが彼女の愛車のポルシェで石川さんの送り迎えをしてるとか。
曰く、よっちゃんの子供を妊娠した石川さんが産婦人科に通ってるとか。

その他に大小あわせたらすごい数のよっちゃんに関する噂が飛び交っていた。
そしてある意味彼女は噂に違わぬ破天荒なキャラクターだった。


「6階のトイレ?そんなとこではやらないね」
「だよね〜。いくらなんでも仕事中はね」
「応接室の間違いだと思うそれ」
「はっ?」
「トイレなんて狭っ苦しいとこではちょっとね〜。
 3階の応接室のソファーはふっかふかだよん。今度藤本くんも一緒にどう?」

ボコッ

「はぁ〜。じゃあ石川さんの送り迎えは?」
「イテテテ。そりゃ泊まった日は送り迎えもしたけど…
 毎日じゃないよ。べつに付き合ってるわけじゃないし」
「泊まったってことはやっぱり…」
「ごちそうになったのさ」
「なにを?」
「もちろん彼女」

イヒッと笑うエロ魔人。
石川さんが美味しかったとかそんなこと聞いてないから口閉じてね。
さすがに妊娠云々は馬鹿馬鹿しすぎて聞かなかった。
きっと応接室のソファーの相手も秘書課の誰かなんだろう。
あのフロアに立ち入れるのは秘書課か役員、それに役員教員くらいなものだ。

「ねぇ藤本くん」
「なによ」
「応接室がイヤならあたしの権限で理事長室でも…」

ガガガンッ

まったく、エロ魔人には付き合いきれない。


それからしばらくしてよっちゃんは入試課に配置換えになった。
あまりにも女の子に手を出しすぎたという前代未聞の理由で。
もちろん表向きは入試課の人員不足。
しかも彼女の配置換えは理事長直々のお達しだった。
理事長の前では彼女の権限も無いに等しく、美人揃いの秘書課から
オジサンだらけの入試課に泣く泣く異動したよっちゃんだった。

彼女のあんなに落ち込んだ顔を見たのは初めてだった。
天性の女好きなんだな〜と少し気の毒に思えた。そのときは。



一週間の出張を終えて帰ってきたよっちゃんと久しぶりに飲みに行った。
彼女が秘書課にいるときは週3で飲みに行っていたから本当に久しぶりだ。
もちろん彼女の奢り。
安い居酒屋がほとんどだけど。
一人でいるのが嫌いな彼女はあたしと飲みに行く日以外は全部女の子との予定で埋めていた。
顔に似合わず寂しがり屋なのか、やはり単に女好きなだけか。
当然後者だろうなとあたしは思う。

「ささ、飲んで飲んで。久々なんだから」
「あたしを酔わせてなにする気なのよ」
「いやいや藤本くんとは酔ってないときにぜひ」

バチンッ

「っ痛〜。まったくある意味あたしより手早いよね、藤本くん」
「よっちゃんにしてはなかなか上手いこと言うね」
「だしょ?や〜楽しいね。気分がいいから飲むぞー」

どんなときだって飲むでしょあなたは。
ま、あたしも人の金でいつもかなり飲んでるけどさ。

「機嫌いいね。出張でなんかイイコトでもあった?」
「よくぞ聞いてくれた藤本くん!ワシは嬉しいよ」
「博士と助手ごっこはしないから。あ、おにーさん生追加。大ね」
「あたしも生。なんだよー乗ってくれよー。せっかく久々なんだからさぁ」
「それよりなにがあったのよ。さっさと言えば」
「それがさ、あたしなんでこんなことに気づかなかったんだろう今までって感じ」
「もっとわかりやすく」
「ほらあたしモテるじゃん?」
「まあね」
「女の子は現地調達すればいいって気づいたんだ」
「………」

まさかこの馬鹿…出張先の学校で調達したんじゃないよね?
お願いだから全然関係ない女を街でナンパしただけだと言って。

「やっぱ女子高生ってかーわいいよなー」

ガンッゴンッゴチンッ

「それ犯罪だから。生!早くね!」

頭を抱えてのたうちまわってるバカエロ魔人を無視して大ジョッキの残りを飲み干した。
コイツは女なしでは生きていけないのか。
心配になってきた。コイツじゃなくて世の中の女が。

「ほ、訪問先の生徒に手ぇだすのはさすがにマズイでしょ。マズイよ。
 せめて先生にしときなよ。あ、それもマズイわ。ダメだダメだダメだ」
「制服姿がそそるんだよー。今度藤本くんも着て…
 イヤ、なんでもない。なんでもないです。先生ももちろんいただきました」

開いた口が塞がらないとはこのことか。
生徒に加えて先生まで。
これなら秘書課のままのがよかったんじゃ…。

それにしても向こうはちゃんと合意の上で遊びだとわかっているのだろうか。
後々うちの大学を訴えたりなんてことないよね?
今の仕事けっこう気に入ってるのに大学職員の不祥事、
しかも理事長の身内のスキャンダルで大学解散とかになったら困るよ〜。
というか内容が破廉恥極まりないだけにこの大学に勤めてるなんて
誰にも言えなくなるし近所も歩けなくなる。

ちょっと大袈裟だけど数千人の教職員がこのバカよしこの性欲のせいで
路頭に迷うことになったらシャレにならない…。

「相手はちゃんと納得してるんだよね?」
「なにを?」
「よっちゃんがどういうつもりで…ええいめんどくさい!
 つまり訴えられるような別れ方はしてきてないよねってことだよ!
 ちょっと!!生まだ?!早く持ってきてよー!!」

ハイ喜んで〜じゃないよ、まったく。
喜ぶ前に生持ってきてよ。
こっちは飲まずにはいられないんだから。

「たぶん大丈夫だと思う」

だぶん大丈夫だと思うだと〜?
よくもまあ飄々と言ってのけるもんだ。ある意味感心するね。

「たぶんじゃ困るんですけどたぶんじゃ」
「だって一晩とはいえ愛し合った仲なんだよ?
 訴えるとかなんとかってそんな野暮なことするような相手とは寝ない。
 あたしだってそのへんわきまえてエッチするよ藤本くん」
「すごい自信。どっから来るのそれは」
「藤本くんもあたしと寝てみる?したらわかるかもよ」

ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ一瞬寝てみようかなって思う自分がいた。
ほんとにそれはほんのちょっとでスグに消えてなくなったから
あたしは彼女にデコピンをかました。

「いつまでもそんなことしてないで特定の彼女作ったらいいのに」
「藤本くん彼女になってくれる?」
「なんであたしが」
「じゃあ彼女なんていらないや。おにーさーん!
 さっさと生持ってこねーとこの店ぶっ潰すってここにいる目つきの悪い女が…」

ピシッバキッメリッ

「な、なんでもないです。なんでもないんで。
 あ、でも生はホントにさっさと持ってきてください」



「最近ますますバイオレンスだねー。
 もちっと加減してくれるとあたしもやりやすいんだけど」
「されるようなこと言うよっちゃんが悪い。てかやりやすいってなんだよ」

ビールにはやっぱ枝豆だよなとか言いながらあたしに殴られた箇所をさすっているよっちゃん。
あたしはどっちかっていうと冷奴かなとか言いながら殴った手をプラプラさせている。

「最近どうよ、秘書課。相変わらず?」
「うーん相変わらずだねぇ。みんなよっちゃんがいなくて寂しがってる…わけないじゃん」
「ぐはっ。上げて落とすなよ。あたしは寂しかったよ藤本くん」
「なんで。女の子とはいつも遊んでんでしょ?」
「いやいや藤本くんと飲む機会が減ってだよ」
「よく言うよこのエロ魔人」

嬉しくてニヤケ顔になるのを見られたくなくてそっぽを向いた。
何食わぬ顔して会話を楽しんでいたけど久々に彼女と飲んで
テンションが上がる自分を必死で抑えてた。
喜ばせるのは癪だから言わないけど実はあたしも彼女と飲むのが待ち遠しかったんだんだよね。

「気持ちよくなってきた〜」
「藤本くん目がトロンとしてるよ。いつもの眼力はどうした」
「ここんとこ忙しくてあんま寝てないから酔いがまわったのかも〜。明日休みでよかった〜」
「いやでも普通これだけ飲めば酔うけどね」
「よっちゃん酔ってないじゃーん」
「藤本くんほどは飲んでないもん」
「なんだとー!なんで飲んでないんだよっ飲めっいいから飲めっ」
「まったく、酔っ払いはうぜ〜なぁ。ま、面白いけどさ」

あたし酔ってるなぁと自分でも思う。
でも楽しいからいいか。
それよりとてつもなく眠い。うーん。

「オイコラこんなとこで寝るな…起き……くん……起きろっ……美貴?…」

薄れゆく意識の中で、体を包む温かい腕の気持ちよさを感じていた。



白い天井が見えた時点で自分の部屋ではないとわかった。
まだ頭が覚醒していないんだろうと、もう一度目をつぶった。
頭の下に枕にしては妙に生々しい感触のものがあった。
目をつぶったまま手で確認してみる。
ニギニギ。柔らかい。

「う、う〜ん」

横のほうから声が聞こえてきてびっくりして目を開けた。
明らかに自分の声ではない。
というよりも今の声は、低音ボイスは一人しか思い当たらない。

まさかまさかまさか。

ゆっくりと振り向くと端正な顔立ちのホクロだらけの顔がそこにあった。
怒りとか疑問とか羞恥とかそういう感情よりも先に
まつげ長いなーとか思った妙に冷静な自分がいた。

「あ、おはよ藤本くん」
「お、おはよう」
「よく眠れた?」
「たぶん」
「昨日は大変だったよ〜。ジョッキ抱えて寝る女なんて初めて見た」
「ええっ!マジ?」
「マジ。当たり前だけど服ビールまみれになったから脱がせた」
「ええっ!」

ベッドの中の自分の体に目をやると半裸に近い格好…というか下着のみ。
よっちゃんはというとなぜかあたしと同じようなほぼ半裸に近い格好で。
よくよく見てみたらなぜか腕枕なんかされちゃってるし。顔近いし。
ていうかなんで同じベッドで寝てるの?

導き出された答えはひとつ。

「最っ低」
「ど、どうしたの急にそんな怖い顔して。マジこえ〜。服はちゃんと洗って干したよ?」
「意識がない女を襲うような人だとは思わなかった」
「え、えぇぇぇぇぇ!ご、誤解だ!!誤解!!藤本くんはとんでもない誤解をしてるよ〜」
「この状態でどこが誤解だってのよエロ魔人。犯罪者」
「だからちがーうってば。あたしはソファで寝ようとしたんだよ?これホント。
 したら藤本くんが超こえ〜目つきで『あたしと同じベッドで寝れないってのかよ』
 ってドスの利いた声で言うからしぶしぶ」
「えぇ〜ほんとぉ?」
「ホントだっつの。ちょっとラッキーって…いやいや冗談です。
 あ、こんな格好なのはあたし寝るときはいつも全裸だけど
 さすがにそれはマズイかと思っていつもよりは着てるんだから。
 藤本くんは『あーつーいー』つって渡したシャツと短パン脱いじゃって
 おまけにあたしの腕を枕代わりにするし。まあそれは慣れてるからいいけどさ」
「………」

…あたしって酔うとそんなキャラなの?
…これからはもうちょっとお酒控えようかな。

「それにしても酔った藤本くんって大胆なんだね。オイラ我慢するの大変だったよ」
「それ以上なんか言ったら殴るから」
「ひどいなぁ。酔っ払いの介抱だって大変だったんだから。
 ちょっとくらいオイシイ思いしないと割に合わないよ」
「よっちゃんもしかして寝てるあたしになんかした?」
「いやいやいやいや。まさかまさかそんなそんな」

ピチッ

「動揺しすぎだから。怒らないから言ってみな。どこまでしたか」
「怒らないって…もうすでに怒ってるし。殴ったし」
「いいから!」
「い、いやべつにナニをしたってわけじゃ…」
「ナニをしたの?!」
「ナニなんてしてないよっ」
「じゃあナニしたのよ」
「えーっと、なんていうのかなぁ、ホラ。ああいうのなんて言うんだっけ世間一般では。
 …すみませんチュウしました」

ガチンッボゴンッベキッ

「呆れて言葉がないよ」
「だからってそんな殴らなくても」
「よっちゃんって美貴のことそういう対象なの?」
「そういう対象って?」
「すぐにやらせてくれる女」
「ま、まさか。違うよ。そんなわけないじゃん。なんつーか、かわいくてつい…」
「よっちゃんがいつも相手にしてる女たちと一緒にしないで」

怒りよりもなんだか悲しくて悔しくて涙がでそうだったから彼女に背中を向けた。
こんなことくらいで騒ぐ自分に驚いていたしなによりもみっともなくて情けなかった。
キスくらいたいしたことじゃないじゃん。
なんで一発殴ってもうするなよって笑えなかったんだろ。
なんでこんなこと言ってんだろ。

「もう帰る。服持ってきて」
「わかった。ちょっと待ってて」

あたしの只ならぬ雰囲気を察したのかよっちゃんはすぐにあたしの服を持ってきてくれた。
それから二人して無言で服を着た。



送るよと言うよっちゃんの言葉を振り切って外にでた。
太陽が眩しい。今日も暑くなりそうだ。
歩きながらさっきの自分の発言を振り返る。
あんな嫌な言い方、なんでしてしまったんだろう。
すぐに背中を向けたからよっちゃんがどんな顔したかわからない。
傷つけちゃったかなぁ。

こんなこと初めてだった。
よっちゃんとはいつも軽口言い合って馬鹿騒ぎして楽しく過ごしてたのに。
彼女の女遊びだって相変わらずのことだと受け流したりつっこんだり。
憎まれ口叩きながらも飲みに行くのワクワクして楽しみで…なのに。
なんであんなことくらいで。

キスくらいで。


わからない。
自分がわからなかった。


ふいにクラクションを鳴らされカチンときた。
いつもならキッとひと睨みして相手をビビらせるけれど
今はウザイと思いつつも振り返るのが面倒だったので黙って通りの端に寄った。

黒いポルシェが横に停まり、窓が開く。
見慣れた顔が見えてあたしは少なからず驚いた。
さっきまで思考の中心だった人物がそこにいたから。

「送るよ」



気まずい思いを乗せたままポルシェは動きだす。
音楽もラジオもかかってない車内は無音。
なにか言わなきゃと思いつつもなにを言っていいのかわからない。
こんな気まずい沈黙、よっちゃんとの間にできるなんて思ってもみなかった。
昨日までのあたしと彼女との関係が懐かしかった。
昨日に戻りたかった。

でもそんなことはもちろん無理なわけで。
そういういろんなことを考えていたら彼女が急に口を開いた。

「ないないって思ってたけど実はちゃんとあったんだね」
「なにが?」
「藤本くんのおっぱ…」

ボコッガンッメコッ

「う、運転中はヤバイって。マジでヤバイからマジでヤバイから」
「そのへらず口を今度ホチキスでとめてやる」
「ひー!美貴ちゅわんってばドSなんだからっ」

車内の空気が一変した。
いつもの二人。
いつものじゃれ合い。

この空気が気持ちよくて楽しくてあたしはこの史上最強の女好きと
一線を越えずに付き合っていられるのかもしれない。
それはきっと向こうも同じはず。
だからさっきみたいな恋愛ごとのような会話はあたしたちには似合わない。
こういうおバカな会話をしてるのが一番なんだ。

あたしは納得してシートに深く沈んだ。
何人もの女が座ったであろうこのシートに。

でも自分以外の女がここに座ってるのを想像したらなぜかあんまりイイ気分がしなかった。
ま、それはこの際置いといて。
せっかくいつもの雰囲気が戻ってきたんだからと会話を楽しむことにした。

「よっちゃんのがよっぽどSっぽいよね。何人も女泣かせて」
「チッチッチッ。甘いぜ藤本くん。
 自慢じゃないけどオイラは女の人を泣かせたことは一度もありましぇん」
「ウソくさ」
「ベッドの中では泣かせてるけどね」

エヘッとやけにかわいい表情で舌をだす彼女。
言ってることとあまりにアンバランスで思わず吹きだす。

「そういうんじゃなくてー。次から次へと女とっかえひっかえしてよく刺されないよねぇ」
「そんな感心されるようなことじゃ…。
 てかね、あたしは女の人と遊んではいるけど恋愛はしてないの。もちろん向こうもそう。
 だからあたしにとってエッチはスポーツみたいなもん。
 汗かいてスッキリしてハイ終了〜。お疲れ様って感じなわけよ。
 だから愛とか恋とか求めてるコとは基本的に遊ばないの。さすがに」
「よっちゃんて本気で人を好きにならないの?」

そういう考えって寂しくないのかな?
あ、寂しいから毎日女と遊んだりあたしと飲んだりしてるのか。
あれ?でもそれって本末転倒じゃん。
なんかよくわからなくなってきた。
自分がなにを言いたいのかなにがしたいのか。

「本気で人に好きになってもらえればそういうこともあるかもね〜」

ドキッとしてなにも言えなかった。
ヘラヘラ笑いながら言うようなセリフかよってなんでつっこめなかったんだろう。
その表情とは裏腹に前を見据えた瞳が真剣すぎて
あたしは躊躇したのかもしれない。
こんなよっちゃんを見たのは初めてだった。

バカでエロで金持ちなよっちゃん。
あたしは彼女のことをどれくらい知ったつもりでいたんだろう。
ただの飲み友達。
会社の同僚。

あたしとよっちゃんはそれ以外に当てはまる関係じゃない。
心を許した気安い仲だけど彼女のことをあたしはなにも知らない。
彼女の本質を。
内面を。

彼女もまたあたしのことをなにも知らない。
その事実があたしをまた暗くさせた。
それは車内のムードを再び変えさせるのにも十分だった。

あたしのマンションにつくまで車内はまた静けさを取り戻していた。


「とうちゃ〜く。ささお姫様、お手をどうぞ」

当然のように助手席にまわってドアを開けてくれるよっちゃん。
あまりにも板についたその行動が彼女にピッタリでなんだかおかしかった。

「よっちゃんて期待を裏切らないよね」
「期待しすぎないでね」

笑って帰っていく彼女を見送った。











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