ツナサンド







そういえば教習中によく言われたっけ。

「吉澤さんね、ちょっとブレーキ踏むの遅いときあるから気をつけて」



免許とって一年が一番危ないとはよく聞いていたけど。
なにもこんなときにやらかさなくても、自分。
海はもう目の前だってのに彼女は俯いて固く口を閉ざしたまま。
あたしのほうを全く見てくれない。やっぱり呆れちゃったのかな。それとも怒ってる?

「ごめんね、ごっちん」
「………」
「楽しい旅に水差すようなことになっちゃって」
「………」
「ホントごめん」
「なんでよしこが謝るの?」

彼女の声がちょっと上ずってて泣きそうなんだってわかったけど、
あたしはさっきのことがあったからひたすら安全運転を心掛けてるわけで。
真っ直ぐ前を見てハンドルもちゃんと両手で握っている。一瞬たりとも気を抜かないように。
道は相変わらず混んでるんだか混んでないんだか微妙な進み具合で、
右足はブレーキとアクセルを行ったり来たり。
だから彼女のほうに目をやれないこの感覚がもどかしい。

「だってあたしの不注意で事故っちゃったわけだし」



それは控えめに言っても事故ってほどのものではなく、相手の車も無傷に等しかったけど
一瞬でもごっちんにヒヤッとさせたかと思うとバカな自分を責めずにはいられない。
ブレーキ踏むのが遅いって言われてたのに。
なんてバカなんだ自分。身を持って知るってやつか。

相手の車も体も無傷だったのは幸いだったけど、それでも弱っちいマイカーは
ナンバープレートの上あたりがへこんで、横から見たらまるで梨華ちゃんの顎のようにシャクレていた。
それを見た相手のおじさんとおばさんはあたしたちのことが気の毒に思ったのか
「これからは気をつけてね」と一言だけ残して去っていった。
なんてカッケーんだ。

とにかく車はその程度で済んだ。
だから気を取り直して目的地へと再出発。
旅にトラブルはつきものさ、と前向きに…なったのはどうやらあたしだけだったようで。



「ごめんね。楽しくなくなっちゃったよね?」
「そんなこと…」
「好きな人乗せてるんだからことさら安全運転しなきゃいけないのに、ダメだなぁあたし」
「ちがう!よしこは悪くないよ。よしこは…」

彼女の声が本格的に泣きモードに入ってきた。
あたしはもう居た堪れなくなってハザードを点けた。
ゆっくりと減速し車を路肩に寄せる。これでやっと彼女の顔が見れる。

「ごっちん…」

彼女の目は真っ赤に充血していて今にも大粒の涙が零れ落ちそうだった。
あたしはシートベルトを外して彼女のほうに身を寄せ彼女の頬に手を添えた。

「なんでそんなに泣くの?」
「だって、だって…あた、あたしがあの時ツナサンドなんか渡さなきゃ、こんな風にならなかったし、車だって」
「そんなこと気にしてたの?ツナサンドは関係ないよ。あたしがブレーキ踏むの遅れただけなんだって」
「だってツナサンド見なかったら、よしこ、ちゃんとブレーキ踏めてたでしょぅ。ふぇ、ふぇーん」
「もう〜泣くなよ〜。ブレーキ遅れるのはあたしの悪い癖なんだよ。
 よく人に言われてたのに直さなかったあたしが悪いんだよ。ごっちんは悪くないよ〜。
 ね、だから泣かないで。かわいい顔あたしにちゃんと見せてよ。元気だして?
 ほら、海があたしたちを待ってるよ?」

彼女の目もとに唇を寄せ、涙を残らず吸って最後におでこにキスをした。

「だってだって、ツナサンドがぁ〜」

彼女の涙はまだもうちょっと止まらないみたい。
でもあたしが全部吸っちゃえばいっか。
その度にほっぺや鼻の頭や唇にキスを落として彼女の笑顔を取り戻す。
あたしがキスすると彼女がふにゃっと笑ってくれる。
だからきっとこの分なら、海につく頃にははしゃぎモード全開になっていっぱい楽しめるよね?ごっちん。





サイドブレーキのところにひっかかってるきゅうりの切れ端を見ながら
当分ツナサンドは遠慮したいと本気で思っていたことは、彼女にはもちろん秘密だけど。










<了>


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