ダウト






窓の外に白いものが見えて私はちょっとドキっとした。
まるで条件反射のようになってしまったこのドキドキは
いろんな場面で突然顔を出すから心臓に悪い。

先生の手にあるチョークにまで反応してしまうなんて相当重症なのかな。
れいながかぶっているホワホワした白いニット帽がなんだか羨ましかった。
先輩が持つ真っ白な肌を連想させて、やっぱり私はドキドキしたから。



「キャメイちゃ〜ん」
「せ、先輩」

先輩はいつも唐突に私の教室に来て私の名前を呼ぶ。
それは暇だったり教室から売店が近いからだったりだと思うけど。

「元気してる〜?」
「ハイ!キャメイはいつも元気いっぱいでーす!!」

優しく微笑まれてそんなことを言われた日には、元気にならないわけがない。
その直前までどっぷりと落ち込んでいても元気になる自信がある。
成績が落ちても、体重が増えても、バスが混んでても先輩に微笑まれたらきっと。

先輩のシャツがはだけた首もとにキラリと光るものを見つけてしまっても。
どこからともなく元気が湧いてくる。

「キャメちゃんこんにちは」
「ごとー先輩、こんにちはです」

ペコリと頭を下げる私を優しく見つめるごとー先輩はすごく綺麗。
隣りで嬉しそうに目を細める吉澤先輩もすごくすごく綺麗。
タイプの違う二人だけどちょっとやそっとの美人さんじゃないことは共通している。

「キャメちゃんはいつも元気だねぇ」
「若いってスバラシイよなぁ」
「よしこもこんな純粋な頃があったよねぇ」
「ごっちんに出会う前はピュアそのものだったよ」
「なんだとー」

こんなに綺麗なのに、じゃれあう二人はまるで二匹の子犬みたい。
すごく可愛くてすごく楽しそうで、そしてやっぱりすごく綺麗で。
いいなぁって思う反面ドキドキしていた胸がチクリと痛む。
ごとー先輩の首もとにやっぱり光るものを見つけてチクリチクリと痛む。

「そうだ!キャメちゃん今ひま?」
「はい。ひまですよ〜」
「ごっちんどうしたの?」

うふふと笑いながらごとー先輩がかばんから出したのはトランプだった。

「さっきやぐっつぁんにもらったの。机整理したら出てきたって」
「へー。それ前に矢口先生に没収されたやつ?」
「そう。もうすぐうちらが卒業だから返すって言われた」
「そういえばあたしにもCD返してきたなぁ」
「だから三人でトランプしない?」
「おー。いいねいいね。やろう。ね、キャメイちゃん」

人が少ない一年生の教室に卒業を控えた学内二大美人が入ってくる。
まわりの子たちがちょっと落ち着かない様子で頬を染めている。
私はドキドキもチクリチクリも忘れて途端に誇らしくなった。

「はい!やりたいでーす!」

ちょっと座らせてね、と近くにいた子に断ってから吉澤先輩が目の前に座った。
話しかけられた子は目を輝かせて照れているのか声も出さずに頷くばかり。
得意げに前髪をかきあげる吉澤先輩はそのことを十分わかっているみたい。

「よしこ、ニヤニヤしすぎ」
「へっ?そんなことないよ?」
「そんなことあるもん。ちょっと調子に乗ってるでしょ。モテるからって」
「調子になんか乗ってないよ〜。あたしはごっちんひと筋!ね?」
「はい!吉澤先輩は一途にごとー先輩命ですよー」

同意を求めるようにウインクをされて私は思わず良い返事。
言ってから自分が発した言葉の意味に悲しくなる。

「あはっ。まったく、キャメちゃんはよしこに甘いんだから〜」
「そうそう。あたしとキャメイちゃんは仲良しだから。大の」

大きな手のひらが頭の上から降ってきて優しい感触がした。
私の頭をナデナデしてくれるのはどういう気持ちからなんだろう。
よくわからないなと思いつつも嬉しいからいつもされるがままになっている。

「キャメちゃん、嬉しそう」

その言葉はびっくりするほど柔らかくて、嫉妬とかそういう汚いものとは無縁で
彼女の余裕っていうのともまたちょっと違う気がした。

「はい。嬉しいです!」
「ほーかほーか、キャメイちゃん嬉しいのか〜。うりゃ〜」
「キャー!先輩やめて〜。髪がぐちゃぐちゃになるぅ…」
「うりゃうりゃ〜」
「キャー!!」

私の頭を撫でまわして遊んでいる吉澤先輩を見ながら
ごとー先輩はトランプを切り出して、切りながらやっぱり柔らかい表情をしていた。

「ふぅ。満足満足。キャメイちゃん充電完了〜」
「うぅ…先輩ひどい…髪ぼさぼさだよー」

泣き真似をしたらごとー先輩が手ぐしで直してくれた。
髪きれーだねーと言われて、いつものドキドキとは違うドキドキがする。
ダメダメ、ライバルなのに。でもごとー先輩にはたぶん、どころか絶対に敵わない。

「で、ごっちん何やるの?」
「ん〜とね…じゃあダウト」
「おっけい」
「キャメちゃんもおっけい?」
「おっけいでーす!」

この二人の空気の中にいるだけで幸せだと思ってしまう私は、本当に吉澤先輩のことが好きなのかな。
ごとー先輩といる吉澤先輩が好きなのか二人が好きなのか。
どっちも正しいような気もするし違うような気もしている。
よくわからないけどもうすぐ卒業してしまうこの二人にもう会えなくなるのかもって考えると
すごく寂しくて泣きそうになる。

「ダウト!」
「った〜!なんでごっちんそんなわかるんだよぉ」
「よしこのウソなんてごとーにはすぐわかるんだよー」
「マジで?じゃ、あれとかこれとかもしかしてあれも?!」
「そんなにウソついてるのかー!よしこー!!」

やっぱり私はこの二人が好きで、吉澤先輩がずっと好き。
優しく声をかけてくれたことも帰り道に一緒になったことも忘れない。
二人が卒業した後も私はきっと教室で待ってしまう。
唐突に声をかけられてこうしてトランプをやったり
二人のじゃれあいを見ながらドキドキしたり困惑したりすることを。


待ってしまう。


「キャメイちゃーん、それホントに8かなぁ?」
「探りとか入れなくていいから」

ごとー先輩が呆れたように吉澤先輩の腕を叩く。
こんな私の想いをたぶん気づいているごとー先輩は、
気づいていてあえて何も言わないでいてくれている。やっぱり敵わないな。

「ダウトっ!あ、待ってやっぱ今のナシ。…ん〜やっぱダウト!」

そしてこのかっこよくて優しくて美人で面白くて、でもちょっと鈍い私の好きな人は
私の想いに一生気づくことはない。と思うんだけど。

「キャメイちゃーん、どした?あたしの顔まじまじ見つめちゃって」
「えっと…」
「あ、わかった。もしかして惚れた?いやーモテモテでまいっちゃうなー」
「ったく、このバカは」

ドキっとした。でもなんかちょっと悔しい。私だけがドキっとしたままなんて。
だから私は一世一代の覚悟で吉澤先輩をじっと見つめた。
何も言わずにただ黙って目の前の大きな瞳に吸い込まれそうになりながら。
じっと見つめた。

「キャメイ…ちゃん?」
「………」
「どうした?亀井?」
「………」
「ごっちん、亀井が」
「いいから。黙ってキャメちゃん見てやりな」
「え?どういうこと?亀井もしかしてあたしのことを…?」
「………」

まばたきをしないでいたら徐々に涙が浮かんできた。
視界の隅から映像が歪んで大好きな顔が消えそうになる。

「亀井…?まさかホントに?」
「先輩それこそ、ダウトですよ」

涙の粒が落ちる前に、自分ができる最高の笑顔で想いにさよならをした。
先輩たちを笑顔で見送ることが、できるように。










<了>


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