基本形 3rd






吉澤ひとみの朝は早い。

「う〜ん今日もいい天気だ。ナイス青空!ナイス太陽!」

朝からテンションも高めのひとみは、隣でスヤスヤと眠る恋人の真希に
おはようのチュウをするのが日課だ。

「今日もかわいいな〜かわいすぎて食べちゃいたいくらいだ」

真希の寝顔を堪能してからそっと、というかこっそりと額に口づけた。
その様子はどこかオドオドしていてとても恋人にするそれとは思えない。
口づけた後も彼女が起きないか顔を覗き込んだりしている。

「はっあ〜よかった。今日もバレなかった。ま、ごっちんがこれくらいのことで起きるわけないか」

手早く着替え洗面所に向かう。顔を洗い歯を磨き、慣れた手つきで朝食の支度に取り掛かった。
冷蔵庫からいくつかの野菜を取り出し食べやすい大きさに切り分ける。
鍋に火をかけ調味料で味をつけた。
その中に適当に野菜を放り込み、弱火にしてからひとみは再び洗面所に向かった。

「えーと色ものはこれと、あとこれと…」

色ものとそうでないものを選り分け洗濯機に放り込む。
時折真希の下着を見つめてはニヤニヤと含んだ笑いをするその姿は
とても学内1、2を争う男前のそれとは思えないほどの不気味さだ。
全自動洗濯機のスタートボタンを押してからまたキッチンに向かった。

「洗濯機って便利だよな〜。これがなかったら手でゴシゴシやんなきゃいけないんだよな〜。
 そんな時間ないっつの。たぶんごっちんのだけで精一杯だな。
 ホントよかった、洗濯機があって。誰だか知らないけど発明した人さんきゅう〜」

文明の利器に感謝して朝食の支度の続きをする。
自分の汚れ物よりまず恋人を優先させようとするあたりから
ひとみの真希に対するベタ惚れぶりが窺える。単にヘタレとも言えるが。

「よし、とりあえずこんなもんか」

朝食の準備が整い寝室に向かった。
相変わらず真希は一向に起きる気配がない。
ひとみは真希の眠るベッドの横を素通りし、二つ並んだ机の上のテキストやノート類を手にする。

「今日は月曜だからごっちんとは3、4限が一緒か〜。えーとそれ以外は…っと」

時間割を確認して真希のバッグに必要なものを詰めている。
ついでにハンカチやティッシュも忘れない。
その姿は恋人というよりもまるで母親だった。
自分の時間割も確認し用意をしてから真希を起こすのかと思いきや
また横を素通りして洗面所に向かった。

洗濯が完了した洗濯機から服や下着を取り出しベランダに向かった。
この洗濯機は乾燥まではしてくれないらしい。
だがひとみは洗濯物を干すのが朝の仕事の中で一番好きだった。
基本的にキレイ好き、完ぺき主義のひとみは洗いざらしのシャツやタオルなどを見ると
妙にテンションが上がる。洗濯フェチ、とでもいおうか。
それゆえ洗濯機をまわす回数は隣の部屋の住人と比べ、はるかに勝っていた。
もっとも、隣の部屋は隣の部屋で洗濯はおろか掃除すらもロクにしない
ひとみとは正反対の二人が住んでいるのだがそれはまた別の話だ。

洗濯物を干し終えるとひとみはようやく真希を起こしに行った。
真希が完全に覚醒するまでの時間と着替えや洗面にかかる時間や
朝食にかかる時間、寮から1時限がある教室までの所要時間などなど
すべてを考慮し逆算して導き出された時間が今このときなのだ。
このベストタイムを導き出すまでにひとみは多大な苦労を乗り越えてきた。
それもひとえに真希の寝起きの悪さが原因なのだがここではそれは語るまい。

「ごっちんオハヨウ」
「んん〜」
「ごっちんの好きな100%濃縮還元オレンジジュースが待ってるよ〜」
「んあ〜」
「なっちさんとこの食パンでサンドイッチ作ったよ」
「たまごぉ?」
「たまごとツナとハム&チーズだよ」
「んん〜食べる」
「じゃほら起きて。早くかわいい顔見せてほしいな」
「へへ〜よしこおはー」
「よしよし今日も最高にかわいいよ」
「よしこ大好き〜」
「ごっちん大好き〜」

朝っぱらからベッドの上で甘い言葉を囁きあい、抱き合う二人はまさに恋人同士。
けれど意外にもこの二人はまだ一線を越えていない。
その上キス(唇)もまだというプラトニックぶりだ。
それもこれも真希の尋常でない恥ずかしがりによるのだが
そんなところも含めて真希を愛しているひとみはじりじりしながらも毎朝というか毎日
恋人の世話を甲斐甲斐しくやっている。

真希を洗面所に送り込みひとみはキッチンに戻った。
スープに火をかけ冷蔵庫からオレンジジュースを取り出す。
自分用にコーヒーをいれて時間を確認。
携帯を手に取り隣の住人に短いメールを送った。
すべてが順調だった。
なにもかも段取り通りことが進んでいることに、ひとみは心の中でガッツポーズをした。

「ふぁ〜いいニオイだね」

二人で食卓を囲み和やかに朝のひと時を過ごす。
愛しい恋人とのこの時間をひとみはとても大切にしている。
今日の予定や天気など、他愛のない話をしてるこの瞬間。
それはひとみだけでなく真希にとっても幸せな時間だった。

出かける準備が整い、二人仲良く部屋を出ようとしたところでひとみがあることを思い出した。

「キャメ子(亀)にエサやってないや〜」

部屋に戻るひとみの背中を見ながらドアの前でボーっと待つ真希。
朝食を食べて満腹になったせいか、また少し眠くなったようだ。
エサをやり終えたひとみがそんな真希の様子に気づいた。

「ごっちん、1限は必修なんだから寝ちゃダメだよ?」
「わかってるよ〜」

今にも眠りに落ちそうな真希を抱えてひとみはドアのノブに手をかけた。



こうして、吉澤ひとみのいつもと変わらない一日が始まった。










<了>


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