Remittent fever






またね。
そう言ってアイツはいつもこの部屋を出て行く。
この部屋から抜けるドアを開きこの部屋から一歩足を踏み出せばそこはもうアイツの世界。
美貴の世界から抜け出してアイツが何をやってるのかなんて知らない。知りたくもない。
ううん、本当は知りたい。
美貴の知らない世界でアイツは何かをして誰かに会って。
美貴がこうしてベッドの上で膝を抱えていることを知らない。
美貴の部屋のドアノブが廻ってドアが開いてアイツが来れば
美貴はベッドの上で何度も飛び跳ねてただただ笑って出迎える。
早く早くとせかして首にしがみついてぶら下がったままアイツがベッドに倒れこむのを促す。

そしていつものように目を閉じる。



「どうして美貴ちゃんとの食事はこんなに美味く感じるんだろう。いつもいつも」
「セックスの後だからじゃない?」
「ははっ。そうかも」
「よっちゃんはいつもどんなもの食べてるの?」
「いろいろだよ。なんだって食べるしなんも食べないときもある」
「美貴以外の人との食事は美味しい?」
「美味しいときもあるよ」

それはやっぱりセックスの後だから?
美味しいセックスに美味しい食事をここではないどこかでも味わってるの?

「美貴ちゃんは美味しい食事してる?ちゃんと栄養のあるもの食べてる?」
「今まさに食べてるじゃん」
「あたし以外の人と食べるときだよ」
「よっちゃん以外の人となんて食べないよ」
「じゃあ一人のときは?ちゃんと食べてる?」
「あんまり。よっちゃんと食べるときにいっぱい食べてるから」
「あたしも美貴ちゃんと食べるときはいつも腹ペコだよ」

体の上で踊るようにするセックスの後は食欲が旺盛だ。
顔に似合わずタフなコイツは美貴を持ち上げたり揺らしたりしてなにも言わずに汗をふりまく。

「よっちゃんはいつもどこにいるの?」
「美貴ちゃんのそばにいるよ」
「美貴以外の人のそばにもいるの?」
「そんなこと美貴ちゃんが気にするようなことじゃないよ」
「よっちゃんは美貴が誰と会ってるか気にならないの?」
「美貴ちゃんは気にしてほしくないんじゃないの?」
「そんなことない。気にしてよ。美貴だってよっちゃんのことが」
「うん。わかった。今度からそうするよ。
 美貴ちゃんが気にしてほしくないんじゃないかと思ってしまったんだ。ごめん」

進んでいるのか後退しているのかわからない。でもたぶん後者。
ぺらぺらとよく動く口は感情がこもっているようなこもっていないような。これもきっと後者。

「謝らないで。よっちゃんはいつも美貴のそばにいてくれる?」
「あたしはいつも美貴ちゃんのそばにいるよ」
「誰かのところに行かない?」
「美貴ちゃんが望むなら」
「うそつき」
「それも美貴ちゃんが望んだことだから」

勝手に人の望みを決めつけて。自分の都合に合わせて。
理不尽な解釈や自分勝手な理屈。なにもかもをでもこの笑顔が浄化する。

「うん。美貴はそういうよっちゃんが好きなの」
「あたしもそんな美貴ちゃんが好きだよ」

ファーストキスなんてとっくに忘れたけどコイツとのキスは一回一回律儀に覚えている。
忘れるのが難しいほど頭の芯が痺れて欲しくてたまらなくなるから。
セックスの回数よりも食事の回数よりもキスをした回数は少ないから。

忘れようにも鮮明すぎて。
忘れようにも少なすぎて。

だから覚えていられる。

「キスしたい」

右手に持ったフォークでむしゃむしゃと緑の野菜を頬張りながら
左手の親指で美貴の唇をそっと撫でる。それが答え。

「よっちゃんはどこに行きたい?」
「美貴ちゃんの望むところならどこでも行くよ」
「どこにも行かないでって言ったら?」
「どこにも行かないよ」

唇を撫でた親指が割って入ってくる。
舐めろと言われる前にもうしゃぶっていた。
左手で顎をがっちりキープして中を暴れまわる親指に息が詰まる。
かすかにドレッシングの味。
くぐもった声を無視して美味しそうにフォークを動かすコイツの輪郭が揺らぐ。
目から、口から、だらしなく液を垂らす美貴を本当に愛しく見つめるから。

「よっひゃん…しゅき…しゅき…」

歯とぶつかりあって不協和音を奏でる爪が同時に舌を痛めつける。
さっきまで美貴の中に入っていたこれがまた美貴の中で美貴を無視して蠢く。
なにも考えずにしゃぶり続けていると段々自分と指の境界線が怪しくなってくる。
自身の一部のよう。
でも勝手に動く舌に翻弄されて弄ばれて他人の指だと自覚する。

「美味しい?美貴ちゃん、これ美味しい?」
「おっおひゅ…くちゅ…っひゃぁあん」

視界の隅にぼやける赤。
フォークの先に刺さったトマトを食べながら美貴の口を侵して嬉しい?楽しい?気持ちいい?
イキそうな顔なんてしないで。美貴より先にイクのは許さない。
弾力を確かめるように押されたり裏側をくすぐるように撫でたりする指にしっかり纏わりつく舌。
負けないように押し返す。爪に歯を立てる。しゃぶり続ける。
喉の奥まで、飲み込むように。

「じゅるっ…」

強く吸ってべろべろべろべろ舐めまわしてまた強く吸う。咬む。しゃぶりつく。
手首まで垂れた唾液がきらきら光って美貴の目の前をちらちらと鬱陶しいくらいに横切る。
美貴の口に突っ込んだままフォークをかざして食べ終えたことを暗に示す。
口の端にだらしなくついたドレッシングを舐めたい衝動に駆られる。
口のまわりにだらしなく垂れ流された唾液を舐めてほしくて仕方ない。

「美貴ちゃん…ほら…」
「んっ…あんぅんっ…」
「もっとあげるよ」

数を増やした指がふいに飛び込んできて舌を掴む。
舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて止めて。
そして透明な糸が長いアーチをかけた。

さっきまで食事をしていたテーブルの上には空になった皿とわずかに水が入ったグラス。
そして仰向きになって天井を見つめる美貴の視界に出たり入ったりする銀髪。
世界が揺れる。体が。テーブルが。銀髪が。

「はぁっはぁっ…うぅ…」

メインディッシュのように真ん中に置かれた美貴の体は美味しい?お腹いっぱい食べて。
世界が廻る。ぐるぐると。
触られている部分がわからないほど溶けている。ぐちゅぐちゅと。

銀髪のこめかみに人差し指を立ててバーン。変わらずに動く銀髪。
素肌をさらしたおしりや背中がテーブルに擦れてキュッキュッと鳴る。
頭の中で鮮明に鳴り響きながら繰り返すバーンとキュッキュッ。

「名前…」

決して最中には呼んではくれないとわかっていても。

「お願い…美貴って…」

美貴の中に舌が侵入してきた。それが返事。
体の中を洗いざらい掻きまわすコイツは無言。
最中はほとんどと言っていいほどなにも喋ろうとしない。
饒舌になられてもそれはそれでイヤだ。ううん、やっぱり声が聴きたい。
美貴を呼ばなくてもいから声を聴かせて。

「あぁぁぁ…」

近づいてる。
高まる快感と解放されたときの寂しさを連れた終わりが近づく。
繋がっていることが願い。美貴が達した瞬間のコイツの顔を見るのも望み。
ぬるっと取り出された舌なり指なりがあっと思う間もなく美貴から離れ、去ってゆく。

気持ちよさと寂しさの狭間に漂いながらゆらゆらと頭を振って
うつろな視点のピントを合わせる。合わせたところでなにも映らない視界。
美貴が見たい世界はいつもすぐに消えてしまう。
コイツの恍惚とした表情は意識がゴチャゴチャして曖昧なときにしか見れない。
そんなの、見たなんて言わない。



「美貴ちゃんとの食事はやっぱり美味しいな」
「食欲と性欲が同時に満たされるからじゃない?」
「ははっ。そうかも」

美貴の名残りをぺロっと舐めながらあっけらかんと上から見下ろす冷たい瞳。
冷たいけど優しい。わけのわからないその瞳を見せるのは美貴にだけ。
美貴の世界にいるコイツは美貴のもの。美貴のもの。美貴のもの。

「またね」

美貴の部屋のドアノブを廻し外への一歩を踏み出す足を見ながら美貴はまた膝を抱える。










<了>


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