青春手のひらサイズ






放課後の体育館。決して広くない空間を人とボールが飛び交っている。
この体育館をバスケ部とバレー部が共同で使用している理由は鬱陶しい季節のせいだ。
雨さえ降っていなければ、本日はバスケ部の体育館ひとりじめDAYだった。
恵みの雨に感謝するバレー部一同と一部の部外者たち。
誰だって、暑い中にグラウンド何周とかしたいわけがないのだ。
バレーボールと戯れていたいのだ。

「よっちゃん!」
「ほいな」

ズバッとコートに突き刺さるバレーボール。
戯れてる戯れてる。
きゃーきゃー言いながら逃げ惑う1年の小娘どもが戯れてる。

「のの、もういっちょ」
「え゛ーやだ。のん、もう疲れた」
「おまえ体力ねえなぁ〜」
「腹へった…」
「じゃ、5分休憩な」
「あっちぃ〜」

床に座って壁に背をつけるとバシンバシンと衝撃が伝わってくる。
間の悪いことにサーブ練習が始まったようだ。

「けっこう響くね、壁」
「頭つけてみ?脳が揺れる」
「やだよ。バカになるじゃん」
「ののはもともとバカだから大丈夫だよ」
「のんはバカじゃないよ。よっちゃんのほうがバカじゃん」
「あたしは頭いいよ」

ふたつの部活がせめぎ合いながら球技をしている体育館の中はそれはそれは蒸し暑い。
外は大雨らしく、尻の後ろの窓を開けたら途端に床が濡れた。

「あーあ。こりゃ傘さしても意味ないな」
「ホントだ。傘さしても無駄だね」
「じゃ、傘貸して」
「のん持ってきてないよ」
「なんで持ってこないんだよー!梅雨だぞ?必須アイテムだろ」
「忘れちゃったんだもん。ていうか、よっちゃんだって持ってきてないんじゃん」
「あたしも忘れちゃったんだもん」
「でもあってもどうせ濡れるよ」
「そうだった。ま、いっか」

壁にもたれていた背中をずるずると滑らせて床に寝転んだ。
ひんやりとしていて気持ちがいい。
バスケ部のドリブルが脳に響くけどこの冷たさは気持ちがいい。

「おーおー、よくやるねぇ。頑張ってるねぇ。可愛いねぇ」
「どれ?」
「ほら、あそこ。いまレシーブ受けてる子」
「あ、隣のクラスの子だ」
「マジで?紹介してよ」
「やだよぉ。よっちゃんまた変なことするんだ」
「ばっ、へ、変なことってなんだよぉ。しねえよぉ」
「だって、前にのんの友達が触られたって言ってたもん」
「あ、あれは、だって…自然の成り行きってもんなの!」
「ふうん。変なの」

あたしの枕元(枕はないけど)ではボールがバシバシと床を鳴らしている。
それに混じって変なの変なのと連呼する声がかすかに聞こえる。

「そっか、ののはあれだ」
「…なに?」
「やきもちだ」
「やきもち?のんが?」
「そう。いやー、辻さんはそんなにあたしが好きか。そーかそーか」
「ぜったい、違うと思う」
「わははははは」
「ぜったい違うから!」
「うしっ!休憩終わり」
「違うからね!」

背面キャッチはいくら練習しても上手くならない。
やっぱりバレーボールが大きすぎるのだろうか。
今度は野球ボールでやってみよう。

軽くパスを交わしてから徐々にスピードを上げる。
トス、スパイク、レシーブ、トス、スパイク、レシーブ。
お互いに相手のスパイクを難なく拾い、綺麗に返す。

「あのさー」
「なにー」

飛んできたボールをかまえていた両手で受け止める。
ふんわり返っていくボール。
綺麗な軌道の向こうで待ち構えているのの。

「いつかよっちゃんみたいな彼氏がほしい」
「ん?」

飛んできたボールがなぜか視界いっぱいに広がった。
衝撃と痛みで一瞬気が遠くなる。
薄っすらと開けた目の先には満面の笑みがあった。

「1本とったー!イェーイ!アイス、アイス、よっちゃんのおごり〜」
「くっそ〜」

しりもちをついたまま顔を擦る。
転がっていたボールを投げつけたら軽くよけられた。
悔しい。実に悔しい。動揺した自分が悔しい。

「うりゃ」

笑いながら近づいてきたから見るからに小さな胸に手を伸ばした。
手のひらにおさまる。ちょっとだけ揉んでみる。

「どりゃー」

先ほどのボールよりも強烈なビンタにまた脳が揺れた。
あたし、マジでバカになっちゃうかも。

「辻さーん、遊び終わったならさっさと帰ってねー」
「あ、すみませーん。もう帰りますんでー」
「そんならいいけどさー、練習の邪魔になるからそこで横になってる吉澤さんも連れて帰ってね」
「はーい、連れて帰りまーす」
「あと何度も言ってるけど、部活に入らないならボールとか使わないでね」
「はーい」

両足を引き摺られながらじんじんするほっぺを触ってみた。
たぶん真っ赤になっているだろう。
のしのし歩く小さな背中はまだ少し怒っているように見えた。


アイスでもなんでも、好きなだけおごってやるかな。


薄れゆく意識の中でそんなことを思った。










<了>


pam boxへ




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送