よっすぃ〜と名づけて






初夏の海は気持ちいい。
梅雨真っ只中。そんなときに訪れた嘘のように晴れた日。
とってつけたような飛行機雲は右から左にグーンと伸びていて、
そのヒトスジの白い線を眩しそうに眺めるよっすぃ〜は文句なしに誰よりも可愛い女の子だった。

「なによ。こんなところで黄昏ちゃって」
「黄昏って圭ちゃん、お昼食べたばっかだよ?」

素足についた砂を手で払いながら隣に座った圭ちゃんに的外れな返答をしたけど
波と戯れている後輩たちを目を細めて見つめる彼女は、オイラの言葉にはさして興味を示さず
髪を揺らす潮風にほんの少し抵抗するように首を振る。

「なんかすっかり見違えちゃったわね」

ビーチサンダルをぷらぷらと遊ばせてペディキュアのピンクをぼんやりと眺めた。
桜色のそれはよっすぃ〜が可愛いですねと言って選んでくれたもの。
少し前まで『矢口さん、矢口さん』と屈託のない笑顔で、
でもどこか怯えたようなそんな複雑な表情をしていた。

「あたしも矢口みたいな先輩になれるといいんだけど」
「オイラみたいなって?」
「宿題みてあげたりとか?」
「そこかよっ」

よっすぃ〜の笑顔は誰よりも可愛くてなによりも高潔だと思う。
初めて見たときから自分とは違う特別な人間なんだと
心のどこかで遠い存在のように距離を作っていたのかもしれない。
こんなに綺麗なんだからなんだってできるし怖いものなんてないんじゃないかって
羨むというよりは漠然と思っていた。

「まあ吉澤だけじゃないけどやっぱり不安はつきものよね」
「だね」
「でも矢口のセンスはどうかと思うけど」
「はぁ?!圭ちゃんに言われたくないよー。いいじゃん『よっすぃ〜』って」
「すぃ〜てなによ。すぃ〜って」
「そこがポイントなんだよー」

桜色のペディキュアがずぶずぶと砂の中に埋もれていく。
どこか知らない場所の奥深くに沈みこんでいたよっすぃ〜の笑顔をなんとか引き出せたのは
べつにオイラがなにかしたからじゃない。
よっすぃ〜はもともとあんな風に笑えてあんな風に輝くために生まれてきたんだ。
オイラがしたのはほんのちょっとしたきっかけを与えたにすぎない。

「でもホント変わったわよ」
「よっすぃ〜はさ…」
「あのコだけじゃなくアンタもね、矢口」
「オイラが?」

この世のすべてがオイラの背中にかかってるような顔で
よっすぃ〜はいつも困ったように笑って首を傾げていた。
オイラの言動がそのまま彼女のすべてに影響を与えていて
いつしかそれが当たり前のようになったことをなんとなくいいのかなぁと思いつつ
にこにこするその顔にむしろオイラが安心させられていた。

「うん、変わった。これからどんどん変わっていくわね。みんな」
「圭ちゃんも?」
「当ったり前じゃない。まだまだこれからよ。行くわよ、矢口」

砂を蹴って叫びながら駆ける圭ちゃんの背中をじっと見ていた。
辻と加護は圭ちゃんを指差して面白そうに大笑いし、
その向こうではなにかを見つけて大はしゃぎするよっすぃ〜と梨華ちゃんがいた。
そして二人が同時にオイラのほうを見て手招きをする。
高々と上げられたよっすぃ〜の右手には太陽の光に反射して輝く桜色の貝殻。
自分の爪をチラリと見てから海に向かって圭ちゃんの後を追った。










<了>


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