ビバ!ダカラヂカ<血染めのダンスシューズ編>






日が暮れてオレンジ色の夕日が差し込む窓辺にもたれかかった二人の少女が
目の前で汗をふきふき呼吸を整えている一人の少女を呆れたように見つめている。

「愛ちゃんまだ練習していくの〜?私たちもう帰るよ?」
「美味しいたこ焼き屋さん見つけたんだー。これから一緒に行かない?」
「そうそう。あさ美ちゃんってばこの前、一人で55個も食べたんだよ。ありえなくない?」
「まこっちゃんだって生のカボチャを齧って前歯折ったくせに」
「あれは寝ぼけてたんだもん。あさ美ちゃんさ、イチローファンだったらせめて51個でやめときなよ」
「なにそれ。そんな前歯のない顔で言われても面白いだけだよ」
「うそっ!あたしまた差し歯忘れた?」
「うん。朝から思ってたけど言わなかった」
「言ってよ〜」

ここは某宝○に名前だけは微妙にそっくりと有名なダカラヂカダンススクール。

全国から選りすぐりのダンス好きでかわいらしい女の子が集まる有名なタレント事務所の、
すぐ近くにレッスン場を構えている無名のダンススクールだ。
もしかしたらタレント事務所の人の目に留まるかもしれない…
というあわよくば的な発想を持った夢見る乙女たちが全国津々浦々から集まってきている。

ダカラヂカダンススクールは一昨年開校されたばかりのできたてホヤホヤで
一期生のヅキ組、二期生となるバナ組の10人にも満たない生徒数で構成されていた。

さっきから食べ物と差し歯の話で盛り上がっているのはバナ組で男役を務めている小川麻琴と
最近いろんなところが成長著しいと本人の中だけで話題沸騰の女役、紺野あさ美である。

そして、そんな二人の目の前で鏡を見ながら黙々とターンの練習に余念がないのは
バナ組のエース、高橋愛である。
練習時間がとっくに終わりだれもかれもが家路に急いだり、あるいはあさ美と麻琴のように
練習をするでもなくたこ焼きに思いを馳せていたりする中で愛だけは違っていた。

「あーしはもうちょっと残って練習してくわ。ほやから二人とも先に帰ってええよ」
「もう〜。愛ちゃん付き合い悪いんだから」
「あさ美ちゃんもこれくらい熱心だったら今年の『ダカラヂカ・デ?・ミュージカル』
 略して『ダカラ?』の主役の読み合わせの相手くらいできるようになるんじゃない?」
「えー、そんなの無理無理。絶対無理だよぅ。
 あたしに『ダカラ?』の主役の読み合わせの相手が務まるわけないじゃん
 って読み合わせの相手ってなんだよゴルァ!!」
「そんなに頑張ったってどうせヒロインは石川さんだよ?愛ちゃん」
「って無視かよゴルァ!この歯抜けっ!」

黙々とまわり続ける愛に水を差すようなことを言う麻琴の頭をあさ美が齧る。

「石川さんか〜。そうだよね。吉澤さんの相手役は石川さんじゃないと務まらないもんね〜」

麻琴の頭に齧るのに飽きたあさ美は懐から芋を取り出して口をつける。

「そういえばあの人たちダカラヂカダンススクールが始まって以来
 2年に2人と言われるほどの逸材らしいよ」
「へー。すごいね。どこで聞いたの?あさ美ちゃん」
「この前講師の部屋っぽいけど実は貸しビルの管理人さんの部屋を借りているだけの憩いの場で
 お茶飲みながら矢口先生や保田先生が話してた」
「………」
「ホントすごいよねー。2年に2人だよ?」
「………」
「だって2年に2人ってことは1年に…1人だよ?!聞いてる?まこっちゃん」
「………」
「すごいよねぇ。やっぱりさすがいしよ」
「ね、愛ちゃん。だから行こうよ、たこ焼き」

ボケを殺されたばかりか喋っている途中で遮られたあさ美は
持っていた芋で麻琴の頭を殴りつけようとしたが思い直してやめた。
そしてキョロキョロとあたりを見回す。

「ええって。あーしたこ焼きあんまり好きじゃないがし」
「そんなに吉澤さんの相手役がしたいの……?」
「………」
「あたしじゃ、ダメなのかな?やっぱり……。やっぱり愛ちゃん、吉澤さんのことっ」

麻琴が神妙な声で俯くと愛は踊りをやめてラジカセから流れていたサンバの音楽を止めた。

「吉澤さんはあーしの恩人なんよ」
「恩人?」
「ダカラヂカヅキバナ合同夏合宿のときのこと…覚えとる?」
「覚えてない」

愛は再びラジカセの再生ボタンを押した。サンバの軽快なリズムにあわせて腰を振る。

「吉澤さんがなんで恩人なの?」
「はじまりはあーしのダンスシューズやざ」
「ダンスシューズ?」

そして麻琴は何かを思い出したようにハッとした。

「思い出したん?」
「全然」

愛は腰を振り続ける。

「朝から昼までみっちり歌練習やった日に事件は起こったんよ」
「ああ。そういえば午後からカラオケ行ったよね、みんなで」
「あーしはちょっと練習したんよ。カラオケ行く前に」
「そうだったんだ」
「ダンスシューズに履き替えて、前にビデオで見た去年の『ダカラ?』のときの
 石川さんの振りを練習しよう思って」
「愛ちゃんそれでいつも腰振ってるんだ」
「1時間くらい踊ってたんやけど、なんやいつもと違うなって…」
「違う?」
「いつものキレがでない。おかしいって思ってダンスシューズを脱いだら」
「脱いだら?」
「土踏まずんとこにびっしり画鋲が…」
「あの画鋲か!!」
「知ってるん?!」
「いや、全然」

愛は腰を振るのをやめてラジカセのテープをひっくり返し、再び再生ボタンを押した。

「愛ちゃん画鋲に気づかないで踊っていたんだ」
「びっくりしてもうて、誰にも見られんようにこっそり画鋲を抜いてたんよ。
 悔しくて悲しくて痛くて涙がとまらんかったがし」
「愛ちゃん…」
「そこをちょうど吉澤さんに見つかってしもうて」
「吉澤さん、なんて…?」
「あーしと一緒に泣いてくれたんよ」
「あの吉澤さんが…?まさか」
「吉澤さん、
 『高橋、ごめん。ごめんね。可哀相に。一人で辛かったろ?気づいてやれなくて本当にごめん』
 って泣きながら…。あーし嬉しくて嬉しくて、泣いてたんが気づいたらいつのまにか笑ってたんよ」
「………」
「ほやから吉澤さんはあーしの恩人…あん人と踊るために頑張って頑張って、
 石川さんに負けんように腰を鍛えてるんやよ」

西日が差してきた窓辺に佇む少女二人の影が長く伸びる。
麻琴と愛は何も言わずにダンスシューズを握り締めているあさ美を見つめた。

「あさ美ちゃん、なんであたしのダンスシューズを両手に持ってるの?」
「これでおまえの頭をカチ割るためだあくぁwせdrftgyふじこ」

履き潰した自分のダンスシューズを脳天に叩き込まれて麻琴は意識を失った。
あさ美の手から離れ、床に転げ落ちた汚いダンスシューズはカボチャの黄色と西日のオレンジと
麻琴の血に染まり、素敵な色合いを醸し出していた。

「じゃあ、あたし帰るね。愛ちゃん頑張って」

あさ美がバッグを肩にかけレッスン室のドアに手をかける。
愛はラジカセのテープをサンバからラテンに入れ替えていた。

「よっちゃん10円くらい諦めなよー」
「ばあか。10円だぞ、10円。10円を馬鹿にすんなよ」
「10円は馬鹿にしてないけどよっちゃんは馬鹿だよ」
「んだとー!また画鋲いれっぞ」
「あれ本気でやめてよね。美貴の足穴だらけだよ」
「はっはっはっ。画鋲をナメんなよ」
「画鋲はナメてないけどよっちゃんはナメてるよ」

聞こえてきた会話にあさ美も愛も思わず顔を合わせる。

「美貴、ダンスシューズ新しくしたんだから画鋲なんて入れないでよ」
「また買い換えたのかよっ。紛らわしいから名前書いとけよなー。
 前みたいに間違えてほかの人のところに入れちゃうだろうが」
「そんなの知らないよ。よっちゃんが悪いんじゃんか」
「あれは気の毒な事件だった…」

愛はおもむろに携帯電話を取り出してアドレス帳をスクロールした。

「お疲れ様でしたー」
「おーう。こんこんおつかれいな」
「なにそれ。よっちゃん馬鹿?こんちゃんまた明日ねー」

芋を食べながら軽く頭を下げて紺野は帰っていった。
レッスン室では軽快なラテンの音楽がリズミカルに流れている。

「あ、もしもしお母さん?うん、あーし。あんね、明日そっち帰るけ。
 うん、うん。ほやのうて…うん、うん。ダンスはもうええわ。
 電車の時間はわからん。駅つきそうになったら電話するけ、迎え来て」

すっかり日が落ちてあたりは薄闇に変わりつつあった。
一人レッスン室の床に残された麻琴の歯の隙間からひゅーひゅーと頼りない音が響いている。



ダカラヂカレッスンスクールの一日はこうして今日も更けていく。










<了>


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