この恋に飲まれたとしても






空気の入れ替えが必要だ。
心の空気の。

ついでに頭の空気も入れ替えたい。
ていうかいっそのこと頭の中身全部入れ替えたい。
なんなら体ごとすげ替えたっていい。
誰だって構わない。今のあたし以外の誰かになれるなら。

今のあたしから、この状況から逃げ出せるなら。



隣でスヤスヤ眠る物体の膨らみを横目で見て深いため息をついた。
ここに至るまでの経緯をなぜだか思い出すことができない。
シーツから覗く剥きだしの彼女の華奢な肩に反応する自分が情けない。

カーテンの隙間から零れ落ちるきらきらした光が今日も秋晴れだと予感させる。
時折柔らかな風が吹いてカーテンを巻き上げ、頬を撫でるのがくすぐったくて
あたしは不機嫌になった。
その上、その一瞬に煌く光が横で眠る彼女の顔を照らし出すから目を背けずにはいられない。

なんなんだ一体。

うだるような暑い夏もとうに終わり、穏やかな気持ちのいい天気が続いていた秋の早朝だった。



「エッチしちゃった」
「おはよ」
「よしことエッチしちゃった」
「お・は・よ・う」
「よしことエッチしたんだなぁ」
「そんな何回も言わなくても…」
「しかも激しかったぁ」
「………」

心のどこかでなにもなかったんだって願ってたけどやっぱりしちゃったのかぁ。
この状態じゃ疑いようがないけどね。

激しいってどの程度だったんだろう。
意識がない分あんまり制御できなかったのかな。
それにしてもごっちんはどういうつもりであたしと…。
いろんな感情が渦巻いて、頭がパンクしそうだった。

大体あたしにはさっぱりわからない。
なにがわからないのかすらわからない感じだ。
どうしたらいいんだろう。

あまりの出来事に頭と心が現実に追いついていかない。
うちにある古いパソコンみたいにフリーズの嵐だ。
正常な動作もこの状態じゃ望めっこない。

…なにも考えられないのは、さっきからチラチラと見え隠れしてる
彼女の鎖骨の美しさに目を奪われてるからじゃ、断じてない。はずだ。

「よしこ?」
「は、はいっ」
「あはっ。なに敬語使ってんの〜?そんなビクビクしないでよ。頭大丈夫?気持ち悪くない?」
「いや、つい。ってかべつに気持ち悪くはないけどなんで?でも頭はおかしいかも」
「昨日ちょっと飲ませすぎちゃったから二日酔いになってないかなって。
 頭がおかしいのはお酒のせいじゃないよね?あははは」

なにか失礼なことを言われた気がしたけどなんとなく記憶が断片的に蘇ってきたから
そこはつっこまないでおいた。

たしか昨日はごっちんに誘われて彼女の部屋でビデオ見たりゲームしたりしながら…
そうだ、次の日が休みだから少し飲もうって話になって。
それからどうしたんだ?えーと、えーと。

ありゃ。
半裸の彼女を抱きしめてる映像が浮かんできたぞ。
初めて聞く彼女の喘ぎ声も。
アルコールの勢いにしてもこの展開はちと唐突だ。

視線を空中に彷徨わせて半開きの口のままボーっと考え込んでるあたしを不思議に思ったのか
片手をあたしの目の前で左右に振ってオーイと言っているごっちん。
戻ってこーいなんて叫んでる。

あー、このコとしちゃったんだぁ。

昨夜の出来事がフラッシュバックする。
唇の柔らかい感触。
両手に残る彼女の胸の柔らかさ。
かわいいお尻を撫でたときの柔らかい弾力。

なんか全部が柔らかかったなぁ。

「よしこー。どこ行っちゃったの?!」
「うわっ」

あたしの腕の中でトロトロと熔けていく彼女の姿やあの瞬間の耳に残る彼女の声。
そんなイヤラシイことを考えていたあたしは呼びかけられたことで急に我に返り
恥ずかしくなって思わず仰け反った。
そして仰け反った拍子にベッドから見事に転がり落ちた。

「ちょっと、大丈夫?」
「なんとか」

イテテと背中をさすりながら元いた場所に戻ろうとしてハッとした。
あたし裸じゃん。
今さらの事実にあたしは再度思考が停止した。

「ゴッチンアタシナンデ」

素っ裸で背中に手をやりボケッと突っ立ったまま
親友に片言の日本語を発してるあたしはさぞ間抜けなんだろうな。
こんな間抜け面で彼女に幻滅されないかな。
頭の片隅でわりと冷静にそんなことを思っていた。

「覚えてないの?」
「感触とか…柔らかかったことは覚えてる」
「真顔でそんなこと言わないでよ」

両手をモミモミとイヤラシイ形にしたあたしを見て顔を真っ赤にして枕を投げてくる彼女。
その拗ねた表情が昨日までのごっちんと違う気がして。
あたしの知らない彼女のような気がして。

瞬間、抱きしめたくなった。
めちゃくちゃに抱きしめたくなった。
この両腕に彼女を閉じ込めたくなった。
めちゃくちゃにキスしたくなった。

初めて会ったときから今日のこの瞬間までの中で一番かわいいと思った。
胸がきゅんとするというのはこういうことなんだと、思った。
だから気づくと声に出していた。

「かわいい」

小声で言ってしばし見つめあう。
どちらからともなく手を伸ばし、ゆっくりと互いに距離を詰めた。
ホントはグイッと引っ張って激しくベッドに押し倒したかったけど
夢の中みたいに体がスローモーションでしか動けなかった。
気ばかり焦って脳の指令が全身にうまく伝わらない感じだ。

ようやく彼女とあたしの間の距離がなくなり、見つめあい唇を寄せる。

それからはまたなにも考えられなくなって無心に体を求めた。
彼女もあたしの体を激しく欲した。
まるで時間に追われてるかのようにお互いがお互いを。
まるでこれが最期の時かのようにあたしは彼女を。
彼女はあたしを。

今度は、一瞬一瞬を忘れないようにと心のシャッターを切っていた。





「またエッチしちゃった」
「ん、あぁん」
「ごっちんとエッチしちゃった」
「…や、ひゃん」

終えて、全身汗だくの中あたしはまどろみを楽しんでいる。
さっきのごっちんの口調を真似ながら彼女の鎖骨に舌を這わせた。
胸の突起をひと舐めしてそのままお腹に滑らせ両手は彼女の腕から手を撫で指をからませる。
左の人差し指を口に含み、甘咬みしたり強く吸ったりしながら舌で爪をつつく。

愛しい。
こんなにも、彼女を構成するすべてが。

愛しい。

「ねぇよっすぃー」
「ん?」
「さっき真希って言ったよね」
「そうだっけ」
「うん。夢中だったからはっきりとは覚えてないけど、何度か真希って聞こえたような気がする」
「あたしも無我夢中だったからなぁ。でもそういえば呼んだかも。真希って」
「嬉しかった」

昨日は名前なんて呼ばれなかったから。
そう言ってあたしの胸に顔を埋めるごっちん。
吐息がくすぐったい。

「昨日はごめんね。酔っぱらった勢いで、なんて。
 でもさっきのはちゃんと意識はっきりしてたから、全部ちゃんと記憶したよ」
「あたしは昨日のことだって全部覚えてるんだからね」

勝ち誇ったように言う彼女。
そういえばことに至る経緯を聞いてなかった。

「酔ったからってなんでこんなことになったのかなぁ。
 自分の中にそんな願望があったなんて知らなかったよ。今はそれも嬉しい誤算だけどね」
「あたしが誘ったから」
「へ?」
「けっこう強引に」
「マジで?!でもたしかにごっちんに誘われたらしちゃっても当然かも。
 このラインとかヤバイくらいエロすぎだもん。撫で心地も最高。へへへー」

背中からお尻にかけてのくびれたラインを撫でまわしてニッと笑う。
よすこのエッチーとか言いながらごっちんが枕を投げてきた。
あ、楽しい。

疲れてたけど彼女といるとそんなのどこかに吹っ飛んでもっとこうしてたいって思える。

「愛してるよ」

枕の下でそっと囁いた。



きっかけはどうであれこれは運命だったんだ、なんて柄にもないことを思う。
たった1日の間に親友とエッチして、その事実から逃げ出したくて、
誰かと代わりたいなんて馬鹿なことを思ってたらいつのまにか恋に落ちててまたエッチ。

あ、あたし恋に落ちたんだ。

その瞬間がはっきりわかるなんて初めてのことだ。
もう彼女なしでは一時もいられない自分になっている。
こんなこと、目が覚めたときに誰が予想できただろう。
恋の魔法ってやつは本当にあったんだ。
運命の人って本当にいたんだ。

相手の気持ちを確認するという大前提をすっ飛ばして
あたしの中ですでに運命の人と化している元親友。
でもきっと彼女にとってもあたしは運命づけられた人なはず。
たぶん、絶対そうに違いない。

今、あたしの目はかつてないほどキラキラしてる。
これも絶対そうだ。
根拠なんてまったくないけど恋はフィーリングでしょ?
心で感じて体で味わうものなんだから。
でもってその心と体がはっきりと言っている。


あたしたちはお互いを欲していると。


この恋は誰にも止められない。
あたしにも、彼女にも。
激しいうねりとなってあたしたちを否応なく流れに巻き込み、なにもかもを容赦なく飲み込んでいく。

行き着く先はわからないけど彼女と一緒ならそこがどんな所でも構わない。
雲の上の高みに上ったって底の見えない闇に堕ちたって、二人なら平気だ。
二人なら受け入れられる。

だから、たとえこの恋に飲まれたとしても構わない。



そんな予感がした。

そして、そんな予感に胸が高鳴っていた。










<了>


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