ありえない関係






ありえないことってのはありえないからありえないんであって。



すごい音がして、あたしは一瞬なにを思ったんだろう。
なにがなんだかわからずに目の前が真っ暗なのは自分が固く目を閉じてるからだと気づいた。

同時にありえないほどの激痛。
骨にきたって感じ?ジーンて。いやガーンか。ズドーンかも。

こんなに冷静に分析してるけど実際は『いってぇぇー』って日本中に聞こえそうな声で叫んでる。
心の中で。

とにかく痛くて声でないし目もまだ開けられない。
脂汗が滲む。

蹲ること数秒、だろう。
いや正確な時間なんてわからない。計ってたわけじゃないし。
でもそのときあたしの体内時計は何時間にも達していた。

きっと相手も。

「ありえないから」
「こっちのセリフ」
「漫画じゃないんだから」
「それもこっちのセリフ」

その瞬間美貴は星が見えたという。
あたしは闇だった。
同じ痛みを伴うなら星が見えたほうが断然いいと思う。
星好きだし。

「よっちゃん大丈夫?すっごい腫れてるよ」
「美貴だっておでこ真っ赤」

勢いよく走ってきた二人は曲がり角でスピードを落とすことなくあえなくクラッシュした。
二人ともお互いを避けるのに必死で、避けた先になにがあるかなんて考えもしなかった。
ていうか確認する時間なんてない。
なにせ一瞬の出来事だったんだから。

あたしは観葉植物に、美貴は床にためらう暇なくダイブした。
そしてあえなく負傷。
避けなかったほうがもしかしてマシだったんじゃないかなんて、結果論。

それにしても痛々しい美貴のおでこ。
本人は大丈夫だと言ったけど、マネージャーさんも少し冷やしておけばいいって呆れてたけど
なんだかあたしは責任を感じてしまって自分でも驚くようなことを口にしていた。

「送るよ」





「よっちゃんだけが悪いんじゃないでしょー。美貴だって不注意だったんだから」

そう言って遠慮する彼女の顔はなんだかとても嬉しそうだった。
普段はそんなにしつこくしないあたしだけど、その顔を見たら
今日はちょっと強引に、テレビ局から美貴を連れだしてみたくなった。

あたしの膝は痛かったけど美貴ほどじゃないと思う。
きっと観葉植物がクッションになってくれたんだろう。
だからケガの重さでいったら美貴のが重傷?なわけで、やっぱりあたしは申し訳ないなと思った。

「二人で帰るのって初めてだねー」
「そうだっけ?」
「うん。だれかと一緒だったりマネージャーさんがいたりっていうのはあったけど。
 本当に二人っていうのは初めて」
「ははーん。美貴ちゃんさん嬉しいんだ」
「ははーん。よっちゃんさん照れてるんだ」
「どっちが」
「そっちこそ」

同時にプッと吹き出すあたしたち。
笑い声がそれぞれ打ったところに響いてイテテと情けない顔になる。
それを見てまた吹き出す。
痛いから勘弁してよー。
でも面白いから止まらないよ。イッテー。

「イタタタ。頭がクラクラする」
「マジで?!大丈夫?」

美貴が立ち止まっておでこを両手でおさえつけたから
あたしは心配になって彼女の手をどかして前髪をそっとあげた。
まじまじとおでこを見る。
真っ赤だ。

これは帰ってからも冷やさなきゃな、と思って彼女の顔全体に視線を向けると
じっとこっちを凝視している彼女。
いつもの射抜くような視線ではなく、それはなんていうか真っ直ぐこちらに突き刺さるんだけど
不思議と心地よくて、嫌じゃない。

いつもの癖で自然と唇に目がいってしまい慌ててそらした。
彼女もおでこの赤さが顔全体に広がったようで恥ずかしいのか俯いていた。

「帰ってからも冷やしたほうがいいね」
「冷えピタ買ってかなきゃ」

しばらくあたしたちはそうしたままで前髪を揺らす風の冷えた感触に秋の気配を感じていた。



「大丈夫?」

美貴が聞いているのは膝のことだろうか。
どっちにしても答えは同じだったので自分の素直な気持ちを言った。

「まだちょっと痛むけど平気。大丈夫だよ」
「そう。ならよかった」

グーにした右手で胸の真ん中らへんをトンッと叩いて答えた。
心配してくれる気持ちが嬉しくて口許が綻ぶ。

パッと見怖がられることが多い彼女だけど実はすごく繊細で
さりげなく気を遣う人なんだと一緒に仕事をしてきてわかった。
人の気持ちを察するのや空気を読むのが上手だから
なにをしたらベストかってことをよくわかってる人のような気がする。
そんな、自分にないものを持つ彼女を実はけっこう尊敬していた。

美貴の優しさは押しつけでもなく嫌味でもない。
その優しさに触れた人が気づかないくらいそっと、いつも自然だった。

「美貴さー、松浦とは本当のところどうなのよ」
「よっちゃんまでそういうこと言うんだ」
「ちょっと前に矢口さんがあの二人はアヤシイっていろんな人の楽屋で連呼してたから」

苦笑する美貴。
その苦笑は自分に対する先輩のからかいになのか。
それとも的外れなことを言ってる先輩本人になのか。
あたしはなんとなく後者のような気がしていた。
べつに根拠はないんだけど。

「よっちゃんはどう思うの?」
「うーん、二人が仲良しなのは見ててわかるけど恋愛かどうかっていうと違う気がする」
「なんで?」
「なんつーかオーラがね」
「オーラ?」
「二人を包むオーラが恋だの愛だのじゃないんじゃないかなーって」
「ほうほう」
「いや実際はわかんないよ。そういうのは二人っきりのときじゃなきゃ出ないってこともあるし」
「ふーん」
「って人にこんなに喋らせて、だから実際はどうなんだよ。言えっつの」
「あたしが亜弥ちゃんと、なんてわけないじゃん。よっちゃん大正解。
 さすがだてに何度も何度も失恋してないよね」
「うっせ」
「あ、怒った」

男友達のような美貴。
その気楽さが今のあたしには居心地がよかった。
そういう対象ではない気安さが。

まあ、たしかに美貴はかわいい顔してるし、オヤジな言動もあるけれど
女の子らしい仕草が妙に印象的で、時折見せる大人の女の顔なんてのもクラクラするほどだ。

あれ?あたしクラクラするんだ。
そっかそっかふーん…。

あたしの心の奥にズカズカ入り込んできたわけでもなく
気づいたらいつのまにかあたしの中に美貴のいる場所があった。
そこに美貴がいた。

彼女といると落ち着く自分やバカやってる自分や楽しい自分、いろんな自分がいたけれど
どの自分もあたしは好きだった。
そうだ、彼女といる自分があたしは好きなんだ。
もちろん美貴のことも。

そういう対象としてではない美貴が、好きだった。

前髪をあげたときのさっきの視線がどんなに魅力的だったとしても。
そういう対象ではない美貴があたしは好きなんだ。



「亜弥ちゃんとなんてありえないよ」
「保田さんと、くらい?」
「いや保田さんよりかは全然ありえるけど」
「じゃ麻琴は?」
「麻琴もない」
「矢口さんは?」
「矢口さん…微妙だけどない」
「なるほどー。じゃ、あたしは?」
「ふふふ。どっちだと思う?」
「ありえるって言われたら単純に嬉しいけど、ない…かなぁと」
「ほーう。その根拠は?」
「なんか男友達みたいじゃん。うちら」
「なんで男なんだよ。普通に女でいいじゃん」
「いや、なんか女友達って一歩間違うとドロドロするじゃん。
 女同士の確執、みたいな。ケンカだって女はねちっこいし」
「自分も女のくせによく言うよ。でもなんかわかる気がする。
 美貴とよっちゃんがケンカしたとしてもなんかあっさりしてそうだよね」
「そうそう!そうなんだよ。さすがミキティ。よくわかってらっしゃる」
「それよりよっちゃん疲れてるんだね」
「なんで?」
「女同士の関係にうんざりしてるんでしょ。美貴とのサバサバした関係に癒されたいんだねー」
「そうなんだよミキチィ〜ってオイ!べつにうんざりなんかしてないもん…」

ゴニョゴニョと言葉を濁らせるあたしを上目遣いにのぞきこんで
ぶはって楽しそうに目を細める美貴。

チク

おや?なんだ今の。
今の感覚ってあれだよなぁ。
いやいや気のせいだ気のせい。
ありえないし。
ありえないもん。
きっと気が弱ってるからだろう、うん。
どう考えてもありえない。けど。

そんなサラサラの髪でいい匂いを撒き散らすなよミキティ。
タコ口にしてそのプルプルの唇を強調するなよミキティ。
腕をからめて見た目は全然ないけど柔らかな胸を押しつけるなよミキティ。



その優しい眼差しであたしをじっと見つめるなよ、美貴。



男友達のような関係のあたしと彼女。
今はまだ、あたしたちはぬるま湯の中。



ありえないことがありえたらそれはありえないことではないわけで。



おでこを真っ赤に腫らした男友達の家につく頃、夜空にはキレイな星が瞬いていた。
美貴が見た星よりきっと数段キレイな星たちが。

いろんな星たちを背に、あたしと美貴は彼女の家のドアを開いた。










<了>


その他ページへ




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送