喫茶店にて






 カランコロンカラン



閑散とした喫茶店に来客を告げる音が響いた。
眠そうな顔でスポーツ新聞を読んでいた店主はチラリと客に目を向けた。
そしてその顔ぶれを確認するとすぐに視線を元に戻した。

(またか)

声には出さずうんざり気味に呟く。

「マスター」

店の奥深く、入り口からは完全に死角となる席に座った客の一人に呼ばれ
店主はしぶしぶ人数分の水とメニューを持っていく。

「ご注文は?」

いつも以上に愛想のない声で店主は尋ねた。

「えっとぉ、私はぁ、やっぱりストロベリー?」
「いや聞かれても困るし」
「あはっじゃあごとーはメロンメロンね〜」
「いやアンタもなんで2回繰り返す。ていうか『アイス』を略さない」
「美貴ちゃん細かいこと言わないの」
「いやだからイチゴとかメロンが丸々出てきたらどうするのさ」
「理屈っぽーい」
「ごとーはメロンが出てきたら食べるよ〜」
「私はぁアイスがいいなぁ」
「梨華ちゃんアイス好きだよね」
「うん。だ〜いすき」

店主の存在を無視してどんどん話が飛んでいく。
立派にたくわえた口髭をひと撫でして店主は口を開いた。

「アイスは置いてないんですよ。もちろんメロンとイチゴも」

(これを言うのは何度目だろう。いい加減覚えてくれないかなぁ)

目を丸くしてこちらを見る3人の視線を右頬に受けながら店主は思っていた。

「アイスコーヒー3つ」
「えー、私カフェオレがいいなぁ」
「そんなのミルクたっぷり入れればカフェオレになるから」
「あはっ。じゃあミルク多めにください」
「…かしこまりました」

いつも通りの注文を受けて店主は冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。
3つのグラスに注ぎ、そしてミルクをたっぷり用意して客の元へと運ぶ。

「ごゆっくり」

(言われなくてもそのつもりだろうけど)

この3人に嫌味や皮肉などが通じないことはこの半年を通して十分に承知している店主であった。

「今日こそは決着つけるよ?」
「もういい加減はっきりさせたいね」
「あのね、そう言うけどさ。梨華ちゃんでしょ?毎回毎回グダグダとわけわかんない文句つけて
 自分の負けを認めないでキンキン声をわめき散らしてなかったことにするのは」
「えー、ヒドイよ美貴ちゃん。キンキン声なんて」
「あはっ。今もキンキン声だね〜」
「ごっちんもだよ。前回明らかに負けたくせに負けてないって言い張って」
「ごっちんは意外に頑固だよね」
「だってあれは梨華ちゃんの無駄に長い爪がごとーの手に刺さって血が出たから無効なんだもん」
「ちょっと、無駄に長いってどういう意味よー」

(あぁ、あれはたしかに見ていて痛々しかった)

カウンターの隅に座って再びスポーツ新聞を読みながらも
しっかりと3人の会話を聞いていた店主はその時の光景を思い出して表情を歪めた。

「あれはヒドかったよね、マジで。梨華ちゃん今日はちゃんと爪切ってきた?」
「切ってきたよ。えっと…ごっちん、あの時はごめんね?」
「許すから勝負おりてよ」
「それとこれとは別」
「あはっ。そう言うと思った」

(そろそろかな)

店主はおもむろに立ち上がると棚に置いてある小さな籐の籠に手を延ばした。

「マスター」

(そらきた)

籠の中から表面に店の名が刻印されたマッチ箱をひとつ掴み客の元へと運ぶ。

「どうぞ」
「いつもサンキュー」

客は手渡したマッチを宙に放り投げ落ちてくるそれを横から勢いをつけてキャッチした。
そしてそのまま手の中にすっぽりと納まった小さな箱を二人の眼前に突き出す。

「始めますか」

二人はそのグーにされた手を見つめながら黙ったまま頷いていた。

(さて今日はどうなることやら)

カウンターに戻りスポーツ新聞を手にした店主はそんな客の様子を横目でじっと窺っていた。
他に客が入ってくる気配は全くなかった。

「じゃ、いつも通りこれは真ん中に置くね」
「今日は早く終わるかなぁ」
「ムリだよー。ここ全然お客さんこないもん」
「だからいいんじゃん。わかってると思うけどグラスとか倒したら失格だからね」
「ほーい」
「美貴ちゃんこそ前みたいに勢い余ってテーブル壊さないでね」
「あ、あれは美貴が悪いんじゃないもん。テーブルがボロかったんだもん」
「んあ。そうゆうことにしといてあげるよ」
「そうじゃなくてホントにこの喫茶店がボロいから…」

失礼な物言いにも店主は動じない。実際ボロいからだ。
にしてもテーブルを壊された時はさすがに驚きを隠せなかったが。
そんなことを思い出しながら相変わらず店主はスポーツ新聞を広げて
客たちの会話を聞くともなしに聞いていた。

「あれ?ミキティ携帯変えた?」
「う、うん。まあね」
「しかもそれってよしこと同じやつじゃん」
「あー!ホントだー!!」
「べつにいいでしょ、何使ったって美貴の自由なんだから」
「抜け駆けはナシねとか言っておいてそれはないよねぇ…どう思う?梨華ちゃん」
「私たちにはあーんなに釘を刺しておいて自分がこれだなんて…呆れちゃうよねぇ、ごっちん」
「うぅっ。そんな、そんな、携帯くらいいいじゃん。オソロイにしたって…」
「あーあ。ミキティがそんな人だったなんて」
「美貴ちゃんって曲がったことは大っ嫌いなくせに平気でそういうことしちゃうわけね」
「あ…いやそんな、そんなつもりじゃ…。これくらいのことで、だってそんな…うぅゴメンナサイ」



「「まさか全員同じ携帯になるとはねー」」



(お前らもかー!!)

思わず身を乗り出して客よりも早く店主は心の中でつっこんだ。
見ると当の本人はいすからズリ落ちそうになっている。

「ちょっと!梨華ちゃんに、ごっちんも同じ携帯ってどういうことよ」
「えー、だってぇ、よっすぃと同じのがいいんだもーん」
「ごとーもよしこと一緒がいいから」
「よくもさっきは美貴のこと言いたい放題言ってくれちゃいましたねぇ」
「ごっちん、ミルク取ってー」
「ほい。カフェオレになるかなぁ」
「アンタたち人の話を聞けー!!」

(損な役回りだな、あの娘)

さっきから顔を真っ赤にして他の二人を睨みつけている客に店主は少なからず同情した。

「梨華ちゃんはいいよねー。よしこと家近くて」
「あ、美貴もそれずっと羨ましいと思ってた」
「えへへ。いいでしょー」
「ごっちんだって同じクラスでしかも席が隣りなんだから贅沢だよ」
「そうそう」
「んあー。でもうちらほとんど寝てるから」
「いいなぁ。美貴も一緒に寝たい」
「そういう意味じゃないよミキティ…」

終わる気配のない客たちの会話に店主は少々飽きてきていた。
あくびを噛み殺しながら外の景色を眺める。

(雲行きが怪しくなってきたな)

窓の外に灰色の雲が見えてきた。もう今にも空が泣き出しそうな雰囲気だ。

(こんな日はさっさと店を閉めて夕方の再放送ドラマを見たいなぁ)

「えー!!ウッソ。亀井ってあの亀井さん?」
「そうそう。よしことマックにいたのを見たって人がけっこういるんだよね〜」
「ふーん。後輩のくせにやってくれるじゃん」
「み、美貴ちゃんコワッ」

何をそんなに話すことがあるのか、時間を忘れて騒ぎ続けている客たちを見ながら
店主はがっくりと肩を落とした。
空模様以上に泣き出しそうな顔の店主がそこにいた。

(おや)

店の外、少し離れたところから小さな人物が近づいてくるのが店主の目に映った。
その人物は他に目もくれず真っ直ぐこちらに向かっている。

(新しい客だ!)

店主はさっきからワイワイと騒いでいる客たちを慌てて振り返った。
相変わらず何の話なのかよくわからないことを言っては笑ったり怒ったりしている。
近づいてくる新しい客には気づいてない様子だ。
それもそのはず客たちが陣取っている角の席は窓と面していないため
外の景色がほとんど見えない超不人気席なのだ。

(いよいよだ)

急に店主は胸の辺りがざわざわとした気持ちになった。
立ったり座ったり落ち着きがない。
新聞を畳んでは広げ、広げては畳み、チラチラと外を窺う。

新しい客と思しき人物は確実に近づいてきている。
近づいてきてもなお小さいその姿を見た店主はそれが馴染みの客の一人だと判った。

(確実に店に来る!)

5メートル、3メートル、小さな人物が右手を前に出しドアのノブに手をかけた。

(今だ!)

その瞬間、店主は目を大きく見開いて3人の客を見た。



 カランコロンカラン



音を合図に3つの手がテーブルの中央に延びる。
目指すは小さなマッチ箱。
スローモーションのように時間がゆっくりと過ぎていく。
誰かの爪の先がマッチ箱にかかろうかというその時。



ガラガラガラガッシャーン



「あーあ、ミキティ勢いつけすぎ」
「そうだよ美貴ちゃん、あれじゃグラス割れちゃうって」
「………」
「ってことでミキティの反則負けなのでお昼ゴハンのときによしこに『アーン』する権は…」
「私とごっちんだね!!」
「やったね〜梨華ちゃん」
「うん!やったねごっちん。2週間いっぱい『アーン』しちゃおうっと」
「……なんでグラスが……袖がストローに……ブツブツ……クッソー……」

嵐の後のようなテーブルを片付けながら店主は深い溜息をついた。

(今日も言えなかった)

怪我をしないように割れたグラスをそっとつまみあげる。

「おーいマスター。オイラ腹へってんだ。なんか作ってよ」
「ちょっとお待ちください」
「パトロール中だから早くねー」

濡れた床をモップで拭きながら次回こそはと店主は固く誓う。

(次は絶対言ってやる)

テーブルの上のコーヒー色に染まったマッチ箱を手に取りながら店主は再び深い溜息をついた。

(ていうかアンタらもう二度と来ないでくれ)

言えなかった言葉を口の中でぶつぶつと呟きながら
店主はマッチ箱の表面に印刷された『喫茶ニイガキ』の文字を空ろな目で見つめていた。










<了>


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