それぞれの






その温もりがいつのまにか、なくてはならないものになっていた。





はしゃぎすぎ。
触りすぎ。
ベタベタしすぎ。
近づきすぎ。
表情が違いすぎ。
何人もの人間にそれこそ何度となく言われている。
だからどうした。
それが美貴の答え。
他人に何て言われても知ったことではない。
どう思われてどう見られてようと構わない。
美貴の目にはあなたしか映ってないから。
あなたがたとえ美貴を見ていなくても、やっぱり関係ない。
美貴は見たいから見る。
触れたいから触る。
確かめたいから近づく。
嬉しいから笑う。
それだけのこと。

温度が欲しかった。
誰でもよかったのかもしれないし
誰でもよかったわけではないのかもしれない。
寒かったから、自分以外の温度が欲しかった。
凍えそうなほど寒いわけではなかったけど
無駄に笑えなくなるくらいには寒かった。
どう転んでいいのか判らない中途半端な状態。
寒いままでも大丈夫な気はしたし
大丈夫という言葉の後ろに疑問符がついている気もした。
だから試しに触れてみることにした。
どうなるだろう。
どんなんだろう。
少しは何かが変わるだろうか。
根拠のない期待が入り混じった半信半疑な気持ちのまま、
最初はそっと、確かめるように触れた。

これだと思ったわけではない。
劇的に何かが変化したわけでも、確信めいたものを感じたわけでもない。
けれど少しだけ、ほんの少しだけそれまでとは違う温度が気になった。
新鮮だったのかもしれない。
掴み所のないあなたに触発されそうな自分が。
あなたとの関わりの中で自分はどうなっていくのだろう。
淡い期待がなかったとは言わない。
むしろ積極的に否定できない自分がそこにいた。

触るという行為はひどく直接的で生々しい。
そして単純明快で判りやすい。
口で伝えるよりも時として手っ取り早い。
伝えたいことがなんなのかはっきりとしないこの状態ではそれしか手段がなかった。
温度を得てもそれだけでは満足しない自分がいることに
気づいたのはいつ頃だっただろう。
まだ足りない、まだ寒いと言い聞かせながらあなたに触れ続けた。

そうしているうちに求めているものがいつのまにか変わっていた。
したいと思っていたことがそれではなくなった。
温度はもちろん欲しかった。
自分の変化に興味もあった。
でもこれは予想していたのとは少し違う。
こんなはずじゃなかった。
温度を求めることでそれ以上の温度を失うなんて、思ってもみなかった。
あなたに触れた後は寒い。
すぐに寒くなる。
触れている間は気持ちいい。
安心した。
でもちょっとでも手を離すと、距離が遠くなると途端に冷えた。
永遠に終わることのない冬を思わせるほど寒くて痛かった。
こんなはずでは、なかったのに。

触れるという行為が習慣化し半ば公然と腰に手を回したり
抱きついたりしても、すぐに訪れる距離のことを考えると憂鬱になった。
その場しのぎの温度では満足できない。
心から安心することがなくなった。
とにかく触れていたい。
ちょっとでも触れていないと気が狂いそうだった。
笑顔の裏で葛藤する。
この気持ちが悟られないように努めて明るくはしゃぐ。
指が離れた途端にこれでもかと襲ってくる寂しさに腹が立って仕方なかった。
なんでこんな。
こんな想いを。
美貴はただ、温度が欲しかった。
それだけなのに。

どうしようもなくブルーな心を無理やり追い出しても
すぐにどこからか美貴の中に入り込んで気分を苛立たせる。
それはどんなに追い払っても、出ていけと叫んでもなぜかすぐに顔を出す。
もうすっかり自分の中に住みついてしまったそれと共存する気などさらさらない。
でも追い出す方法も見つからないまま時は過ぎる。
あなたに触れている間はあなたの温度で満たされるから
それと顔を合わせなくてすむ。
もう、止まることを知らない。
触れて、触れて、温度を欲する。

いつしかあなたがいなければ上手く笑えなくなってしまっていた。
寒いという気持ちすら麻痺してなにも感じなくなっていた。
あなたに触れているとき以外は。
そうして美貴はようやく気づいた。
最初はもちろん温度が欲しかったから。
でも今は、あなたが欲しいのだと。
寒いとかそういうのはもうどうでもいいのだと。
たとえ寒くてもあなたに笑いかけられたらそれだけで満足なのだと。





触れても触れても足りるなんてことには、ならないんだよ。










<了>


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