ねぇ






ねぇ、彼女にもそんな切なくなるようなキスをするの?





「明日なにか予定ある?」

ベッドの上でタバコをふかすあなたにそっと尋ねた。

「あー、明日はちょっと」

言いよどむ顔が見たくなくて、素早くタバコを奪うとそのまま自らの口に持っていく。
そして仰向けのまま吐き出された煙をじっと見つめた。

「梨華ちゃん?」
「まぁ」
「そっか。久々のオフだもんね」

一緒にいたいな。
心に思ったこととは反対の言葉を口にする自分が嫌だった。
タバコを灰皿におしつけるのを口実にあなたに背を向けた。

「べつにそんなんじゃないよ」

ぶっきらぼうな物言いにもあなたの仄かな優しさが感じられる。
二股とわかっているのに、あなたに求められると拒めないのは
時折見せる優しさのせいかもしれない。
そしてそのときの声もまたあたしを捕らえて放さない。
求められると応えてしまう。
手を差し出されると掴んでしまう。
傷つけられても、あなたが好き。
剥き出しの白い肩を見ているうちに無性にたまらなくなり思わずそこに歯をたてた。

「イデデデ」
「ひょれはひゃつだひょ」
「いや、なに言ってっかわかんないし」
「これは罰だよ」

じゅるっと唾液を啜り、咬んだ箇所をペロペロ舐めた。
舌先でその痕をゆっくりと丁寧になぞる。

「んなことされたら…」

切なそうな声をあげあなたは反転した。
あたしの上に荒々しく覆いかぶさる。

「ふふ」

あなた曰く『小悪魔のような微笑』をうっすらと浮かべた。

「な、にがおかしい、の?」

首もとに顔を埋めながら愛撫する手を止めずあなたは聞いた。

「これ見たらどう思うかなーって」

あなたの肩に残る自分の歯形を眺めながらあたしはまた笑った。

「あ…」
「明日どうなったか教えてね」

ウインクをしてあなたの顔を引き寄せた。その薄い唇を人差し指で撫でる。
あなたは苦笑して「どうとでもなるさ」と言ってあたしの指を口に含んだ。

「美貴…」

あなたの唇があたしの唇を捕まえる。

長く、長くその感触を味わった。





ねぇ、彼女には無防備な寝顔を見せてあげるの?





あなたとこうして体を重ねるようになってからシャワーの音に敏感になった。
終わりのときが近づくのをベッドの中で身を潜めて待つことにも慣れた。
そうしてサッパリした顔と体で彼女は帰るべき場所に帰る。
あたしはただそれを見送るだけ。

「ふぅ」
「おかえり」
「ただいま」

シャワーの後にタバコを吸うのがあなたの習慣。

「最近量多いよね」
「そう?」
「そうだよ」
「美貴だってあたしの横から取ってくじゃん」

それはあなたと少しでも長くいたいから。
このタバコを吸い終えたら帰り支度を始めるあなたをただ黙って見ていられないから。
ささやかな抵抗だけど、あたしはせずにはいられない。

「ね、明日どこ行くの?」
「さあ」
「それとも家でまったりとか?」
「決めてないよ」

あたしの質問にあなたは少し鬱陶しそうな顔をして、でも答えてくれるから
その律儀さと無神経さの狭間であたしはいつも身動きが取れなくなる。
聞いても意味のないことを。
答えても意味のないことを。
お互い十分すぎるほどにわかっていた。

「そろそろ帰るよ」
「一度でいいからあたしが寝てる間に帰ってよ」

思わず漏れた言葉にハッとして顔を上げた。
困ったような哀しいような表情をした彼女は一瞬の間の後に
ニコッと嫌味なほど眩しい笑顔を見せた。

「美貴が寝てるとこなんて見たことねーよ」
「そうだっけ」

眠れるはずがない。そんな勿体無いこと。
眠れるはずがない。そんなこと。

「そういえばよっちゃんだってうちで寝たことないよね」
「そうかな」

あたしが見たことあるあなたの寝顔は仕事場でのそれだけ。
眉間に皺を寄せて難しい顔で寝てる姿を思い出して少し笑った。

「なにがおかしいんだか」
あたりに散らばった自分の服をかき集めて袖を通し、あなたを見送る準備を万端に整えた。
別れのときを早く済ませたくてあたしはいつも急かしてしまう。

行くなら、早く行ってほしいから。





ねぇ、彼女を抱く腕もそんなにあたたかいの?





「あ、こないだ言ってたCD」
「おーさんきゅう」

渡したCDをひょいと受け取りバッグに入れるあなた。
そのまま中をゴソゴソとかき回している。

「なに探してんの?」
「んーちょっと」

まだ、なの?早く立ち去ってほしいのに。
これ以上あなたの余韻をここに置いていかないで。

「ほい」

小さな箱を投げられ反射的にキャッチした。
不思議そうにあなたを見ると目線で開けるよう促される。
ビリビリと包み紙を破いて中を見た。

「豪快な開け方だなぁ」

呆れて笑うあなたの顔を見ることができなかった。
そこにあったのはシンプルなピアス。小さな宝石が淡い光を放つ。

「あたし、に?」
「あたりまえじゃん」

なんで?誕生日でもクリスマスでもない。ましてや記念日でもない。
付き合ってるわけじゃないから記念日なんてもともとありはしないけど。
でもなんで?

「なんとなくさー店先で見つけて、美貴に似合いそうだなって」

だから思わず買っちゃった、なんて子供みたいに舌を出す様があたしの心を揺さぶる。
優しくされると泣きたくなる。
大切にされてると勘違いしてしまう。
これはほんのちょっとしたあなたの気まぐれなのかもしれないのに。

「気に入らない?」
「ううん。そんなことない。ありがとう」

涙を飲み込み精一杯の笑顔をあなたに向けた。

「かして。つけてあげる」

あたしの耳のピアスを外しそっと脇に置いた。
あたしに似合うというピアスをつけてくれるあなたの手は心なしか震えているような気がした。

「ありがとう」

もう一度礼を言うと突然抱きしめられた。激しく。強く。

「よっちゃん…?」
「少しの間、このまま…お願い」

あたしは身を委ね、同じようにきつく抱きしめた。固く。優しく。

あたしはどうしたらいいのかな。あたしたちは。
期待したり不安になったり嬉しかったり絶望したり。そんなことの繰り返し。

あなたの匂いが愛しかった。





ねぇ、あたしのこと好き?





抱きしめられているこのときが永遠に続くとは思ってないけれど。
それでも今この瞬間のあなたの感触を少しでも逃すまいと、あたしは背中に回した腕に力を込めた。

「馬鹿力」
「うっさい」

もうちょっと、もうちょっとだけこのままでいさせてよ。
あなたから延ばされた腕なのにあたしは必死になってもがいてる。
離さないように必死に。

「美貴?」
「うん」
「あのね」
「うん」
「明日なんだけど」
「うん」

正直聞きたくなかった。あなたと彼女の話なんて。

「別れるつもりなんだ」
「うん?」
「明日別れ話してくる。梨華ちゃんと」

自分の耳を疑った。
なにかの聞き間違いのような気がしてあたしはなにも言えなかった。
ホント?と顔をあげたら冗談だよ、と打ち砕かれるような気さえして
あたしは黙ったままだった。
あなたがそんなタチの悪い冗談を言うはずがないとわかってはいたけど。
そんな胸に湧いた疑問を消すほどの根拠も自信もなかったから。
だってあたしは…

「だからね」
「………」
「そっちも終わらせてほしいんだ」
「………」
「松浦と」

あなたがあたしの部屋から出て行く姿を見る度に、卑怯な自分を肯定してきた。
あなたがいなくなった部屋でひとりになるのが耐えられなくてあたしは逃げ込んだ。
あなたには帰る場所がある。あたしにも行く先が、と。

「美貴」
「うん」
「好きだよ」
「うん」

いいの?あたしたち一緒にいていいのかな?
今までお互い好き勝手やってきたよね?我慢もしてきたんだね。
もう限界だよね。だってあたしはこんなにもあなたが愛しいんだもん。
ダメって言われてももう遅いよ。
あたしはあなたなしじゃもう一歩も立ってられないんだから。

「美貴」
「うん」

鏡に映るあたしのピアスが輝きを増したように見えた。
あなたからあたしへの最初のプレゼントは告白とともに。

「ねぇ、あたしのこと好き?」

耳元で囁くあなたの声に溺れそうになりながらあたしは答えた。



「好きだよ、よっちゃん」










<了>


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