愛ゆるく






いつ、と聞かれればそれはよっちゃんが美貴の手を強く握って、握ったかと思ったら
ふいに離して小指のつけねあたりをすっと撫でたその瞬間だったと思う。

美貴のことなんてこれっぽっちも見てなくて、皆がよってたかって
小春にダンスを教えてるのを見てるのか見てないのかとにかくそっちのほうを向いていて、
美貴ではない誰かを見ていたくせにいかにもリーダーです、というようなしたり顔を作ったまま
右手は意味もなく自分の前髪を触り、左手は意味ありげに美貴の小指を撫でていたそのとき。

まるで興味がなさそうにまるでこっちを見なかったよっちゃんは、そのくせ視線を強く欲しがっていた。
欲しがられていることに気づいてしまった美貴の、ある意味負けだったのかもしれない。
よっちゃんが視線以上を欲しがるようになったのはそれからすぐだった。

だからいつ、と聞かれればきっとそのときなんだろう。よっちゃんが初めて美貴の小指を撫でて、
美貴が初めてよっちゃんの求めるものに気づいてしまったそのときから
二人のこの説明のつかない曖昧で何を基に繋がっているのかわからない関係がゆるく続いてる。

この関係を「付き合い」とか「恋人」とか「カノジョ」とか、そういうわかりやすい言葉では表現できなかった。
小指を撫でられ、横顔を見つめれば二人はいつでも成立した。
言葉はなく、確かめることもせず、一方は見つめてほしがり、もう一方は見つめ、
ときに冷たいシーツやときに温かい湯にともに身を沈める関係……
つまりどんな関係だよ、と自分でも思う。



「それって完全に付き合ってるでしょ」
「そうかな」

ほんのりとした酔いにまかせて喋る美貴に横からツッコミが入った。
手に持ったグラスはすでに生ぬるく、真ん丸だったはずの氷は見る影もない。

「よっすぃが見てほしがるのって、他の誰かにじゃなくてみきたんにってこと?」
「うん」
「みきたん限定?なんでわかるの?」
「美貴の小指撫でるから」
「……で、みきたんは見てあげると」
「そう」
「なんで」
「よっちゃんが見てほしがってるから」
「ラブラブじゃん。勝手にしてなよ」
「勝手にするけどべつにラブラブってわけじゃないよ」
「そういうの世間じゃラブラブって言うんだよ。みきたんの定義とは違うかもしれないけど」
「百歩ゆずってラブラブだったとしても付き合ってるわけじゃないよ」
「ゆずらないでよ…いや、ゆずっていいのかな?この場合。ああ!よくわかんない」

たしかによくわからないと思う。
でも当人たちがわかってないんだから亜弥ちゃんにわかられてはたまらない。
不服そうに唇を曲げて腕を組む亜弥ちゃんは、わからないことが悔しいという振りをしながら
実のところ、美貴のことを心配してくれている。そういうことはわかっちゃうんだよなぁ。

「よっすぃのこと…好きなの?」
「もちろん好きに決まってんじゃん」
「エッチするほど好きってこと?そういう意味で好きなの?」
「実際エッチしてるんだから…そりゃ好きってことじゃないの?」
「みきたん、自分のことなんだからもっと主体的に話しなよ」
「だって美貴にもよくわかんないんだもん」
「はぁ〜。じゃあよっすぃはみきたんのこと好きなの?」
「だからぁ、好きじゃなきゃ…」
「ハイハイ。エッチしないって言いたいのね」

そうは言ったものの実際のところはわからない。
好きだよとか好きですとか好きかもとかとにかく好きなんて単語を
よっちゃんの口からは聞いたことがない。
温野菜がすきとか汗をかくのがすきとかは聞いても
「美貴」を「好き」という言葉は聞いたことがない。
同じように、美貴も口にしたことはないけれど。

「それでよく成り立ってるよね。なーんか変なの」
「やっぱ変かな。美貴はそれで満足なんだけど」
「そう?ホントは好きって言いたいし、言われたいんじゃない…?」
「まさか、そんなこと」

反射的に口をついて出たその否定の言葉に少しの引っ掛かりを感じたけれど、
所詮少しくらいのことと気づかぬ振りをして流してみたら
意外にもその少しの引っ掛かりが喉の奥に詰まって、
変にむせて亜弥ちゃんに哀れむような顔をされてしまった。
いや、違うんだって。これはそういうんじゃなくて。
肝心の言葉が出ず、そう目で訴えた。

「みきたん」
「……ちょっと待っ………ああ、なんかいきなりむせちゃった。梅が変なとこ入った」
「ね、みきたん。いつからよっすぃとそういう関係になったの?」
「どしたの突然」
「なんとなく」
「えーとね、初めて小指を撫でられたときかな。ダンスレッスンで小春が…」

わからないことだらけの曖昧な関係の中で唯一はっきりしてるその瞬間のことを
美貴は亜弥ちゃんに話して聞かせた。
とくに面白みのない、やっぱり亜弥ちゃんにとってはわけのわからない話だったと思うけど
彼女はじっと耳を傾けて聞いていた。
美貴の話を聞き終わってもやっぱり納得のいかないような顔をしていたけれど、
もう言うことはなかったのか香港のお土産期待してるよなんて
まったく関係のない言葉で締めくくって帰っていった。

エッチの前に撫でられる小指がエッチの後にはキスされるなんて
果てしなくロマンチックなことはもちろん知らずに。

さんざんエッチした後でも小指にキスをされるとまた気持ちよくなる美貴はおかしいのかな、
なんてことはさすがに親友相手と言えども聞けず、
でも聞いたときの反応も見てみたかったなという気持ちがしなくもないのは美貴がエロいせいか。
自分の小指を焼酎の名残りに浸してペロっとひと舐めし、そんなとりとめのないことを考えていた。
焼酎の味はあまりしなかった。


◇ ◇ ◇


「こんこんインッほんこーん!」
「よっちゃんつまんないから」
「いーじゃん。面白いじゃん」
「べつに面白くないよ。ほら、こんちゃんビミョーな顔してんじゃん」
「いやあの顔はきっと食ってる肉まんがイマイチだからだよ。
 ほら、皆も言えって。インッは強めな、インッは。はい!せーの!!」
「こっ」
「おまえら言うなよ。絶対言うなよ」
「………」
「ミキティひでぇ〜。せっかくこんこんがほんこんに上陸したまたとない機会なのに」
「あっつー。香港暑すぎ。焼けそ」
「シカトかよ!ちょっと皆さん見ました?シカトですよシカト。
 小春はこんな大人になっちゃダメだぞ」
「あ〜い」

鬱陶しい暑さだった。
バカみたいな会話が余計に温度を上げている気がする。

「よし、じゃあ皆ちっちゃい声でこっそりひっそり言うぞ。
 バカれいな声でけーよ!シーッ!ミキティに聞かれちゃうだろ」

普通に聞こえてるんですけど。
真横で内緒話って絶対聞かせようとしてるよね。
ていうかよっちゃん、あんたの声が一番おっきいから。

「いくぞ。せーの!」

掛け声とともに撫でられた小指。
後ろ手に、器用なヤツ。

「こんこんインッ!!!ほんこーん!イェーイ!!」
「いぇーい!!」

反射的に見たよっちゃんの顔は、やっぱり美貴のほうなんて見ちゃいなかった。


◇ ◇ ◇


ガンガンにエアコンを効かせた室内は少し肌寒いくらいだった。
昼も夜も鬱陶しい暑さが続く外とはまるで別世界。
ひんやりしたシーツに滑り込むと素肌に触れる部分が気持ちいい。

ベッドが揺れてシーツとシーツの間に冷えた空気が流れ込む。
後ろから抱きしめられて顔だけ振り向くとキスをされた。
そしてシャツの中に入ってきた手がブラのホックを外した。

「よくわかったね」
「ん?」
「フロントホックだって」
「勘かな」
「さすがよっちゃ…んっ…あぁん……」

よっちゃんの指先が難なく美貴の先端を探り当て、抓むと同時に耳たぶを咬まれた。
すぐに固く尖った先端を乱暴な爪が強く弾き、その痛みが快感へと変わる。
かと思えば手のひらにほんの少し触る程度でゆるゆると撫でられ、
たまらなさから自分の唇を咬んだ。

「咬んじゃダメ」

顎を捕まれて無理やり後ろを振り向かされる。
ちょっと体勢的に首が痛いんですけど、なんて文句を言う暇もなく唇を塞がれた。
美貴が自分でつけた咬み痕をよっちゃんの生温かい舌が丹念に舐めまわす。
まるで傷を癒すかのようにしつこいくらいに舐められた。
傷になんて、なってないのに。

「んぁ……やっ…はんっ…」

舐めながらよっちゃんは美貴の服を一枚一枚剥いでいく。
その動きはとくに早くはなく手際がいいわけでもない。
かといってモタモタ手間取ることもファスナーがどこかに引っかかるということもない。
ごくごく自然に、適度なスピードで彼女は美貴を剥いていく。

りんごを食べるために皮を剥くように、よっちゃんは美貴を剥いていく。
剥かれるていく過程で触れられた箇所はじんわりと熱を帯びていた。
何が楽しいのか相変わらず唇を舐めまわしている舌を捕まえて反撃に出る。

「ふぁ……やんっ……ん……」
「んはっ…はぁっ……あぁぁ……」

向き合い、抱きしめてわざと唇を離そうとするとすぐに追いかけてくる。
息がつまるような激しいキスと体が折れるような抱擁が痛い。
でもその痛みは同時に快感をも連れてくる。
もしなかったらと考えると、ひどく寂しかった。

髪に両手をうずめて後頭部を抱えられた。
深く、より奥まで侵入してきた舌が口の中をかきまわす。
二人の舌は絡み合ってもつれあってひとつの生きものになっていた。
お互いの唾液を飲み込み、満足したように息を吐く。

口の中も美貴の中もぐちゃぐちゃだった。
美貴を見つめたままよっちゃんの手がゆっくりと下りていく。
へそを通り過ぎる手がそこを触れることを想像したらさらに濡れた。

触られやすいようにと開いた足はとても素直だった。

「ぐっしょぐしょに濡れてちゃってるね、美貴のここ。溢れてるよ」
「はぁんっ…いい……よっちゃ…あぁんっ……」

へそやわき腹を舐めながら美貴のそこを這う指は、でも中には入らない。
反対の手で尖ったままの乳首をいじくられておかしくなりそうだった。

「入れてほしい?ほしいよね?もうたまんないでしょ。こんな」
「あぅ……」
「ぱっくり開いちゃって。すげー真っ赤」

膝の裏を押し上げられてよっちゃんの眼前にすべてをさらけ出す格好になった。
胸が膝に圧迫されて少し苦しい。
両手を真横に滑らせてそのときを待つ。
恥ずかしいとかそんな羞恥心なんてとっくになくなってて、とにかく欲しかった。
ううん、ひょっとしたら最初から恥ずかしいなんて思ってなかったのかもしれない。
美貴もよっちゃんに見られたかった。
すべてを、見て欲しかった。

「たまんないね…ヒクヒク動いてこんなにあたしを欲しがってる」
「よっちゃん……おねが…い」
「うん。ほら、簡単に飲み込んだ」
「あぁぁっ……はぁん…んあっ…もぅ…やぁ…あんっ………」

よっちゃんの長い指が美貴の中にずぶずぶ入ってきた。
進む先に迷いはなく、動くたびに刺激が降ってくる。
美貴のそこがよっちゃんの指を受け入れてもっと奥までと誘い込んでさらに飲み込む。
繋がってる部分の熱さと手に触れたシーツの端の冷たさがアンバランスだった。

「すごい締めつける…美貴の中すごいよ。あたしの指食われそう」
「ばかっ……よっちゃん…あぁん…よっちゃん…よっちゃん…」
「ほら、抜こうとするとすごい絡みつく…入れると締めつけるし…」
「んぁ…やああ…おねが…よっちゃ…おねがい…」
「さっきから溢れっぱなしだよ…いつもよりすごいんじゃない?」
「もぅ…ほんと…に……だめ……んぁあっ…よっちゃぁ…」

目の前を霞がかかったようにはっきりとしない色が広がった。
透明に近い白の向こう側によっちゃんの姿がかすかに見えた。
涙が滲み、その姿が徐々に見えなくなる。
無意識に伸ばした手の先が届く前にとてつもない快感に襲われ、そのまま果てた。

「見ていてあげるから、いっていいよ」

小指に柔らかい感触がした。


◇ ◇ ◇


「美貴もしかして寝ちゃってた?」
「だいぶね」

唇を離したよっちゃんは優しい顔をしていた。

「やっぱり普段と違うところだと新鮮だね」
「日本じゃないってだけでなんか気分違うもん。それに夜景はすごいしベッドは広いし」
「なんか無駄に豪華だよな、このホテル」
「香港っていいとこだな〜」
「昼間はあんなに暑い暑いって文句言ってたくせに」

よっちゃんが笑って剥き出しの胸が揺れた。エロいなぁ。

「だって暑いのは暑いじゃん」

首に抱きつくとすっと腰に手がまわされた。
なんの躊躇もないいつもの自然な流れ。
このまま腕枕をしてもらってまた寝たら気持ちいいだろうな。

「ねぇ、美貴ちゃん」
「ん……?」

よっちゃんは美貴のことをちゃん付けで呼ぶときがたまにある。
それがどういう法則なのか、どういう心理状態からなのかはまだわからない。
でもなんとなくよっちゃんが何かを話したそうにしてるはわかったから寝かけた頭を起こした。

「なんかさぁ」
「うん」
「うちらよく考えたらすごいことしてるよね」
「はぁ?」
「だってさ、あんなとこ舐めあったり穴に指突っ込んだり
 恥ずかしい姿勢だってなんの躊躇いもなくするじゃん」
「よっちゃんいきなりどうしたの?穴とか突っ込むとか真顔で言わないでよ」

あまりにも真面目な顔と声で何を言い出すのかと思ったら。
話の内容とのギャップが激しくて笑いが堪えきれなかった。
剥き出しの自分の胸が揺れたかどうかは確認しなくてもわかる。

「なんかすごいなぁと思ってさ。不思議だよね、エッチって」
「しみじみしないでよ〜おっかしいから」
「笑うなよ〜。あたし今すごく感動に浸ってるんだから」
「はぁ?なにそれ?」
「土地が変わったからかな、普段は考えないようなことを考えちゃうのは」
「感動って何に?」
「愛ある行為だなって。愛撫っていい言葉だね」
「………」

それからよっちゃんは美貴の肩を抱いて、髪に瞼にそしてまた小指にキスをした。
美貴が不思議なのはよっちゃんの唇がなぜこんなに気持ちいいのかということ。
サラサラしてるとかプニプニしてるからとかそういう表面的なことだけじゃなく
もっと何か別の、それこそよっちゃんの言う愛ある行為だから気持ちよく感じるのか。
そんなことを考えながら唇の動きをじっと見ていたら当のよっちゃんは「ああ」というような
何かに気づいた顔をして、美貴の唇に迫ってきた。

軽く触れるだけのキスをして「どう?」という上目遣い。
「ん?」と目だけで答えるとふっと笑ってもう一度キス。
そして窺うような目線。
何かいろんなことを勝手に解釈してるみたいだけど、べつに唇に欲しかったわけじゃないんだよ。
美貴は考えていたんだから。
よっちゃんと同じくこの香港という土地をきっかけに、今まで避けていたことを。

なんてことを説明しようかしまいか迷っていると今度は「仕方ないなぁ」という大げさな表情で、
でも目の端が笑ってるからそれがポーズだってのはバレバレなんだけど、また唇が寄せられた。

舌が軽い吐息とともに上唇と下唇を割って侵入してくる。
とろけるようなとはまさにこういうことを言うんだろう。
熱くて甘くて何も考えられなくなるような情熱的なキス。
時間をかけてたっぷりとキスを交わした美貴たちは、エッチの後にまどろんでいたはずなのに
徐々に手の動きが怪しくなり、伸びていたはずの足が絡み合って、
お互いに湿り気を意識しながらまたキスを続けた。
そしていつのまにかそれぞれの股に顔を埋めていた。

よっちゃんは美貴がちゃんとしたキスを欲しがってると思ったんだろうな。
ひょっとして美貴は知らずもの欲しそうな顔や目つきをしていたんだろうか。
自覚がないだけで。
それともやっぱりよっちゃんが先走って勘違いした結果、こうして2回目が始まることになったのか。
うーん、よくわからないや。

「んあっ……はぁっ…みき、みき…あぁん……」
「やぁん……もう…あぁ…よっちゃ……あんっ…」
「すごい……みきの……舐めても舐めても…んぁんっ……」
「はぁんっ…あぁ…あっあっ…だめ、そんな…やあぁ……」

舌に加えて指まで。
刺激の相乗効果に襲われて、美貴は考えるのをやめた。
正確には何も考えられなくなった、だけど。

このままこの気持ちよさに浸っていたい。
よっちゃんにも同じ気持ちになってほしい。
美貴が味わう快感と同じかそれ以上を与えてあげたい。

舐めすぎて顎がだるくなっても、二人あわせて何度か果てた後も美貴は舐めるのをやめなかった。
ずっとずっと朝まで、よっちゃんを愛撫していた。

愛ある行為を、続けた。


◇ ◇ ◇


翌日もやっぱり香港は暑かった。
ロケの合間の自由行動。
そのへんの店で亜弥ちゃんへのお土産でも買おうかとキョロキョロしてたら
突然目の前が真っ暗になった。
外国にまで来てこんな子供みたいなことするヤツは…心当たりがありすぎて選べない。
とりあえず美貴の両目を塞いでる手に触れてみたらすぐに犯人がわかった。

「よっちゃーん」
「ぴんぽーん」
「膝曲げて身長ごまかしたってすぐわかるよ。よっちゃんの指長いんだから」
「指の長さか…どうやったら変えられるかな?」
「どうやっても変わらないから」
「うっそ。マジ?」
「マジマジ」

遠くからシゲさんと亀の楽しそうな声が聞こえる。
ちょっと覗いた店ではマコトとこんちゃんがスタッフさんと一緒に値引き交渉をしていた。
他のメンツは見当たらないけど、たぶんそれぞれ買い物に夢中なんだろうな。
美貴も亜弥ちゃんに何か買わなきゃ。

「ほら見て見て。これ可愛いよねー?」
「うん、可愛いね」
「まいちんとアヤカへのお土産」
「よっちゃん、暇なら亜弥ちゃんへのお土産一緒に選んでよ」
「おっけぃ!」

高そうなお店は避けて、人の良さそうなおじさんがぽつんと座ってるこじんまりとした店内に入った。
よっちゃんがアクセサリーを物色しだしたので、香港らしい茶器や
手作りっぽい陶器の食器なんかが並んでる棚を見ながら亜弥ちゃんの顔を思い浮かべる。
あんまり適当には選べないよね、やっぱり。

「すりー?のーのー。でぃすかうんぷりーず。だうんだうんもっとだうん」

どうしようかと悩んでるとよっちゃんのアホみたいな声が聞こえてきた。
どうやら値引きをしている様子。
何を買うんだろうと見ていたら交渉が成立したようでホクホク顔のよっちゃんが近づいてきた。

「いぇーい。でぃすかうんと成功」
「すごいね、よっちゃん。どれくらい値引きしてもらったの?」
「それはわからん」
「……だと思った。で、何を買ったの?」
「ふへへ。美貴ちゃん左手プリーズ。あ、右でもどっちでもいいよ」
「はぁ?」
「いいから、ほら。かして」

じゃあ、と右手を出したらいつものように小指を撫でられた。
いつもと違ったのは撫でられたあとの感触。

「プレゼント」
「ピンキーリング?」
「うん、可愛いでしょ?」
「可愛い…え?美貴に?」
「そだよ」
「なんで?くれるの?」
「なんとなく。可愛いの見つけたからさ…気に入らない?」
「ううん。そうじゃなくて、だってなんかこんなの恋人同士みたいじゃん」
「恋人同士みたいじゃダメなの?」
「………」

ダメなの?という口調はホントになんでもない会話をしてるときのように自然で、
おそるおそるでも怒ったようでも茶化してるようでもなく純粋に質問している感じだった。
よっちゃんの口調には裏とか駆け引きとかそんなものはまったくなかった。
だからこそ、答えに窮してしまった。
真剣に答えなければいけないと思ったから。
でもよっちゃんは美貴の返答を待たなかった。

「愛ある行為」
「え?」
「これも愛ある行為だよね、ある意味」

うんとかそうだねとか、言葉はいくらでもあるのに声が出せなかった。
狭くてちょっと暗い店内で、おじさんは眠そうにあくびなんてしてて
お客は二人以外に誰もいないし、スタッフやメンバーも離れたところにいる。
それなのに声が出せなかった。
愛ある行為への返答はどうしたらいい?

黙ってよっちゃんを見つめた。
美貴の小指を撫でるよっちゃんを見つめるときのようにじっと。
美貴の視線を同じように黙って受け止めていたよっちゃんは、
はめてくれたピンキーリングをちらっと見てから少し笑って言った。

「愛なんて、よう言わんわ」
「なんで急に関西弁なんだよ!」
「いや、香港だし」
「関係なさすぎ」
「だってホンコン語がわかんなかったんだもん」

けらけらと笑うよっちゃんにいつのまにかつられていた。

「あ!あそこにあややに似合いそうなデカいサングラスが!」
「えー、それってお土産としてちょっとどうなの…って、よっちゃん待ってよー」

突然店の外に飛び出して走っていくよっちゃんを追いかけた。
こっちを指差して驚いているメンバを無視して走る背中を追いかける。
つーかよっちゃん足早すぎだしサングラスとか絶対嘘でしょ。

ただでさえ暑いのに香港の街を快走してる美貴たちはどう見ても暑苦しい。
ちょっと走っただけなのにほらもう汗が出てきた。
細い路地に曲がった背中を確認してややキレそうになりながら後に続いたら、
待ち構えていたよっちゃんに思いっきり抱きしめられた。

息があがって苦しいのに、汗をかいて汚いのによっちゃんは美貴をぎゅうっと抱きしめて離さない。
それどころかくんくんと鼻先を首筋に押しつけてより密着しようとする。

「ちょ、よっちゃ…?」
「愛してる」

香港の路地裏で抱き合ったまま愛を囁かれることなんて、もう一生ないだろうな。

「恋人同士みたいなことしちゃった」
「ていうか、映画みたいだよ」
「ロマンチック?」
「うーん、汗かいちゃって気持ち悪いけどまあそうだね」
「あたしは気持ちいいよ。美貴を抱きしめてるから」
「愛があるから気持ちいいのかな」
「きっと、そうだね」


香港ではいっぱい遊んでいっぱい買い物をして、よっちゃんといっぱい愛ある行為をした。
日本にいたときは考えられなかったけど恋人同士みたいなこともいっぱいした。
ほとんど仕事だったけどカフェでお茶をするだけでもそこにはある意味、愛があったと思う。
ゆるい愛だけどねと言うとよっちゃんは笑っていた。


◇ ◇ ◇


「それで、香港はどうだった?」
「暑かった。けど楽しかったよ」
「いいなー。私も行きたーい!」
「そのうち行けるんじゃない?」

結局、適当にというか亀とシゲさんに選んでもらったネックレスを亜弥ちゃんへのお土産にした。
よっちゃんは『10分でマスター!エッチな香港語が喋れる本』がいいなんて言ってたけど
あれは絶対自分が欲しかったんだと思う。
恥ずかしくて買えなかったんだろうな。いや、買わなくてよかったけど。

「お土産ありがとねー」
「いえいえ。たいしたものじゃありませんが」
「それで、愛ある行為はどうなったの?その後」

身を乗り出して話の続きを聞いてくる亜弥ちゃん。
渡したネックレスがテーブルの端に追いやられていてちょっと哀しい。

「その後?」
「付き合うことになったんでしょ?」
「ううん。付き合ってないよ」
「はいー?なんで?なんで?」
「なんでって、なんで?」
「だって愛ある行為いっぱいしたんでしょ?恋人同士みたいなんでしょ?」
「うん、まあね」
「付き合おうとか好きとか言われなかったの?」
「そういうことは言われなかったかな…」
「もぅー!みきたんたちわっけわかんないよー!いいの?それで」
「いいのいいの。べつにそういう言葉はなくても」
「ほんとに?」
「愛はあるから」
「どこに?」
「ここ」

きょとんとする亜弥ちゃんの目の前で美貴は自分の小指にキスをした。










<了>


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