あたしの足には四本の赤いラインがある






あたしの足には四本の赤いラインがある。



右膝の下から踝まで斜めに走った細長いそれは、微妙な湾曲を描いていて
見るたびにあたしの嫌いな爬虫類を思い起こさせる。
先が割れ、ちょろちょろとした赤い舌を覗かせた四匹のそれらが
足下から這うように膝に纏わりついている。
しっとりとした冷たい感触がゆっくりとあたしの体を登ってきて余すところなく舐めまわし
ときに鋭い傷みを残しては寂しげに通り過ぎる。
くぐもった声とともに重い瞼を持ち上げると
見えるか見えないかの間際でその手はあたしに闇を見せる。
乗せられた手の重みが瞼を、鼻を圧迫して不思議な心地よさを作り出す。
暗闇の中にあたしの足にある四本の赤いラインが見え、懐かしくて、悲しくて、安堵した。



行為のあとのまどろみの中で「よっちゃんにね」と彼女が耳もとで囁いたから
億劫だったけどあたしは「なに?」と同じくらいの音量で口を開いた。

「前から聞きたいって思ってて聞けなかったことがあるの」

普段思ったことをすぐに口に出す彼女にしては珍しい。

「この傷痕ってさ…」
「ああ、昔の女にやられた」
「ウッソー。もう、冗談やめてよね。こっちは気を遣って聞いてるんだから」
「だって、ホントだもん」
「ハイハイ。凶暴な女だこと」
「美貴ほどじゃないよ」

肩のあたりを軽く咬まれた。

「聞いちゃまずいかなって、思ってて」

トーンを変えた彼女になぜだか苛立ちを覚えあたしはますます億劫になる。

「猫だよ猫。でっかいのに引っ掻かれただけ」
「………」
「痛かったなぁ」
「よっちゃんて」

軽く咬まれた肩に口づけながら、彼女はあたしの苛立ちに気づいてるのか
気づいてないのかわからない振りをする。

「ときどき、すごく嫌な顔をする」
「…どんな?」

思いのほか掠れてしまった声が彼女の言葉を肯定しているかのようだった。

「とにかくすごく嫌な顔。美貴のことを無視したような顔」
「ふーん」
「でもその顔が一番キレイなの。だからムカツク」

上にのしかかり睨むようにあたしを見下ろす彼女。始まりの合図。
お互いの胸を揉みながら彼女があたしの瞼に唇を落とす。
闇に覆われた視界にはあたしの足にある四本の赤いラインが浮かんでいた。

「その顔」
「ん?」

忙しなく動かしていた手を止めて彼女を見ると不満そうな顔をされた。

「もっと続けて」
「はいよ」

10本の指を総動員して彼女を天国に誘うための準備をする。

「あぁんっ…そこっ…いいっ!いやっ…ダメッ!!」
「どっちだよ」
「そっ、その顔がっん」

絞り出すように会話を続けようとする。どっちかに集中すればいいものを。

「ムカツク。なんでそんな顔、するのよ…はぁんっ」
「でも好きなんでしょ?」
「好きぃ…よっちゃんが好きなの。んっはんっ…やぁあん」
「じゃあいいじゃん」

舌を動かしながら喋るのは難しいけど彼女からしたらそれが余計に気持ちいいのだろう。
上ずりながらも喋ろうとする彼女の恍惚とした表情にあたしも内心は感じている。
膝を開いたり閉じたりすると漏れる音が濡れていることを示している。

「よくない」

体を起こしてあたしの上に跨った彼女は彼女の好きな体位になった。

「美貴もっと動いて」
「うっ…」

彼女とあたしがグショグショになる。
擦れあう音と感触が混ざり合って溶け合って考える力を奪う。
それでも彼女は会話を止めない。

「美貴以外のことを考えないで」
「無茶言うな」

互いの腰がこれでもかと上下してあたしは体が放り出されないようにと必死にシーツにしがみつく。
あたしの肩や腕を放さない彼女もまた必死だった。
二人で飛び跳ねる体を互いにぶつけ合う。

「じゃ、せめて、猫のことは…考えないで」





あたしの足には四本の赤いラインがある。

それはただの激しいセックスの痕跡にすぎない。
激しかった時代の、激しかった関係の、激しかった彼女との終わりの果てにできたもの。
今はもうお互いどこでなにをしているかなんてわからないし知りたくもないけど
蛇のようにあたしの膝下に絡みついている傷痕は、ただのあの頃の名残ではない気もしている。

あたしはあたしの足にある四本の赤いラインを好きではないが忌まわしいわけでもない。
それどころか時折愛おしささえも持つ。
そう感じるのは今こうしてあたしの上で体を踊らしている彼女への背徳なのだろうか。
それともあたしの足に傷痕を残した猫への…。

「あぁんっイクッイクゥーーーー!!」



絶頂の瞬間あたしの頭を占めるのはいつも足にある四本の赤いラインだ。










<了>


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