口づけてほしい






『口づけてあげるよ』



冗談で言ったら美貴が素で照れていた。なぜか皆にヒューヒュー言われた。
気づいたら慌しいステージ裏の、妙に一箇所だけ暗いこの場所で、キスされていた。

「…もっ…し…よ」

ステージから聞こえてくるマコトの台詞と美貴の声がかぶった。

「なに?聞こえなかった」
「もっとしていいよ」

いやいや、していいよじゃないよ。
今はコンサート中でしょ。てかさっきの冗談だし。
そりゃ「口づけてあげるよ」とは言ったけどさぁ。

「なんだなんだこの腕は」
「美貴の」
「見りゃわかる。なんであたしの首にまわってるのかと」
「よっちゃん汗かいてもいい匂いだよねー」

無視かよ!なんて突っ込めるわけがない。
いい匂いって前にもそんなこと言われたな、たしか。
フットサルのときかな。たぶんそうだ。

「美貴もいい匂いだよ」

お返しってわけじゃないけど一応ね。 でもどの口がこんなこと言うんだか。
けど、言ってから気づいた。ホントにいい匂いがする。
美貴の匂い。あたしのタオルみたいな匂いがする。

「だってさっき使ったから」
「はぁ?いつ?!」
「ソロの前にちょこちょこっとね。そこにあったから」

あー、どうりで。やけにしっとりしてると思った。

「ね、キスしてよ」
「さっきしたじゃん」
「あれは美貴からだったでしょ。よっちゃんからしてほしいの」
「えー」
「ほら、口づけてくれるんでしょ?」

目の前に美貴の顔がある。距離にして約10センチ。
ちょっとこうして首を傾げれば鼻ちゅー。…くすぐったい。
ゆっくりと美貴の瞼が下りる様をじっと眺める。
たしかに可愛いし綺麗だ。唇はぷるぷるしていて美味しそう。
昔よく食べた甘ったるいグミみたいな色とカタチ。
さっき触れるだけのキスをされたとき柔らかいと思った。

そのまましばらく眺めていたかった。無防備な藤本美貴を。

「…もうすぐ終わるね」
「なにが?」
「マコトの見せ場」

長い台詞が終わってマコトがサビパートに入ったらしい。
リハで尋常じゃないはしゃぎ方をしていたマコトの姿を思い出す。
一人だけ衣装の色が違うって喜んでいたなぁ。

「美貴たちも終わる?」
「んー」
「それとも始まるの?」
「んー」
「んー、じゃなくて」
「んー?」
「いや疑問形にされても」

オイシイ状況なのはわかっていた。わかっている。
でもあたしたちってどんな関係なんだよ。
口づけてあげるよって言って口づけちゃう関係?なんだそりゃ。
意外に純情だって、ごくたまに言われるけど理由を欲しがるのはおかしいこと?

「美貴はどうしたいの」
「口づけてほしいの」
「なんで?」
「よっちゃんが好きだから」

直球ズドン。
それでも迷うあたしは心配性なのか臆病者なのかバカなのか…。



迷う?あたし迷ってんの?



「よっちゃんも美貴のこと好きでしょ」
「好きは好きだけどぉ」
「美貴が欲しくてたまらない…でしょ?」
「そう、なのかな?」
「そうだよ」

そっと押しつけられた唇からはグミに似た匂いがした。
あたしはグミを食べるみたいにして美貴の唇を含んだ。
柔らかくて熱くてサラサラしていた。

こうなったら止められない。美味しくて止まれない。
やみつきなりそうなグミ…じゃなかった美貴の唇。

「んふぅ…はぁっ…んん…」

美貴ってこんなにエロい声出すんだ。
ちょっと、いいじゃん。なんか、いい。すごく、いい。

「好きかも。マジで」
「よっちゃん激しすぎぃ…美貴マジで息できなかったんですけどぉ」
「やばい。すごく好き」
「だから言ってるでしょ。よっちゃんは美貴のことが好きなんだって」
「うんうん。美貴スキー。美貴の唇スキスキー」

いつのまにか美貴の腰に腕をまわしていた。
そしていつのまにか、また唇を重ねていた。
あぁ…なんだろこれ。このフワフワ感。このヤワヤワ感。あ、胸か。

「やぁんっ…えっち…」
「これホンモノ?詰めてない?」
「確かめてみる?」

斜め20度の角度から誘う美貴の上目遣い。誰も逸らせっこない。

「確かめて…いいの?」
「どうしよっかなぁ」
「えぇ!美貴ちゃーん。確かめたいよぉ」

お願いモードが入ってしまったあたしに美貴は笑いかける。
迷うような素振りでもったいつけられて泣きそうになった。
なぜか美貴はそんなあたしを見て嬉しそうにさらに笑った。
これまたなぜかあたしも、美貴に笑われて変な興奮がムクムクと…。



あーあ、ハマっちゃったよ。スコーンと。藤本美貴に。



「今夜うち来る?」
「うん!い、行く。じぇ、じぇったい行く」
「かみまくりじゃん。よっちゃん落ち着いて」
「うぅ…だって、だって」
「美貴のこと好き?」
「スキー!!」

元気いっぱいに叫ぶ自分にオイオイ、キャラ違うだろあたしと突っ込む。
こんな自分が信じられなくてちょっとヘコみもするけど でも、


悪くないな、とも思う。


誰かに見られてたら恥ずかしいけどさ、でも好きになっちゃったんだもん。
手のひらで転がされてるような気がするけどそれもやっぱり悪くない。

「じゃあ今夜ゆっくり…ね?」

うーん、美貴は魔性の女かもしれない。
まんまと罠にかかったあたしは生贄としてこの身をすべて捧げます。なんつって。

「ほら。そろそろ次の曲だよ」
「…っかい」
「なあに?よっちゃん」
「もう一回、キス…」

ふふっと笑ってあたしの前髪を撫でる美貴はやっぱり。

「エロいよ、美貴ちゃん」
「よっちゃんがそうさせるんだよ」

口を開きかけたあたしの舌を、美貴がそっと絡み取って次第にくちゃくちゃと音を立てる。
もうダメだ。あたし夜までガマンできるのかな。コンサートが終わるまで持つのかあたし。

この際マコトに最後まで歌ってもらって…なんてことを思ってしまった恋に落ちた日。



『口づけてあげるよ』



そんな、冗談から始まる恋もあるんだと学んだコンサートの初日。
始まったばかりの恋とコンサートに気合は十分。リーダーがんばっちゃうよ。


だから口づけて。あたしにいっぱい口づけてほしい。
美貴のグミみたいな唇をもっともっと味わいたいから。










<了>


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