口づけてあげるよ






『口づけてあげるよ』



コンサートの初日。ステージ上で言われたその言葉に心臓を打ち抜かれた。

「吉澤さーん、いきなりあんなこと言うなんてびっくりしましたよー」
「ホント、私も目がテンになっちゃいました」
「なはははは」

公演終了後の楽屋で交わされるそんな会話に耳をすませる。
やけに余裕綽々で何でもないことのように笑うよっちゃんに少しだけイラっとした。
美貴はあんなに…ドキドキが止まらなかったのに。

「藤本さんも一瞬絶句してましたよね」
「そうそう。素で照れてたし…ってイデッ」
「マコトうるさい黙れ」
「ふ、ふえぇーん。美貴ちゃんがグーで殴ったあぁ」

お客さんたちやメンバーもいるあんなところでまさかあんなことを言われるなんて。
予想できるわけがないし、ましてやツッコミなんてできっこない。
よっちゃんはいつも予想不可能な行動で美貴のことを惑わせる。



『口づけてあげるよ』



美貴の頭の中でグルグルと永遠にまわり続ける言葉。

ねえ、冗談だよね?
いつものよっちゃん流のジョークなんだよね?

ほのかに抱いている期待を見透かされないように、美貴は下を向いた。

本気じゃないならそんなこと、言わないでほしい。
美貴をこれ以上溺れさせないで。
苦しくて苦しくて、呼吸困難になっちゃうよ。
よっちゃんのせいで胸がズキズキと痛いよ。



「ほら、マコトもう帰りな」
「あれ?皆いつのまに…」
「ボサっとしてると置いてかれるよ」
「は、はい。えっと吉澤さんに美貴ちゃん、お疲れ様でした」
「お疲れ」
「明日もがんばりまっしょー!…あさ美ちゃーん、待ってよぉー」

モヤモヤした気持ちをなんとか追い出そうと頭を振ったり
指の関節をポキポキ鳴らしたりしていたら…いつのまにかよっちゃんと二人きり。

どどどどうしようー。ななななんで二人きりなのー。
こらマコト、美貴の許可なく帰るな。勝手なことするな。戻ってこーい!

…すみません。あの、その、戻ってきてください。
この際誰でもいいからお願い…。

「こっえー。誰にケンカ売ってんのさ、ミキティは」
「ケンカ?」
「指パキパキパキパキ鳴らしてんだもん」
「あー、これはちょっと。べつに…なんでもない」
「ふーん」

よっちゃんはまだ帰らないのかな。二人きりのこの空間が苦しくてたまらない。
穏やかな、だけどちょっとエロ親父が入ったようなニヤニヤ顔さえもたまらない。
コンサートの余韻が覚めやらないのか、熱を含んだ視線に絡みとられ、
ちょっと手を伸ばせば触れることができる距離にいるというこの状況の中で
美貴は思わずにはいられない。



『口づけてほしい…』



美貴は、よっちゃんが好きだから。

「美貴?」
「な、なに?」
「どうしたの?ぼうっとして」
「そ、そんなことないよ」

話しかけられてもマトモに顔を見ることができない。
たぶん真っ赤になってる自分の顔を見られたくもなくて、そっぽを向いてしまう。
早くこの場から去ってほしいから口調もそっけない。
本当はこんな冷たい態度を取りたくないんだけど
よっちゃんにいなくなってもらわなきゃ美貴の息が止まってしまう。
よっちゃんのことが好きという気持ちに押しつぶされて死んじゃうかもしれない。

でも美貴は自分からは動けない。動かない。
苦しい反面少しでも長くよっちゃんと一緒にいたいと思っている。
だからよっちゃん…お願い。お願いだから早く行って。
美貴の視界から消えて、このドキドキを止めてほしい。

「美貴、こっち向いて」

少しだけ真剣みを増した声に思わず顔を上げた。
正面から目が合ってしまい途端に恥ずかしくなる。
徐々に頬が熱くなるのを感じて逸らそうとするけど逸らせない。

「あたしが言ったこと気にしてるの?」

言いながらよっちゃんは美貴の右手を優しく握った。
いつのまにこんなに近くに来たんだろう。
よっちゃんの瞳に映る自分の姿が少しだけ大きくなったような気がしていた。

「突然あんなこと言ってごめんね」

何を謝られたのか一瞬理解ができなかった。
視線を下げるとよっちゃんの唇がまた動いた。

「でも気にしないでなんて言わないよ」
「え…?」
「むしろ気にしてほしい。とことんまで気にしろ!」
「命令かよ!」
「ぶはははっ。やっといつもの美貴だー」

一応つっこんでみたものの、よっちゃんの唇から視線を離すことができない。
美貴の心と体で欲しているその唇がまた動き出す。

「あたしのこと気にしてて?あたしの言うこと、やることすべてを気にしててほしい」
「………」

ゆっくりと近づいてくる唇。目を閉じると柔らかい感触がした。

「よっちゃぁん…」

そっと触れるだけの口づけ。
それだけで締めつけられていた気持ちが解放される。
さっきまでの苦しさが消えて心があったかくなる。

唇が離れても感触は残り、むしろいっそう熱を帯びてジンジンと痺れる。
頭の中、体じゅうまでもがジンジンと。

「ごめん…」
「謝らないでよぉ…」

美貴はとっても嬉しいんだから、謝るなんていくらよっちゃんでも許さない。
今のキスをなかったことになんてしないで…。

「ううん。そうじゃなくて、そういう意味じゃなくて」
「どういうこと?」
「美貴が好きすぎて『そっと』じゃ済まなくなりそうだから。…だから最初に謝っておく」
「なっ…」

強く抱き寄せられて再び降りてきた唇。

よっちゃんの言う『そっとじゃ済まない口づけ』にさっきとは違う意味で苦しくなった。
けれど、同時に身も心もとろけそうなほど気持ちよくなったことは美貴だけの秘密。
この気持ちよさは誰にも教えてなんてあげない。

「ちょっ、よっちゃ…いくらなんでもこんなところ…あぁんっ」
「へへへ。美貴ちゃんおいっすぃー」
「ば、ばかぁ…」

口づけだけで終わらなかったことも、もちろん秘密。



『口づけてあげるよ』



今度は美貴からよっちゃんに。
そっと口づけてぎゅっと抱きしめてあげるからね。










<了>


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