抱きしめるよ






あたしは美貴を抱きしめる。
抱きしめて決して離さない。
暴れられたって、鬱陶しがられたって、たとえ泣かれたって。

この腕の中から逃したくない。美貴の体を、心を。
永遠に、閉じ込めたい。



「よっちゃんどしたー?」
「だってミキティさぁ」

耳もとで囁かれる甘い声にかすかな眩暈を覚える。
美貴にそんなつもりはなくても、その声に反応してしまう自分の体が恨めしい。
持て余し気味の体を捻って、より深く彼女を腕の中に閉じ込めた。より、強く。

「苦しいよぅ」
「だってミキティ、どっか行っちゃいそうなんだもん」

頬を膨らましながらあたしを上目遣いで見つめる美貴はまるで子供のよう。
抱きしめながら背中を撫でると気持ち良さそうに目を細めて笑う。
あたし以外の誰にもこの笑顔を見せたくはない。

ステージの上で歌い、踊る美貴の姿を見ているとなぜかいつも苦しくなる。
いつかあたしのそばからいなくなって、あたしの知らないどこかに飛んでいって
全然違う場所で笑い、泣き、あたし以外の誰かに抱きしめられるんじゃないかと不安になる。

今こうして抱きしめていても片時も安心することなんてできない。
愛されてる余裕なんて、あっても一瞬のことだ。先のことなんてわからない。
恋を諦めることに慣れてしまったあたしには、美貴を繋ぎとめておく自信なんてないから。

だからあたしの一方的な想いに応えてくれたことも素直には喜べなかった。
付き合いだしてもデートをしてもキスをしても肌を合わせ、溶けてしまっていても。
あたしが想えば想うほど、美貴との距離が遠ざかるようで怖かった。
ふいに手にした幸せが、やはり同じようにふいに消えてしまいそうで怖かったのかもしれない。

抱きしめることが許されるなんて、思ってもいなかったから。

「あたしが離したらたぶんミキティどっか行っちゃう…」
「美貴はどこにもいかないよー。本当にどうしたの?よっちゃんなんか変だよ」
「…なんだかナーバスになってる」
「だからどうして?」
「あたしがミキティを好きすぎるからかな」

あたしが想うように美貴はあたしのことを想ってくれている?
何度も口にしかけた言葉を今日も寸でのところで飲み込んだ。

「重いよね、ごめん」
「ばーか」

小突かれた額にかかる前髪が揺れて、美貴の顔が見えなくなる。
ウザったい。邪魔な髪を切りたい。早く美貴を見たい。

「どうしてそんな風に考えるのかなぁ」
「そんなの自分でもわかんないよ」
「美貴はよっちゃんが好き。よっちゃんは美貴が好き。それじゃダメなの?」
「………」
「美貴はよっちゃんに抱きしめてほしくて、いまこうしてる。それじゃダメ?」

単純明快な美貴の言葉もひねくれ者のあたしには届かない。
それよりも言葉が紡ぎだされるその唇に、あたしを見つめるその瞳に思考が乗っ取られて。

「っん…ちょ、まっ…よっちゃ…あぁん」
「美貴、美貴、美貴」

あたしの口から溢れだした不安感が愛しい人の名前を呼ばせる。
唇を貪り、体中を弄って、全身で美貴を求める。
心の底から、欲しいと思った。





「時々…よっちゃんが、怖くなるよ…」
「怖い?あたしが?」
「うん……あ、あんっよっちゃぁん」
「…もっとこっちに来て、美貴。あたしから離れないようにもっと」
「やぁ…そんなところ…あんっだめぇ。いやぁんっ」
「…どうして、あたしが怖いの?」

涙目で、息を切らしながら快楽の波に襲われている美貴にそっと問いかける。
怖いのはあたしのほうだ。不安に思ってるのもあたし。なぜ、美貴が?

「だって、いつもいつも怯えてて…うぅ、はぁっはぁっ」

美貴の肩口に唇を押しつけ、そのまま鎖骨までスライドさせる。
くぼみに舌を這わせ唾液でぬるぬるしたそこを吸ったり咬んだり。
全身あますところなくあたしのシルシをつけて、美貴をあたしのものにする。

「別れるときのことを、いつも考えてる…そんなのヤダよぉ…」

美貴の涙があたしの頬を伝った。
それはまるで、あたしが流した涙のようで。

「美貴、ごめん……」
「そんな哀しいこと考えないで…おねがいだから。美貴から、離れないで」

あたしの不安は美貴の不安。
あたしが流す涙も、痛む胸も、声にならない声もすべて美貴の。

不安、恐れ、戸惑い、悩み、迷い、疑心。
あたしの中にあった負の感情が美貴の涙で洗い流されていく。
臆病でひねくれ者の弱いあたしの中に美貴がすっと入り込んで、心が凪いでいく。
その瞬間、ホントに自然に、無意識にあたしは思った。

愛しい。美貴がとても愛しいと。

「愛していい?」
「ばぁか。そんなこといちいち聞くな」

みぞおちにパンチしてきた美貴の手首を掴んであたしは再度、同じことを聞いた。

「愛してもいいの?」
「いいよ」

涙目の美貴が笑いながら、あたしの顔をまっすぐに見てそう言った。
目の端を親指で拭いながらあたしも顔を見た。そして聞いた。

「あたしのこと愛してる?」
「愛してるよ」

それが答えだった。ずっと求めてた答え。ずっと目の前にあった答え。
最初からそこにあったというのに、あたしが見ようとしなかっただけの答えがそこにあった。
そして、カチコチに固まっていたあたしの心がゆるやかに溶け出す。

「美貴の愛は無限だよ?よっちゃん、覚悟してね」
「あたしの愛は不器用かも…ミキティ、フォローよろしく」
「なんだそれ」
「さあ、なんだろ」
「不安になったらさ」
「うん?」
「こうして。いつでもいいから美貴のところに来てこうしてよ」

あたしの背中に美貴の腕がまわり、きつく抱きしめられた。
ぎゅっときつく抱きしめられているけど不思議と心地がいい。

「不安なときだけじゃなくてさ、いつも抱きしめてよ」
「うん」
「理由なんていらないから」
「うん」
「美貴も抱きしめるから」
「うん」
「よっちゃんの匂いが恋しくなったら抱きしめるから」
「うん、うん」
「だからよっちゃんも抱きしめて?美貴をずっとずっと抱きしめてて?」
「うん」
「うんしか言えないのかよー」
「ごめん。嬉しくて言葉にならない…」

かわりにきつく抱きしめた。ありったけの、想いを込めて。



あたしは美貴を抱きしめる。
抱きしめて離さない。美貴を決して離さない。
ごちゃごちゃと余計なことを考えるのはもうやめた。
答えは常に目の前になる。ゆえにあたしは美貴を抱きしめる。

美貴を、抱きしめる。










<了>


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