愛しさの境界線






コンサートのリハーサルもいよいよ大詰め。
今日はハードだなぁ〜とか思いつつ、休憩の合間に鼻をかんでいたら
突然後ろから誰かに抱きつかれた。
誰かって言っても相手はわかってるしいつものことなので、美貴はかまわず鼻をかみつづけた。

「美貴ちゃんさ〜ん」
「よっひゃん、ひょっと待っへ。鼻はんでるはら」
「うん、待つ」

美貴のお腹に腕をまわして、よっちゃんが肩の上にちょこんとあごを乗せている。
目の前の鏡に映るその仕草がかわいくて、鼻をかむのを一瞬忘れそうになった。
鏡越しによっちゃんを見ていたら、お腹のあたりに置かれた手がもぞもぞと
怪しい動きを始めたから慌てて鼻をかんだ。

「こらっ」
「くぅ〜ん」
「そんな犬みたいな声出してもダメだから」
「わんわん!」
「ひゃっ」

鳴いたついでによっちゃんが美貴の耳たぶを甘咬みした。
コイツ…犬って言われて調子に乗ってるよ。
こんな休憩中に、しかも誰が入ってくるかわからないような場所で何やってんのさ。

「ん〜ぺろぺろ」
「ひゃんっ。こらっ!よっちゃん今はダメだって」
「ワタシニンゲンノコトバワカラナイアルヨ」
「いや思いっきり喋ってるし」

大体ナニ人なんだよって突っ込もうと思ったらあっという間にキスされた。
そういえば鼻かみ終わるの待ってたんだっけ。
キスがしたかったの?
美貴の唇を食べちゃうような、こんなキスをしたかったの?
いつも唐突だよね、キミは。こんなことされたら妙な気分になるじゃん。
責任取ってくれるわけ?

「いやいや、その、ほら、あれだ、責任?ナニソレ」
「そっちの責任じゃないから。動揺しすぎ。っていうかなに?遊んでるわけ?」
「やだなぁ〜ミキチィ〜。遊びとか責任とかなに言っちゃったりしちゃってんの」
「美貴が娘。に入った途端すぐに手ぇ出したよね」
「そっちの責任はまあとりあえず置いといて。さっきの責任は取りますよ〜ん」
「さっきってなんだっけ」
「ガーン!キスでその気になったのあたしだけ?」
「みたいだね」
「さらにガーン!」

『とりあえず置いておかれた』責任の行方をないがしろにするわけじゃない。
それでも本気と遊びの境界線くらい美貴にだってわかる。
自分がどこにいて、どこにいるべきなのかも。

それにしてもよっちゃんの手はよっちゃん本人とは別人格なのだろうか。
こんな話しをしながら人の体をよくもまあ自由に弄ってくれるもんだ。

「イチチチ。おーイテ。なにもつねらなくても…」
「美貴の胸を触わるからでしょーが」
「いいでしょーが。愛に溢れた行為でしょーが」
「真似すんな」

軽口を叩きながら美貴と体を入れ替えて、ドッコイショなんて
ババくさいことを言いながら美貴を膝の上に乗せるよっちゃん。
そのあまりに手慣れた動作がなんとなくムカツクけど、「美貴ちゃんさんのにおひ〜」なんて
絶対汗くさいはずなのに嬉しそうに鼻をこすりつけてくるコイツは、正直愛しいような気もしている。
ただの気のせいだと思うけど。

「で、初日どうする?」
「どうするって?」
「ピースだよピース。青春の1ページってぇ〜だよ」
「キモッ。梨華ちゃんの真似しないでよ」
「似てない?」
「ちっとも」
「面白くない?」
「全然」
「あれ〜?亀ちゃんには好評だったのにな。あとこんこんやマコトや矢口さんや…」
「あーわかったわかった。キミそれ絶対見せる相手選んでるでしょ」

最初から狙ってるのバレバレじゃん。
飯田さんいたら絶対見せてるよね。

「それに本人にも」

首にまわした腕に思わず力が入った。
美貴はそんなつもりは全然ないのに。
もしかして美貴の手も美貴とは別人格なわけ?勝手に反応なんてするな。
よっちゃんが誰にモノマネを見せたって美貴の手が勝手に動く理由にはならない。

「やっぱさ〜。初日だからガツンとロボキスでいくか」
「なんの話だっけ」

切ったばかりのコイツの短すぎる髪に指を絡めた。
軽く波打っている金とも茶とも言えない色を見つつ、ピースの本来の振りを思い出そうとしたけど無理だった。

「あー愛しい美貴ちゃんさん、お昼ごはんなに食べたんだろう〜」
「うどんだよ。ていうか一緒に食べたじゃん」
「いやマジレスはいらないから」
「だって本当のことじゃ……よっちゃん?」

時々見せるこの顔は美貴になにかを求めている。
わからなくて、もどかしくて、頭にくる。
見つめられているとわかりたくなんてなくなる。
そんなマジ顔こそいらない。
テンション変わりすぎでついていけないよ、よっちゃん。

「んん…」

それにそんなマジチュウだっていらないから。教えてよ。

「イマイチわかってないんだよなー」
「ぷはぁっ…はぁ、くるし…」
「美貴ちゃんさんは、わかってない」
「まっ…んんっ」
「わかってない」

喋ることも、呼吸することさえも許さないようなよっちゃんのキス。
一方的に攻められるのは好きじゃない。
美貴の唇を奪いながら平然と喋るようなコイツは、もっと好きじゃない。
なにも考えずにエッチするほうがよっぽど胸が苦しくない。
だからやっぱり教えないで。
なんでそんな顔するのかなんて、知りたくない。

「好きだよ」
「はぁ?いきなりなに言ってんの」
「ちゃんと美貴のこと好きだよ」
「それがよっちゃんの口説き文句?そうやって突然真面目な顔して突然キスして、
 『好き』って言えば誰でもついてくると思ってるんでしょ」
「美貴はそうやってあたしを悪者にしたがるけどさ」
「………」
「そう仕向けてるのは美貴じゃん?」
「…意味わかんない」
「あたしはそんなにわかりにくい?まあバカばっかやってきたからな」

仕方ないか。

そんな言葉を吐きながらよっちゃんは美貴を膝から下ろした。
その動作がコイツにしては珍しく頼りなく、ぎこちなかった。

「さてと、じゃあピースどうしよっか?」

向かい合って座ることにけっこうな違和感があった。
いつもとちょっと違うだけでモヤモヤムカムカした気持ちが湧き上がる。
よっちゃんのなんでもなかったような顔がやっぱりムカついた。
美貴はそんな顔、きっとできてないのに。

相変わらずピースの振りが全然思い出せない。
べつに今となってはどうでもいいことだけど、妙に気になる。
何十回も、それこそ3桁いっちゃうくらい踊ってきたはずなのに思い出せないのはなんで?
梨華ちゃんの台詞のとき、美貴はなにをするべきなの?
本当はなにをしてるはずなの?
誰といるはずなの?

「なんかムカツク」
「あたしが?」
「わかんないけどたぶんそう」
「美貴ちゃんさんの愛情表現だと思えば、それも嬉しいもんだ」
「勝手なこと言ってるよ」
「じゃあロボキスね」
「本当に勝手だよ」
「そうじゃなきゃやっていけないだろ」

テーブルに投げ出した両手の爪がやけにカラフルなことにたった今気づいた。

「いろいろとね」

呟きながらあからさまに目をそらされてまたムカついたけど、むしろ美貴のほうが
勝手なことをやってるような気がしてきて、下を向いてる顔を両手で抱きしめてあげたくなった。
だからってこの状況から逃げるためだけのキスやうやむやなエッチはもうできない。
美貴はそんなつもりなかったのに、たぶんよっちゃんは境界線を越えようとしているから。
越えようとしたから。

戻れなくなるのはイヤだよ。

「もしかして本気なの?」
「なんだよ今さら。ロボキス嫌だった?」
「バカ。そっちじゃなくて」

バカ。こっち見ろ。
ふらふらしないで今だけはこっち見てよ。
でもずっとは見ないで。そらせなくなるほどには。

「ああ、こっちの話か。本気かって?だったらどうすんの?
 美貴は困る?あたしがラインを越えたらペース崩れる?……なんてね。
 なんでもない、なんでもないよ。あははっ。だってさ、本気になって今となにが変わる?」
「さあ……なにも変わらないかも」
「だろ?」

ウソとホントの見分け方なんて美貴は知らない。
言われたことをそうなのかと受け止めるだけ。
それがラクでいいし面倒もない。
でも最後の台詞は、美貴の耳に言葉どおりの意味には聞こえなかった。

『美貴はそのほうがいいんだろ?』

そう聞こえたから。
こっちを見たよっちゃんの顔がどうであれ、よっちゃんがふらふらして美貴がふらふらして
ちょうどいい具合に収まるのがきっと一番いい。
どっちかがふらふらをやめたら途端にバランスは崩れる。
どうなるかなんて、わからないから。

「変わらないよ」

変わることは山ほどある。ウザイくらいにある。

堂々と独占することができる。
このあやふやな関係に名前をつけることができる。
なにも理由がなくてもきっと抱きしめることができる。
少なくとも、お互いにこんな顔してウソをつくこともきっとなくなる。

「よっちゃんはそれでいいんでしょ?」
「美貴がいいならいいよ」
「そう言うと思った。それならもう」
「わかってる。言わない。チュウしてもエッチしてもさっきみたいなことは言わない」
「………」
「あっちも決まりでいい?」
「あっち?」
「ロボキス」
「うん、いいよ。ピースでロボキスね。
 忘れないでよ〜?美貴ひとりでやったらバカみたいじゃん」
「ぶはは。それも面白いな〜。美貴ちゃんさんがひとりでロボキスやってる間に
 あたしはマコトにカンチョーでもしよっかな〜。それか石川に後ろから膝カックンとか」
「梨華ちゃんいじるのやめなよ〜。台詞に命かけてんだから。
 後で怒られても美貴は知らないよ〜」

ていうかホントにロボキスでひとりにしないでよね。

「しないよ。一人になんてしないから」
「うん。ありがと」

身を乗り出してよっちゃんの髪にキスをした。
ふわふわの髪が唇に気持ちよかった。










<了>


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