95%の吉澤ひとみ






あたしは吉澤ひとみだ。



「また見てるの?」
「うん。かっけよなぁ…」
「何回も同じの見て面白い?」
「だってかっけーじゃん。ほら見てよ、あの無駄のない筋肉」
「トラ?じゃなかった、なんだっけ?」
「ブラックパンサー」
「ふうん」

風呂上りのいい匂いをさせながら隣に座った美貴の手からビールを奪う。

「やっぱかっけーよ……」
「返せっ」
「けち」
「飲みたきゃ冷蔵庫にあるじゃん。これは美貴の」

苦い後味を惜しみながらずるずるとソファから滑り落ちる。
三角座りのまま美貴の膝に頭を預けたら鬱陶しそうに蹴り返された。

「かっけーなぁ…いいなぁ……」
「そんなにいい?なんか怖いじゃん」
「あの野生がいーんじゃん。本能のままって感じで」

本能ねぇ、と呟く美貴。
頭の上で缶が潰れる音がして、目の前に素足が伸びてきた。
さっきあたしを蹴った足だよな、これ。

「なに?」
「好きでしょ?」
「…うん」

すらっと真っ直ぐの長い足があたしの太もものあたりを撫でる。
むしゃぶりつきたくなるっていうのはたぶんこういうことを言うんだな。
あたしがブラックパンサーだったらガブリと噛んで腹を満たすだろう。

「よっちゃんの好きな色でいいよ」

そう言われてもこれというのが思いつかなかった。
あたしが好きなのは行為だ。途中経過がいい。
美貴には悪いけど"どれにしようかな"で決めさせてもらった。

「これでいい?」
「うん、いいよ」

合格らしい。
美貴のお気に入りを引き当てた賞品は頬へのキスだった。

「よっちゃん、大好き」
「美貴ちゃんを一番綺麗に見せてくれる色だと思ってね」

どこのへらず口がこんなことを言わせるんだか。

「綺麗に塗ってね」
「アイアイサー」

美貴が雑誌を手に取り、あたしは儀式のようにひと指ひと指にキスをした。
ときに目を細め、慎重に爪の色を変えていく。
右足が終わり左足。ふと顔を上げたら白い喉もとが見えた。
軽く寝息を立てている美貴の唇にキスをしてまた跪いた。
残ったビールを飲み干して無心で爪を塗る。
ブラックパンサーが走っているだけの映像はいつのまにか終わっていた。


*****


翌日、来い来いとしつこく誘われていたライブに行った。

「終わったらご飯食べに行くんでしょ?美貴そっから合流していい?」

仕事なのか別の用事があるのか、特に何もないのかは聞かなかった。
あたしもご飯から…ってわけにはやっぱいかないよなぁと肩を落とす。
でもエロいと噂のライブを見てみたいという気持ちも多少あった。

「後藤さんやっぱかっこいいですねぇ〜」
「吉澤さん吉澤さん、石川さんエロいよ!」

左右の後輩がこの大音響の中、いちいちあたしに報告する。
突き放しても突き放してもすぐに身を寄せてくる。
MCのあたりで白旗を揚げ、されるがままになった。
あたしの両手は遠慮のない後輩に捕らわれて不自由極まりない。

「美貴ちゃん来るって言ってたのにどうしたんですかねぇ」
「え、藤本さん来るんですか?」
「来るって聞いたんだけどなぁ」
「でも来てないですよね」
「吉澤さん、なんか聞いてる?」
「てか暑いんだけど…二人とも、ちょっと離れてくれる?」
「やだぁやだぁ。せっかく藤本さんいないんだもん、絵里のこと見ててください」
「いや、ライブ見にきたから」
「あっ亀ちゃんずるい。あたしだっているんだからね!」
「マコトいたの?」
「うぅ、ひどいよ吉澤しゃん…」

やっぱりあたしもご飯からにすればよかった。
溜息をついたら踊り狂うごっちんと目が合った。
あたしの両脇に目をやって、それからまたあたしを見た。
傍目にはわからないように素早く苦笑していた口許をあたしは見逃さなかった。

「後藤さんすごーい!」

握られた両手に力が入った。
熱狂的な歓声。鳴り響く音楽。興奮が渦を巻いて圧し掛かる。

「ホントかっこいいですねぇ…」

うっとりとした声はどちらのものだったのか。
ぼんやりと見ていたあたしの耳に届いたそれの判別はつかず。
踊り、跳ねるしなやかな肉体を見て思った。

ブラックパンサーみたいだと。


*****


遅めの夕食は誰の希望なのかこってりとした中華だった。
いつのまに現れたのか美貴は嬉しそうに豚肉を頬張りご満悦の様子。

「ねぇねぇ、よっちゃん」
「あん?」
「どうだった?ライブ」
「あー…エロかった」
「もうっ!そういうところはいいの!」
「だって他に感想ねぇもん」
「吉澤しゃんってば石川さんの胸みてすげーすげー言ってましたよ」
「ちょっとマコト、それホント?」
「美貴ちゃん苦しいから引っ張らないで…」
「やだぁよっちゃん」
「石川さん嬉しそう…」

見てたのは正解。すげーとも言った。
誘ってるように見えたのはたぶん錯覚、だと思いたい。

「ごっちんカラシ取って」
「ほい」
「あー」
「どした?」
「ごっちんさ…」
「なあに〜?」
「かっこよかったよ」
「そう?」
「すごく」
「ありがと」
「うん」
「…ありがとね、よっすぃ」

2回目のありがとうに対する返答はスープとともに飲み干した。
長い髪に隠れた頬が赤く染まっていたかどうかなんて知らなくてもいいこと。

「お礼」

見ると自分の取り皿にシューマイがひとつ増えていた。

「礼なら体で返してくれてもいいよ〜」
「やだよ。ミキティに殺される」
「大丈夫。ごっちんはブラックパンサーだから」
「あ、そうなの?」
「あたしは殺されちゃうだろうなぁ。したら守ってね」
「やだよ。でもミキティはなんだかんだ言ってもよしこのことは許すでしょ」
「そう思う?」
「思う」
「あの美貴が?」

思わず美貴を見た。
何がどうしてそうなったのか、マコトの頬を左右に引っ張って遊んでいる。

「よしこだって実はそう思ってんでしょ?」
「……どうかな」
「そうだよ。割り込む余地なんてないんだから」
「なんの話よ」
「なんだろね」

チンゲンサイが旨い。白菜も椎茸も。
ほんの数年前のあたしは何もかもが旨いと思っていた。
誰彼構わずいただくのが常だった。

「ミキティのこと好き?」
「大好き」

それなりに大人になって嗜好にうるさくなった。
バカばっかりやってられない立場だと自覚した。
なりたいと思っていたブラックパンサーには一生なれないんだと悟った。

自分はどこまでも吉澤ひとみなんだと。
吉澤ひとみでいいんだと。


*****


「さっき別れ際にごっちんとハグしてたでしょ」
「ハゲ?」
「ケンカ売ってんの?」
「あははは」

ベッドに潜り込み、尖った唇にキスをした。
足りず、抱きしめて頬をすり寄せて髪におでこにキスをした。

「好きだよ。美貴が好きで好きでたまらない」
「…ちょっ……んっ……」
「あいしてる」

唇を割って舌をねじこませて隅々まで探る。
込み上げてくる愛しさをそのまま美貴に。

「……急に、どうしたの」
「ん、なんかセーブできなかった」

唇を離してまじまじと見つめる。顔と唇を。
赤い顔とそれ以上に赤くつやつやしている唇。
これほど最上級の味をあたしは他に知らない。

「ハグの後」

ふぅっと息を吐きながらまだ上下してる肩を自ら抱いて美貴は言った。

「ごっちんにキスしてたくせに」
「頬だよ」
「でもした」
「ライブお疲れって意味だよ」
「梨華ちゃんにはしなかったじゃん」
「したほうがよかったの?」
「バカ違う。そういうことじゃなくて」

手を伸ばしたら避けられた。
顔を背けた美貴の後頭部を仕方なく見つめる。
抱きしめていた腕を離すんじゃなかったな。
目の下のぷっくり膨れた部分を撫でたかったのに。

「ごっちんのこと…好き、だったの?」

か細い声があたしを動かす。
力いっぱい抱きしめて、閉じ込めた。
美貴とあたしの隙間に何も入らないようにぎゅうぎゅうと。

「痛いよ…」
「あたしはごっちんになりたかった」
「………」
「美貴を想う好きとは違う意味で、ごっちんのことは好きだよ」
「今もごっちんになりたい?」

力を緩めると美貴はようやくこちらを向いてくれた。
あたしの好きな唇はすぐそこ。
スローモーションのようにゆっくりと動くその姿は艶かしくて。



       ごっちんになりたい?



答えに窮した。


*****


美貴の長い髪がぐちゃぐちゃになるのは色っぽいのと面倒なのが半々。
どうしたって絡みつく髪が美貴を揺さぶるたびに愛撫の邪魔になる。

「やっぱりまとめればよかったね」
「…あんっ……はぁはぁ……そんな暇、くれなかったくせに……あぁんっ」

乳首に噛みついたら肩に爪がくいこんだ。
こんなに真っ赤に尖ってあたしに何を訴えてる?
本当は気持ちよくてたまらないくせに痛いそぶりをする美貴をもっと見ていたい。

「おっぱいちょっと大きくなったんじゃない?」
「ホント?あぁん…よっちゃん……そこばっか舐めすぎ」
「しょーがないじゃん、好きなんだから」
「だからって……ぅあああんっ…やぁ…痛っ……」

舌を滑らせる合間にコリコリした乳首に歯をあてる。

「気持ちいい?」
「……んっ…くっ……ふぁあああ……」
「気持ちいい顔してるよ、美貴」

しつこくしゃぶり続けていた乳首に別れを告げて首筋に移動。
わずかに汗の味がした。それは美貴の味。
小振りな胸を両手で包み込み乳首を掴んで名残を惜しむ。

「いい顔、もっとあたしに見せて…」
「…はぁ…よっちゃん…もう美貴…むっ…ぐっ…」

唇を塞いで中をかきまわすと苦しそうにあたしの背中を叩く美貴。
眉間に皺を寄せて苦悶に耐える表情も好きなんだ。
ごめんね、酸素もっとほしいよね。

「はぁ…はぁ…はぁ…」
「もっとチューしたい」
「もぅ〜よっちゃん激しすぎ。美貴死ぬかと思った」

上目に睨まれて下半身がじんじんと熱くなる。
乳首を弾いて甘い声を聴いたらもうたまらない。

「きゃっ!ちょ、よっちゃん?」
「美貴、あたしの顔に跨って」

体勢を変えて美貴の腰を引き寄せて促した。

「え……や、やだぁ……」

恥ずかしそうに俯いて小声で囁く美貴。
その仕草が逆に煽るってこと、気づいてないよね?絶対。

「早く早く。あたしのど乾いて死んじゃうよ」
「ばっ…のどって…」

すべすべしたお尻をペチンと叩いて駄々をこねる。
仰向けのまま美貴をじっと見つめているとおずおずと動き出した。
あたしの体に跨った美貴の裸身が徐々に上ってくる。
照れた表情とアンバランスなその行動に喉がゴクリと鳴った。

そしてキミは辿りついた。

「あ、あ、あぁぁぁぁ……いやぁぁあん……」

そこはすでにあたしの顔をびしょびしょにするほど濡れていた。
敏感な突起にキスをして外から中へ舌を這わせて流れてくるものを啜る。

「よっちゃん…よっちゃん…たすけ…あぁ…はあっはあっ」

バウンドする美貴の腰。太ももを両手で抱え込んで逃がさない。
鼻先を湿った毛先がくすぐっても舐めて吸って突き進んだ。

「やあぁぁぁっ……もうダメ!!ホントにもう!!!はぁ…あぁあんっ……」

見上げればいやらしく揺れる胸。
その先に快感に悶える美貴の顔。

じゅる。

恍惚な光を放つ唇にキスをしたくてたまらないと思うあたしは欲張りだ。
下にねじ込ませていながら上も塞ぎたいなんて。


もうダメ、とあたしの名前をうわ言のように交互に繰り返して美貴は果てた。


*****


「ねぇ…」
「………」
「さっきの話だけど」
「………」
「ねぇってば!」

あたしはキミの足の指を一本一本舐めまわすのに忙しいんだよ。
しゃぶるのにも忙しいんだから会話なんて求めないでよ、美貴。

「んんー?」

自分が塗ったペディキュアを確認しながら爪に舌を這わす。
指を口に含み吸い上げて舐めまわして美貴を味わう。

「ちょっと、この変態」
「んはっ!なんひゃとぉ!」

聞き捨てならない台詞に美貴を睨む。
小指を、含んだまま。

「ごっちんになりたいの?」

口の中に溜まった唾液に小さな小さな小指を絡めて味わう。
そうして全部の指にキスをしてから美貴の隣に寝転んだ。

「今は違う」
「じゃあブラックパンサーになりたい?」
「あは。それいいね」

美貴の手があたしの髪をゆっくりと撫でる。

「あたしは吉澤ひとみだよ」
「知ってる」
「人間だし」
「それも知ってる」
「ブラックパンサーにはなれない。もちろんごっちんにも」
「………」
「あたしはあたしだもん。なんにもならねぇよ」
「………」
「美貴、あたしのこと好き?」
「好きだよ」
「あたしがあたしだから好き?」
「よっちゃんがよっちゃんだから、美貴は好きだよ」
「よかった。あたし…あたしでよかったよ」

少しして、美貴はあたしの唇を求めてきた。
このときの美貴の顔をあたしは誰にも見せたくない。
表情だけでイッてしまいそうになることは美貴には内緒だ。

「んっ…よっちゃあぁん…」
「美貴…」

キスをしているとひとつになったような気がする。
この瞬間、美貴があたしに溶け込んで一体となるような気が。


あたしは吉澤ひとみだ。


あたしを形成するすべての要素は間違いなくあたしで変わりようがない。
でもほんのわずか、5%くらいは藤本美貴の浸入を招き入れて細胞が溶け込む。


そしてあたしは95%の吉澤ひとみになる。










<了>


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