洞窟かあるいは鍾乳洞の中で






ゆらゆら揺れていた。
目の前がゆらゆらと揺れていてやがてそれはぐらぐらに変わって
やばいなと思ったときにはふらふらしていて気づいたときにはふわふわしていた。

「ばっかじゃないの」

洞窟の中にいるみたいな気分だった。
聴こえてくる声はたしかに聞き覚えのある声であたしの耳に届く前なのか
届いてからなのか知らないけどやたらと響きまくっていた。
まるで素敵なアイテムを探しに入った洞窟の中のように。
あるいは鍾乳洞の中をカメラ片手に歩いてるみたいに。
どっちにも入ったことはないけどたぶんこんな感じなんだろう。

「美貴、入ったことあるよ鍾乳洞。沖縄で」

得意気に言われてもべつに羨ましくはなかった。
それよりなぜあたしの思ってることがわかったのだろう。
きっと美貴はあたしの心が読めるんだ。考えてることがわかるんだ。
そこに愛があるからとか愛ゆえにわかるとかそういうレベルの問題ではなく
きっと美貴はエスパーで超能力者で(両者の違いがわからない)ひょっとしたら地球外生命体で
特殊能力を持っているからあたしの考えてることがわかるんだ。
だから例え相手があたしじゃなくても見抜けるし先回りして答えられるし
言い当てられるし察してくれるし希望を叶えてくれるんだ。

「さすがに希望は叶えられないよ」

それはよかった。
あたし以外の人間の希望なんて叶えなくていいし見抜かなくても
察しなくてもそもそも見たり喋ったり相手にしなくてもいい。
地球外生命体の友達だったり組織から一緒に逃げ出したエスパー仲間だったら
仕方ないからいいけど。そう「思う」と美貴は笑った。

「エスパーでもないし超能力者でも地球外生命体でも、あとなんだっけ?とにかく違うよ」

違うらしい。あたしは相変わらず洞窟かあるいは鍾乳洞の中にいる。
アイテムは見つからないしかと言ってモンスターにも会わないし
シャッターチャンスもこれといってない。

「よっちゃん気づいてないの?全部声に出てるよ」


ゼンブコエニデテルヨ


暗号のような呪文のような言霊のような美貴が唱える言葉がやはり響いていた。

「のぼせてるんだか酔っ払ってるんだかわかんないね、まったく」

洞窟かあるいは鍾乳洞の中にいるあたしは奥へ奥へと手探りに進んでは
暗闇と光が交互に訪れる不愉快な反射に目を傷められて
たぶん眉間にしわを寄せていてそれはきっと気分的にはなんとか海溝ほどに深くて底知れない。
せっかくだからゆらゆらと揺れながらなんとか海溝に落ちてやろうじゃないか。
洞窟かあるいは鍾乳洞の中を後にした。

「長風呂もいいけどほどほどにしてよね」

なんとか海溝では美貴の声が反響して何重にもダブって聴こえた。
まるで美貴が何人もいるよう。
美貴と美貴と美貴と美貴と美貴と美貴がいてあたしがいる。
膝枕してくれる美貴と爪を切ってくれる美貴とミカンを剥いてくれる美貴と
迎えに来てくれる美貴とシーツを替えてくれる美貴とずっとあたしを抱いている美貴がいて
ずっと抱かれているあたしがいる。
美貴の太ももを撫でるあたしがいる。ん?太もも?

「よっちゃーん。これ何本かわかるー?」

ゆらゆらと揺れる美貴の指。
頭の下に美貴の太もも。
思考の先にはやがて訪れるかもしれないなんとか海溝の底の底。
沈没船にでも遭遇したら美貴のために宝物を探そう。
頬や額を交互に行き来する冷たい感触はちらと見えた白さから行っておそらくタオル。
タオルを握る美貴の細い指とその先の腕を辿るとちょっと目を細めた美貴の顔があって
反対側の肩から伸びる腕の先にある手と指がゆらゆらと揺れている。

「ダメだこりゃ」

ゆらゆらと揺れているのは美貴の指だけじゃなくてあたしの頭と地球。

「おやすみ、よっちゃん」

目を閉じて太ももを撫でたらゆらゆらが消えた。










<了>


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