いしかーなんて






いしかーなんて嫌いだ。



「よっちゃんお行儀悪いよ」

ごはんとサッカーだったらまず間違いなくサッカーだ。そんなの決まってる。
だからあたしの意見も聞かずにさっさとテレビを消してしまういしかーは嫌い。
シュートシーンに興奮してごはん茶碗をひっくり返したところでサッカー観戦は終了。
真っ暗なブラウン管に映ったのはあたしの不満顔といしかーの笑顔。

「ちゃんと座って食べなさい」

大体にしてその言い方はおかしい。いつのまにごはんの時間になっていたんだ。
もとからあたしはごはんなんて食べてないんだから立ち上がってテレビを見ながら
クッションを蹴ったってなんの文句も言われる筋合いはない。まったく。
華麗なゴールシーンを再現することのほうが今は先決だってのに。

「はい、あーん」

いしかーなんて嫌いだ。

あたしが怒ってることに気づいているくせになにもなかったかのようにまた笑う。
差し出された黄色い物体からはいい匂いがするから仕方なく食べてやるけど。
勢い余ってひっくり返したごはん茶碗はすでに元通りになっていた。
いつまでたっても甘さが一定しないたまごやきはいつも新鮮に感じる。

「おいしい?」
「おいし」

よく噛んで食べなさいと言われる前に飲み込んでやった。





いしかーなんて嫌いだ。

「ダメダメ。まだ泡ついてるでしょ」

自分で食べたものは自分で片付けなさいなんてお母さんみたいな口調で言われても。
べつに好きで食べたわけじゃないんだぞ。片付けやすいように全部平らげただけ。
食器洗いなんていつだってできるから今しか見れないサッカーを見るべきなんだ。
いしかーだってクイズ番組がサッカーで潰れなかったら見てるくせに。ずるい。

「もうっ。やっぱりよっちゃんはお皿拭いて」

泡まみれの手からみるみるうちに泡がなくなってちょっとだけ寒い気がした。
いしかーが洗った皿を端から拭きあげて、ちょっと落としそうになったけど
しっかり棚に閉まって今ならまだ間に合うかもとロスタイムに望みをかける。
水滴が残る皿は見なかったことにしてクッションを蹴りやすいように並べた。

「よっちゃん耳貸して」

いしかーなんて嫌いだ。

引っ張られる力にそれでも少しは抵抗したけどしぶしぶその場に寝転んでやった。
髪を耳にかけられて、息がかかるくらい顔が近づいてきたのを確認して目を閉じた。
耳の中を動く感触に力が抜けてしまう。綿はいつもくすぐったい。

「きもちいい?」
「きもひい…」

目の先にあるはずのクッションはきっと蹴られるのを待っていたはずだ。





いしかーなんて嫌いだ。

「そんなにパソコンばっかりやってると目が悪くなるよ」

ゴールラッシュのスコアだけを見ても、当然ながらさっきの興奮は蘇らない。
ピカピカと光る4とか5とかの数字はあたしになにも見せてはくれないから。
後ろで仁王立ちをしてるいしかーに電源を落とされる前に慌ててシャットダウン。
ため息は古いパソコンが息を切らすプチッという音に消されて聞こえなかった。

「きっとニュースで流れるよ」

他人事だと思って無責任なこと言っちゃってくれる。でもそっか、その手があったか。
新聞のテレビ欄を見てニュースの時間を確認。念のために携帯のアラームもセット。
いしかーに言われなくったってニュースがあることくらい知ってたんだからな。
べつに頭とか撫でられなくったってそんなこと最初からわかってるんだからな。

「お風呂入ろ?髪洗ってあげる」

いしかーなんて嫌いだ。

忘れっぽいあたしがニュースを見逃さないようにアラームまでセットしたっていうのに
すぐにそうやって大切なことから引き離そうとする。勝手になんでも決めてしまう。
教えなくてもかゆいところがわかるらしい10本の細い指を器用に動かすんだ。
いしかーは自分の長い髪よりもあたしの髪を洗っている時間のほうがずっとずっと長い。

「かゆいとこない?」
「ない、と思う」

断言するのは、癪だった。





いしかーなんて嫌いだ。

「もう遅いからね。ほら、よっちゃん」

意思とは無関係に上のまぶたと下のまぶたがひっつきそうになってきた。
あたしはそんなの許してない。まだダメだ。ダメだ。でもいしかーはとっくにお見通しらしい。
つるつるのシーツとシーツの間に滑り込んで片側に寄ったらニュースのことを思い出した。
迷うひまもなく諦めた。もうどうでもいいや。ニュースもサッカーも。なんでも。

「ちょっと待ってね」

テレビを見損ねて、インターネットも邪魔されて結局ニュースまでも。
我慢できない眠気もいしかーも、あたしの気持ちなんてこれっぽっちもわかってない。
最初からわかろうとしないのか、わかってるうえでやってるのか。タチが悪いんだ。
頑張って片目を開けたらさっきセットしたアラームを解除してるいしかーが見えた。

「はい、おいで」

もぞもぞと近づいて両手でぐいっと引き込まれた先には柔らかい感触といつもの匂い。
いしかーはあたしの頭をこれでもかとぎゅうぎゅう自分の胸に閉じ込める。
この無駄にデカイ胸はあたしにこうするためにあるんだ。絶対に、間違いない。

「おやすみ、よっちゃん」
「ん…」

いしかーなんて嫌いだ。

抱きしめられて眠ることを覚えたあたしは抱きしめられない夜がイヤだ。
仕事やなんかで一緒にいられない日はたまらなく寝つきが悪いし夢だって怖い。
あたしの体をいつのまにかそんなふうにしてしまったいしかーの責任は大きい。
いしかー自身はあたしを抱きしめない日もちゃんと眠れている?そんなのイヤだ。イヤだ。



だからいしかーなんて嫌いだ。
あたしにこんなことを思わせるいしかーなんて嫌いだ。

いしかーなんて。





「おはよう、よっちゃん」
「はよぅ」

朝イチバンにキスをしてくれるいしかーなんて。
目が覚めたとき笑っていてくれるいしかーなんて。

「もうちょっとこうしてようか」
「うん」

二度寝の誘惑よりも甘くて気持ちイイいしかーの胸の中。

「今日も好きだよ。昨日も今日も明日もよっちゃんが」
「ん…」
「ちゃんと言って」



いしかーなんて。





「好きだよ」










<了>


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