I WISH






「あたしI WISHが嫌いになりそうだよ」

コンサートの初日を無事に終えて、心地よい疲労感を連れてよっすぃとともに帰宅した。
ご飯を食べて、お風呂に入って、ぼぅっとテレビを眺めつつマッタリしていたら
ふいによっすぃがそんなことを呟いた。

「どうして?」
「だって、身が持たないよ」

そう言ってよっすぃは私の肩に頭を預けてきた。
彼女にしては珍しく甘えモードみたい。
普段は私がお姉さんぶるのを許さずにああしろこうしろなんて、
命令口調でふんぞり返って満足してるけど、今日はちょっと違う。
甘えたいのかな。

「れいななんてもうすでに半ベソでさ、そんなん見たら…」
「よっすぃも泣いちゃう?まだ初日だよー?」

弱々しい声が耳もとで響く。
表情は見えないけどどんな顔してるかなんてお見通し。
普段は強がっちゃってなかなか涙を見せないあなただけど、今日はやっぱりちょっと違う。
泣きたいのかな。

「かっこ悪いね…あたし」
「うん、かっこ悪い」
「ひっでー。そこはかっこ悪くなんてないよとか、
 かっこ悪いよっすぃも好きだよとか言うところだろー」

よっすぃが体を揺らして笑うからその振動が肩をとおして体中に伝わってくる。
長年の経験から、そのリズムがネガティブなものではないとわかって私はホッとした。

「でも本当はI WISH大好きでしょ?」
「まあね。辻加護のこととかあの頃のこととか、いろいろ…思い出すからね」
「いろいろあったわよねぇ」
「いろいろあったねぇ」

本当にいろいろあったな。言葉でなんて表せない。
いろんなことが起こっては通り過ぎて、ときに置き去りにして今がある。
かっこつけたがりで意地っ張りで、でも昔から私のことを一番大切にしてきてくれたよっすぃが
今こうして私の横で私に体を預け、甘えている。
この瞬間のために今までいろんなことがあったのかもしれない。

「大体あの演出がよくないんだよな」
「なによ突然」
「だってあれじゃ泣いてくださいって言わんばかりだよ!」

思い出したように大きな声を出すよっすぃがちょっと面白かった。
泣きそうになった自分がよっぽど許せないんだ。
言い訳しようとしてるのが手に取るようにわかる。
かっこいいとか悪いとかどうでもいいのに。本当に子供なんだから。
「かっこ悪くなんてないし、どんなよっすぃだって私は好きなんだよ」なんて
言わなくてもわかってるくせに。

「私は嬉しいな。思い出の曲で、みんなに見送られて」
「それは…まあそうだろうけど…」

ゆっくりと階段を降りきったそこには新リーダーとサブリーダー。
二人とも昔から変わらない笑顔で私を迎えてくれる。
よっすぃわかってる?あなたよりも誰よりも、一番泣きそうなのは私だってことを。

「だからI WISHのときはちゃんと私の顔見てね」
「見てるよー」
「うそ。目が合ったときさりげなくそらしたでしょ。
 泣きそうになったんだなってすぐにわかったよ」
「うぐぐっ…」
「泣くのはかっこ悪いことじゃないよ?」
「そうかぁ?やっぱかっこ悪いよ…ま、でもぼちぼちね。頑張る」

私の肩に乗っていた頭がするすると下降していつものポジションに収まった。
横になったよっすぃは目をつぶって「うーん」と気持ち良さそうに伸びをする。
私のお腹に鼻をこすりつけると頭を乗せた太ももを咬むそぶりをして、悪戯っ子のように笑う。
私はその様子を眺めながらよっすぃの髪をいつものように撫でて、
彼女の悪戯が過ぎるときは時々ほっぺをつねったりわき腹をくすぐったりして報復する。
それはとてもゆったりとした時間で、ふいに涙が落ちてしまいそうなほど当たり前な私たちの日常。

「ちゃんと私のこと見ていてね」

そう漏らした私をよっすぃはちょっとの間じっと見つめて、
それから体を起こしてやさしくキスをした。
唇から伝わってくるのは口下手なあなたの愛情。
それは言葉にするよりもよほど私の胸をいっぱいにして、愛が溢れてくる。

「強いね、梨華ちゃんは」
「そんなことないよ」
「I WISH歌いきるんだもん、やっぱ強いよ」
「だってまだ初日じゃない。よっすぃってばおっかし〜」
「初日とか関係ないっつの」

そういうことじゃないもん、なんて言いながら私の腰に両手をまわして、
ぐりぐりとお腹に顔をこすりつけるよっすぃ。
もしかして泣いてるの?なんて言ったら余計に泣いちゃうかな。
めったに見れない泣き顔を見たい気もしたけど今だけはそっと泣かせてあげよう。
こうして背中を撫でながら。あなたの泣き顔がかわいいことを思い出しながら。



「それにしても美勇伝はなんつーか、えーっと、あれだよな」

ひとしきり泣いてからなにごともなかったかのようにまた仰向けになったよっすぃは、
泣いたことに私があえて触れないのが決まりが悪いのか、唐突に話を変えた。
普段は美勇伝のことなんかほとんど話さないのに。
バツが悪そうに鼻の頭なんかをポリポリとかいて、あーとかえーとか話題を探すのに必死みたい。

「なんつーかえーっとなんなのよ」
「うん、あの〜ほら、あ!そうそうあの胸はすごいよな」

ピクリ。

こめかみのあたりの血管が反応した。
『あの』っていうことはもちろん私の胸のことじゃないわよね。
話題の選択を誤ったことにバカなよっすぃは気づいてない。

「だってさ、振りがこう胸を強調するようにこれでもかって…」

たまに美勇伝の話をしてくれると思ったらこれだもの。
さっきまでの甘い空間はどこに行っちゃったの?
私が無言でいることにまだ気づかないの?

「いや〜。あれで17?17だっけ?マジですごいわ。うん」

バカ。胸ばっかり見てないで私のことを見なさいよ。
頑張ってるんだから。頑張ってるねってよっすぃに言ってもらいたいのに。
このバカでエッチな恋人はそういうところが鈍感っていうか素直っていうか…。
でもそういうところも含めて全部好きって思っちゃう自分のほうに、むしろ呆れちゃう。

「あとあれ、なんつーんだっけああいうの。チェッ。言葉が出てこないや」
「舌打ちしないの」
「だって思い出せないんだもん。ここまで出掛かってるのに」
「今度は誰の胸よ〜」
「いや胸じゃなくて…」

天井を見ながら両手を宙にさまよわせて、
身振り手振りで私に伝えようとするけどさっぱりわからない。
そろそろ足がしびれてきたから頭の位置変えてほしいなぁ。
それか左側に移動してくれないかな。
さりげなくよっすぃの頭をぐいっと押してそろそろと座り直してみたけど、
喉もとまで出掛かった言葉を探すのに必死なよっすぃは全然気づかない。
相変わらず両手をバタバタさせたり自分のこめかみをぐりぐり押したりして、思い出そうとしている。

「よっすぃ〜。足しびれちゃったからこっち、移動して」
「はいはい」

クソー思い出せねーとかなんとかぼやきながら体を起こして、
ハイハイしながら私の両足を乗り越えるよっすぃ。
難しい表情が貼りついたキレイな顔が目の前を通り過ぎようとしたその時、
「あ、思い出した」と言ってよっすぃはくるっとこちらを向いた。

「凛としてるよね、梨華ちゃん。まさに美勇伝って感じ?それが言いたかった」

…バカ。誉めるならちゃんと誉めるって言ってからにしてよ。
突然そんなふうに言われたら嬉しいっていうか恥ずかしいよ、よっすぃ。
私をこんなにドキドキさせてることに気づかないで、左側でまたゴロンとして
私の太ももをナデナデなんてしちゃってるんだから…
よっすぃってホントにバカ。バカで鈍感でエッチ。

「でもそこが好きなのよねぇ…」
「ん〜?」

目をこすりこすり私の顔を見るよっすぃ。
垂れ気味な大きな瞳がいつも以上に垂れて、眠たいのを我慢している顔。
いつもはいろんな話をしてるうちに私の膝枕でスヤスヤと寝息を立てて
気持ち良さそうに眠っちゃうけど、今日はやけに頑張っている。
今日という日を終わらせたくないみたいに、よっすぃは寝るのを拒んでいる。

「ふわぁぁぁ〜。マコト大丈夫かなぁ」

口もとをむにゅむにゅさせながらあくびをして、
インフルエンザの後輩を心配してるけど眠かったら寝ていいんだよ?
私はなぜだか目が冴えちゃって全然眠くないけど、
一緒にベッドに入ったら眠くなるかもしれないし。

「もうちょっと、こうしていたい…」

立ち上がりかけた私を手で制してから、よっすぃは珍しく
懇願するような殊勝な口調で私のお腹にまた顔を埋めた。
それならと私はやっぱりよっすぃの髪を手で梳きながら、
露わになった耳をいじってみたりする。

「今さらだけど髪切りすぎじゃない?」
「ん〜?だって梨華ちゃんが切れっつったんじゃん」
「そんなこと言ってないでしょー。
 自分がフットサルのときに邪魔だからって切ったくせに」
「あれ?そうだっけ。たしか言われたような気がしたんだけどな…」
「それ誰と間違えてるの?」

私のお腹のあたりを犬のようにくんくん嗅いでいたよっすぃの動きが止まる。
なにげなく言った言葉なのにどうやら彼女には思い当たる節があったらしい。
よっすぃにそんなこと言うのは一人しかいないじゃない。
考えるまでもない。もう、本当にやんなっちゃう。

「美貴ちゃんでしょ」
「ギクッ」
「ギク、なんて口に出さないでよ」
「いや出さなきゃわからないかなって」
「よっすぃにとってはわからないほうがいいでしょう?この場合は。ホントにバカなんだからぁ」
「どうせバカだよっ」

フンッなんてそっぽ向いちゃってるけど立場が逆でしょ?
この場合は私が怒るところなんだから。
まったく、本当に、バカ。それともこれって作戦なの?
うやむやにして私に怒る気を失くさせる作戦だったとしたら…
危うく引っかかるところだった。

「そっかそっか。髪切れって言ったのはミキティだったかぁ」

やっぱりこの人はとんでもなくバカ。
作戦なんて考えているわけがない。思っていることを言っただけ。
そんなところが素直でもあんまり嬉しくないんだけどな。
むしろそういうところは隠してほしいのに。
でも裏を返せば後ろめたいことがないから言えるのかな。
なんて都合よく考えちゃうのは甘すぎかも。

「あー!美貴ちゃんで思い出した!」
「うおっ。なんだよ急に大声出して」

そうだ思い出した。すっかり忘れてたけど思い出した。
不思議そうな顔でこっちを見てるけど怒られる覚悟をしといたほうがいいよ、よっすぃ。
さっきまで忘れてたけど本当に怒ってるんだから。

「よっすぃ、ちょっと起きて」
「えぇぇ〜なんで〜?」
「いいから起きなさい」
「……ふぁい」

さっきまでよっすぃが触れていた場所から温もりが消えて少し寂しかったけど、
ちゃんと言わなきゃこの鈍感な恋人はわからないから仕方ない。
私だって毎回毎回こんなこと言いたくはないんだけど。

「よっすぃ、ピースのとき何してましたか?」
「ん…?ピース?えーっとえーっと…その〜」
「私の台詞のとき美貴ちゃんと抱き合ってたでしょ」
「う、うん…いやそれは…」
「バカ」
「ごもっとも」

私が青春の1ページって〜なんて言ってるとき、恋人は他の人とイチャイチャイチャイチャ。
その姿をちゃんと横目で確認しちゃう私がなんだかバカみたいじゃない。
遊びだってわかってても本当はすごく苦しいんだから。
そこのところわかってるの?よっすぃ。

「悪ふざけがすぎました。ごめんなさい」

正座をして深々と頭を下げるから結局は許しちゃう。
でもまだもうちょっと反省させないと。だって本当にイヤなんだからね。
美貴ちゃんとベタベタベタベタするの。しかも楽しそうなのが余計にイヤ。
だからまだ許したそぶりなんて見せてあげない。

「ごめんね、梨華ちゃん」

よっすぃもちょっとはマズイと思っていたのか、おそるおそる私の顔を覗き込んで心配そうな表情。
その目の端が赤々と染まっていて、さっきの涙の名残だとわかった途端に怒ってるポーズは終了。
やっぱり私って甘いのかな。

「もう怒ってないよ。だから…」
「わかってる。おいで」

こういうとき絶妙なタイミングで優しく抱きとめてくれるよっすぃは
もしかしたら鈍感なんかじゃないのかもしれない。
私のしてほしいことをちゃんと察知して、そのとおりにしてくれる。
よっすぃの腕の中でそんなことを思っているとふいに額にキスをされた。
唇が触れた場所が徐々に温かくなるのがわかる。

「梨華ちゃんの『愛しいあの人』はあたしだよね?」
「悔しいけどそうだよ〜」
「悔しいとか言うな。そっかそっか。ならいいんだ」
「なによ〜」
「んにゃ、なんでもな〜い」

お昼ごはんなに食べた?
なんて笑い合って抱き合いながら、私たちは静かな夜の闇に溶けていった。
夢の中で私はピースを歌っていて、台詞のときによっすぃを確認すると
相変わらず美貴ちゃんと遊んでいて、それは夢の中でも寂しく感じたけど
私のほうもちゃんと見てくれていたからやっぱり許してあげた。



『愛しいあの人、お昼ごはんなに食べたんだろ〜』



よっすぃが自分を指差してるのが見えて、私は大きく頷いた。










<了>


いしよしページへ




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送