この恋は命がけ






今日も今日とて石川さんは愛しの吉澤さんにベッタリ…といきたいところですが
どうやら石川さんの行く手を阻む者がいるみたいです。
なんとまあ勇気のある人がと思えばそこにいたのは
娘。内の影の権力者と囁かれている藤本さん。
その実力は年長者にいけばいくほど彼女の眼光から目を逸らしてしまうという
不思議な現象を起こすほどです。

実は藤本さんは五期メン以下には意外に慕われています。
かといって四期メン以上に嫌われているというわけではなく、
なんというか一目置かれている存在なのです。
とにかくそんな厄介な藤本さんが明らかに自分の邪魔をしようとしているので
石川さんはちょっと顔をしかめました。



「美貴ちゃん、そこにいられると邪魔なんだけど」
「美貴がどこにいようと勝手でしょ」
「そうだけど…そこはダメっ。ダメなのっ」
「なーんでさ」
「なんでってねぇ…」

石川さんは呆れて言葉が続きませんでした。
それもそのはず、藤本さんがいるのは愛しのダーリンの膝の上。
石川さんが怒るのも当然です。

こんな大胆なことができるのはハロプロ広しといえども、
ある人物を除けばここにいる藤本さんくらいしかいないでしょう。
吉澤さんを父親のように慕っているちびっこコンビならば
石川さんにとっても娘のようなものなのでさして気にはなりませんが、
明らかに女を全面的に出してきている藤本さんは別格です。
許すことなどどうしてできましょうか。

ましてや自分の指定席に堂々と腰を下ろして尚この発言。このふてぶてしさ。
石川さんが怒りを通り越して呆れるのも無理はありません。

「辻ちゃん加護ちゃんだってさっき座ってたんだから美貴が座ってたってべつに問題ないでしょ?」
「ののやあいぼんと美貴ちゃんは違います」
「なにがどう違うの」
「美貴ちゃんは不潔…じゃなかった不純よっ」
「ひどーい梨華ちゃん、いま美貴のこと不潔って言った〜」
「ち、ちがっ、ちゃんと言い直したじゃない。不純って」
「ひどーいひどーい。美貴不潔じゃないもん。ね、よっちゃんさん」
「うん。美貴はいいにおいするよ〜」

まったく興味なさげに雑誌のページをめくる吉澤さん。
自分のことなのに我関せずを貫いています。
惚れ惚れするほどいい度胸です。

一方の石川さんは肩をプルプルと震わせています。
これはひょっとしたら大変なことになるかもしれません。

「でもね」

突然雑誌から顔を上げて吉澤さんがはっきりと言いました。

「梨華ちゃんはもっといいにおいがするんだよ」

それを聞いた藤本さんと石川さんはポカーンとしています。
二人だけでなくまわりで密かに聞き耳を立てていたメンバーの方々も皆一様に同じ顔。
小川さんにいたっては口をポカーンと…これはいつものことでした。

そこにいた全員が呆然とする中いちはやく我に返った石川さんは
今度はうっとりとした目つきで吉澤さんを見つめ、またどこかにトリップしてしまいました。
吉澤さんはなんでもないことのように平然と雑誌を読んでいます。
自分の発言がいろんな人にいろんな影響を与えているとは知らずに。

「はぁ〜よっちゃんてそれ無意識なの?自覚あるんでしょホントは」
「う〜ん半々かな。とりあえずもう降りたら?
 これ以上からかったら冗談じゃ済まなくなるから。梨華ちゃんマジ切れしたら
 美貴はもちろんあたしやここにいるメンバー全員血の海だよ」
「えぇ〜まさかぁ」
「血の海は言いすぎだけどそれに近いことは起きるかも。
 ほら梨華ちゃんがあんなんなってるうちに降りたほうが身のためだって」

相変わらず石川さんは吉澤さんを凝視しています。
吉澤さんしか目に入ってないといった感じ。
それもなぜか涙目でウルウルしています。
胸の前で両手を握り締め時折ため息をつく姿はまさにキショ…ではなくて恋する乙女。
吉澤さんと藤本さんの会話も耳に入ってない様子です。

「ふうん。なんか納得いかないけどわかった。じゃ今度は梨華ちゃんがいない時にしよっと」

苦笑する吉澤さんの膝からぴょんっと降りて藤本さんは石川さんの肩をトントンッと叩きました。

「梨華ちゃーん、おーい」
「はっ!あ、あれ?美貴ちゃんいつのまに…」
「いつのまにじゃないよまったく。ほら空いたよ」

やれやれといった感じで藤本さんが石川さんの指定席を指差しました。
途端に石川さんの目がランランと輝きます。
吉澤さんは相変わらず雑誌に目を落としたままでしたが、
口の端が上がっているのでこのやりとりを聞いているのでしょう。
まわりのメンバーたちもそれぞれひと安心といった感じで胸を撫で下ろしています。



「やっと愛しのよっすぃーとぴったりまったりできるのね!!」

嬉々として吉澤さんににじり寄る石川さん。念願叶って吉澤さんの膝の上に…
と、その瞬間ものすごい勢いで楽屋のドアが開き眠そうな顔の人物が
だるそうな声で入ってきました。

「んあ〜よしこいる〜?あ、梨華ちゃんちょっと邪魔」
「ご、ごっちん」

そう、その人物は後藤さんでした。
前述のある人物とはまさにこの人のことです。
石川さんにとってはある意味藤本さんよりも厄介な人物です。
娘。を卒業して吉澤さんと物理的距離が生じたとはいえ、
吉澤さんのことにかけてはまだまだ後藤さんは健在なのです。

後藤さんは楽屋に入るなり真っ先に吉澤さんをロックオンし、
その眠そうな顔からは信じられないほどの機敏な動きであっさりと石川さんを押しのけ、
全員が呆気に取られているうちに吉澤さんの膝の上にすっぽりと納まってしまいました。
これには吉澤さんも驚きを隠せないようで、チラチラと石川さんの表情を窺っています。


楽屋に不穏な空気が流れ始めました。
ある者は早々と席を立ち楽屋の外に避難し、
またある者はその緊迫した雰囲気の中で身動きが取れなくなっていました。
そんな中、石川さんがゆっくりと動き出します。

「さっきから黙ってみていたら……フ゛ツフ゛ツ……どいつもこいつも……」
「え?なに?声がちっちゃくて聞こえないよ梨華ちゃん」
「邪魔ばっかりしやがって………フ゛ツフ゛ツ………ふざけんな………」
「梨、華ちゃん…?」

下を向いて呪文のようになにかを囁く石川さんに吉澤さんが恐る恐る声をかけます。
石川さんの異変に気がついた後藤さんはすでに吉澤さんの膝の上から、
というか来たときと同じ速さで楽屋を後にしています。

気づけば楽屋には吉澤さんと石川さんのほかには藤本さんしかいません。
なにが起きているのかイマイチ分かっていない藤本さんは、後藤さんが出て行くまで
ほかのメンバーがとっくに避難してることすら分かっていませんでした。
ですから後藤さんが去り際に藤本さんに残した、



『ミキティも早く逃げたほうがいいよ』



という言葉の意味もよく理解できていませんでした。
ただ石川さんから発せられる負のオーラに只ならぬものを感じていたので、
自然と後ずさりするような格好で楽屋の出口に近づいていました。

見れば吉澤さんの額からは汗がタラタラと流れています。
石川さんは相変わらず俯いてブツブツとなにかを言っています。
藤本さんがドアの前まで来たとき、突然後ろから腕を引っ張られました。

「藤本、早く!」
「や、矢口さん?」

勢い余って藤本さんが矢口さんの上に覆いかぶさるように倒れこみました。

その瞬間、





「ぬわんだっていうのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」





楽屋からものすごい超音波が藤本さんの耳に聞こえてきました。
それは聞こえてきたというよりも衝撃に近く、凄まじい威力です。
両手で耳を押さえていないと鼓膜が破けそうなほどの圧力です。
それはまた、先輩たちに促され藤本さんよりひと足早く外に出ていた
ゴロッキーズたちの表情を恐怖に凍りつかせました。

「藤本、ドア閉めて!」

矢口さんの悲痛な叫びは当然ながら藤本さんの耳には届きませんでしたが、
身の危険を感じた藤本さんは本能的にドアに体当たりをし、
その場にズルズルとしゃがみこみました。
今のは一体なんだったのだろうと藤本さんがやっぱりわけの分からないといった顔で
矢口さんのほうを見ました。

「間一髪だったな」
「さっきのは一体…?」
「石川の超音波の前じゃ耳栓も無力だから」
「えっ…じゃ、じゃあさっきのってまさか」
「タイミングが悪かったな。藤本の次にごっつぁんとはね。
 ま、たまにはこういうこともあるから藤本も状況見極めて動かないと
 耳だけじゃなく頭もやられるよ」
「梨華ちゃんって一体…あっよっちゃんは?よっちゃんまだ中ですよね?大丈夫なんですか?」
「よっすぃーはもう何回も聞いてるうちに慣れたっていうか麻痺したみたい。
 どっちにしても石川を止められるのはアイツだけだから命張ってでもいてもらわないと」
「そんなことって…」

絶句する藤本さん。
あの高音の圧力に慣れるということがあるのだろうか、
そんな人間がこの世に存在するなんて…ととても信じられない面持ちです。
藤本さんは自分の知らない世界を垣間見たショックと
先ほどの超音波の影響で腰が抜けたことすら気づいていませんでした。


憔悴しきって楽屋のドアに背中を預けている藤本さんの耳に、
吉澤さんの断末魔のような悲鳴が聞こえました。
中でなにが起きているのか藤本さんに知る術はありませんでしたが、
とにかく恐ろしいことになっているということだけは想像がつきました。
と同時に、もう吉澤さんに…というか石川さんに関わるのはよそうと固く誓う藤本さんでした。





一方楽屋では、吉澤さんが最後の力を振り絞って石川さんのもとに近づいています。
最初の衝撃で軽くふっ飛ばされた吉澤さんは次から次へと押し寄せてくる超音波の波の中、
ゆっくりと這うようにして進んでいました。
慣れたとはいえ耳の痛みはもはや限界にきており
頭もガンガンとハンマーで殴られたような衝撃でした。
しかしそんな中ようやく石川さんに手が届くところまで距離をつめ、
よろよろと立ち上がると吉澤さんは超音波の発信源を自らの口によって封鎖しました。


最初は抵抗していた石川さんも段々と表情を緩め、吉澤さんに応えます。
むしろ石川さんのが積極的な様子。
吉澤さんが石川さんの細い腰に両手をまわすと
石川さんも吉澤さんの首に腕をまわし時折髪に指を絡めました。


吉澤さんは石川さんの甘い唇を味わいながら、
命がけの恋ってこういうことなんだろうかと心に湧いた小さな疑問に頭をひねっていました。
そして段々激しさを増す石川さんの舌を味わいながら半ば朦朧とした意識の中で、





『命がけの恋カッケー』





と呟いていました。










<了>


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