ラブリー・リカ






梨華ちゃんはよくヤキモチを焼く。



「もうっ!なんなのよ、この口紅は」
「うぇ?えええ?」
「ほら、ここ!ベッタリついてるじゃない!!誰よ、こんなことしたのは!」
「あ、あの、その、えっと…」
「キィィィィィ!!!ひとみちゃんのバカっ」
「あぁ〜りがぢゃーん、行かないで〜」

バイトから帰ってきていつものようにただいまのキスをしたまではよかった。

梨華ちゃんはあたしの首に両手をまわして、おねだりするように見上げてきた。
すごく色っぽくて、可愛くて、その姿にあたしはいつもクラクラする。
細い腰を抱き寄せて「ちゅっ」だけじゃ満足いかない深いキスをした。

梨華ちゃんの唇はすごい。
あたしの唇にまるで吸いついてくるようにピッタリとフィットする。
しっとりしていて滑らかで、柔らかくてとても美味しい。
コンビニに売ってるどんなお菓子だって敵いっこない。
それくらい、すごい唇だ。

「ふぅんっ…はぁ…はぁ…」
「ただいま、梨華ちゃん」
「おかえりひとみちゃん。いきなり激しすぎだよ〜」
「梨華ちゃんのせいなんだからね」

苦しくしすぎちゃって薄っすらと涙を溜めてる梨華ちゃんの表情はいわゆる"そそる"ってやつだ。
我慢できなくて、いっただっきまーすとベッドに連れて行こうとお姫様ダッコをしたら…。

「ちょっと」
「へ?」
「なによこの襟元」
「えりもと?」
「口紅ついてる。しかもピンク。私の好きなピンク」
「えーと…」

そこで上の会話になったというわけだ。
会話というか梨華ちゃんが一方的にまくし立てて出て行っちゃったんだけど。

「りがぢゃーん!待って〜」

バカなあたしは梨華ちゃんの行き先なんて見当もつかない。
ヘタに動き回ったら自分が迷子になるから、迷わない範囲で知っている場所を探すしかない。
だからきっとあたしの行く場所に梨華ちゃんはいてくれてるはずだ。
おかしな理屈だけど自信があった。
梨華ちゃんがあたしの行けない場所に行くはずなんてないんだからと。

コンビニを3軒まわってようやく梨華ちゃんを発見した。
逃げようとするところを捕まえたらまたまくし立てられた。
ここでキスのひとつでもして落ち着かせたらカッコイイんだけどなと思う。
でもキィーキィー叫ぶ梨華ちゃんにそんなことしたら舌でも噛み切られそうだ。

逃げないようにぎゅっと抱きしめて口紅の言い訳をした。

コンビニのお客さんとぶつかったときについちゃっただけなんだよ。
誤解させちゃってごめんね。
嫌な思いさせちゃってごめんね。
あたしが好きなのは梨華ちゃんだけだよ。

そう言うと、梨華ちゃんの興奮も収まってあたしに謝ってきた。
嫉妬してごめんね。
ひとみちゃんが好きすぎてすぐにカーッとなるの、って。

誤解がとけて二人仲良く家路につく。
モミティーを買ってかわりばんこに飲みながら夜の散歩。
誰もいない路上でキスをして、ちょっとだけ照れくさくなりながら。
ヤキモチを焼かれるのも悪くないな、なんて思いながら。

手を繋いで帰る夜道はすごく幸せな気分だ。



*****



梨華ちゃんの笑顔はとびきり可愛い。



「ん〜、ん〜」
「さっきからなに唸ってんの?」
「ハチミツの瓶の蓋がね、固くて開かないの」
「貸してみ」
「おねがーい」
「ふんがっ!!」

スポっ!といい音がしてハチミツの蓋が開いた。
あたしにかかればざっとこんなもんよ。へへー。

「ひとみちゃん、ありがとう」

こういうとき、あたしの心臓は矢に打ち抜かれたような衝撃を受ける。
とっくに見慣れたはずの、ごくごく日常の「ありがとう」に添えられた笑顔が可愛すぎて。

あたしの目をまっすぐに見てニコっと笑うその表情にいつもいつもヤラられてる。
梨華ちゃんは自分の笑顔がどんなに威力があるのか絶対に気づいてない。
なんでもないことのように笑って、紅茶にハチミツなんて入れてるし。

あたしがこんなにもドキドキしてるっていうのに。
無自覚って罪だな、とよく思う。
こんな笑顔を向けられるあたしはとことん幸せ者だな、とも。


梨華ちゃんのはにかんだ表情もそれはそれは魅力的で可愛い。
髪を耳にかけながら照れたように笑うところも可愛い。
大人のような色っぽい視線で微笑んだかと思えば少女のようにも笑うから油断できない。
そんなに面白くない話でも、自分で話しながら笑い出しちゃうところも可愛い。
困ったように笑う梨華ちゃんだって抱きしめたくなるほど可愛い。


いろんなとき、いろんな場面で笑う梨華ちゃん。
記憶力が悪いバカなあたしだけど、梨華ちゃんの笑顔はすぐに思い出せる。


「ひとみちゃんも紅茶飲むよね?」
「うん」
「美味しいね」
「うん、梨華ちゃんがいれてくれたからすごく美味しい」
「そーお?」
「そうだよ。さすが梨華ちゃん」
「褒めても何も出ませんからねー」
「ちぇっ」

でもあたしたちはこうしていつも一緒だから思い出す必要なんてないんだけどね。
だって梨華ちゃんはいつもいつも(怒ってるとき以外)あたしに笑顔を見せてくれているから。



*****



梨華ちゃんはたまに泣く。



あたしのように大きな声をあげて子供みたいに泣くときもあれば、そうでないときもあった。
子供みたいに泣いている姿はあたしの胸をきつく締めつけて居た堪れなくする。
でもそうでないときのほうがずっとずっと厄介で、そして哀しい。

声を押し殺して泣く梨華ちゃんを、あたしは一度しか見たことがない。
コンビニのゴミ箱の横で膝を折り曲げて、自らの体を抱くようにして泣いていた。
すすり泣くようなその声は誰も寄せつけない空気を纏っていた。
とても哀しい泣き声だった。


もう、あんな姿は見たくない。


梨華ちゃんの家は本人曰く普通の、ごくごく平凡な家庭だったらしい。
お父さんがサラリーマンで、お母さんはパートがない日はよくケーキとかクッキーを焼いていたそうだ。
お姉さんは短大を卒業してようやく決まった勤め先で毎日忙しく働いてた。
妹は入学したばかりの高校で部活に励んでいた。
犬の散歩は交代制だったけど、熱帯魚の水槽を掃除するのはお父さんの役目だったらしい。

ある日突然、そんな日常が梨華ちゃんの前から消えた。
大学の友人たちとの旅行中に訃報が知らされた。
家族で食事に行った帰りに交通事故に巻き込まれたそうだ。
梨華ちゃんの家族は梨華ちゃんを残してあっけなく死んでしまった。

梨華ちゃんは大学を辞めて、家族と暮らしてきた家を売った。
犬と熱帯魚は親戚に引き取ってもらって狭いアパートに移り住んだ。
家族の思い出がいっぱいつまった家でひとり過ごすのが耐えられなかったのかもしれない。
梨華ちゃんは言わなかったけどたぶんそうなんじゃないかと思う。

そうしてしばらく何もせずにひとりぼっちで過ごしていたらしい。
梨華ちゃんは夜が来るたびに泣いていた。
でも壁の薄いアパートだったから隣に迷惑がかからぬようにと声を押し殺して泣いていた。

そのうち梨華ちゃんは泣くことに疲れて夜はコンビニに行くようになった。
とくに何をするわけでもなく、興味のない雑誌を立ち読みしていたそうだ。
暑い日はアイスを買って外で食べ、寒い日はそれがおでんや肉まんに代わった。

あたしはいつからかそんな梨華ちゃんを見ていた。
コンビニに行くたびに気になって仕方なかった。


ゴミ箱の横で泣く梨華ちゃんにハンカチを差し出したそのとき、あたしはもう恋に落ちていたのかな。


泣き止んでほしくてハンカチを出した。
それを梨華ちゃんは受け取ってくれた。

それがあたしたちの始まりだった。



あたしは梨華ちゃんが二度とあんな風に泣かないよう守りたい。
寂しい思いをさせないよう笑わせたい。
ずっと一緒にいるからと安心させたい。
不幸にも先に旅立ってしまった家族にかわって、あたしの愛を捧げたい。

でもあたしはバカだから加減を知らない。
好きの想いが強すぎて時々オーバーヒートしてしまう。
自分自身が抑えきれなくなって梨華ちゃんを困らせてしまうことも…たまにある。
だから梨華ちゃん、これからも覚悟してよね。

「なによぉー。ニヤニヤしちゃって」
「べっつにー」
「どうせエッチなことでも考えてたんでしょう」
「ちっげーよ!梨華ちゃんが可愛いなって思ってたんだよ」
「……バカ。急に真顔で言わないでよ。恥ずかしいんだから」

あたしの愛する梨華ちゃんは笑ったり泣いたり怒ったり忙しい。
でもいつもいつでもめっちゃ可愛い!!



そんな梨華ちゃんがあたしはだいだいだいだいだいすきだーーー!!!










<了>


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