セプテンバー・イン・ザ・レイン






コンビニでバイトを始めてから、ひとみちゃんは雨が好きになった。

「雨の日はお客さんあんまり来ないからラクなんだよね〜」
「それ中澤さんの前で言っちゃダメだよ?きっと怒られるから」
「もう怒られた」

しょぼんと肩を落とすひとみちゃん。
目には見えない真っ白なしっぽがクタっとなって床を撫でている。

「また怒られちゃったんだ」
「ほらここ、たんこぶになってない?」

長くて綺麗な人差し指が指し示す先はその指の持ち主のつむじ。
中澤さんがまたゲンコツを落としたのだろう。
指とその先、つむじをまじまじと見つめた。
もちろんたんこぶの有無を確認するためではない。

「ひとみちゃん、生え際が黒くなってきたからそろそろ染めよっか」
「えーヤダヤダ。めんどくさい」
「でも染めなきゃプリンになっちゃうよ?みっともないって言われちゃうよ?」
「あたしみっともない?梨華ちゃんもそう思ってるの?」
「え…そ、そんなこと……」

思ってるけど。

「ううん、違うの。私はね、ひとみちゃんがみっともないなんて思ってないよ」

嘘。ホントは思ってます。
プリン状態の髪はものすごくみっともない。

「じゃあいいじゃん。梨華ちゃーん、大好き〜」
「ぁんっ…もう、ひとみちゃんどこ触ってるのよ〜」
「んへへ。どこってお尻?かなぁ」
「やぁん。ちょっと待って待って。まだ話が…」
「んふふ〜。梨華ちゃんの太ももすべすべ〜」
「あ、あぁんっ…って、ひとみちゃん!待て!!」
「わん!」

良い返事と同時に唇が重なる。
軽くキスをしてからひとみちゃんは私の瞳を覗き込んだ。
なんて無邪気な顔なんだろう。何も考えてなさそう、とも言う。

自分で待てなんて言っておきながら体はしっかり反応していた。
軽く落とされたキスに、勝手な私は不満がたっぷり。
そもそもこの体勢がいけないのよね。

「ん、ちょっと…」
「あーダメダメ!梨華ちゃんなに降りようとしてんのさ!!」
「や、なんか近くて話しにくいなぁって…」
「んなことないです!こうやってピッタリくっついてたほうが話しやすいんです!」
「そうかな」
「そうです!むしろ声がよく聞こえますから!」
「なんで"ですます調"なのよ…」
「顔がほら、チュッてすぐキスできる距離だから。表情もよく見えるでしょ?」
「ひとみちゃんさっきから私の胸から下しか見てないじゃない…」
「へ?何か言った?」
「ううん。まあそれはいいの。でも重いでしょ?私、上にずっと乗ってて」

ベッドにもたれて足をデーンと伸ばして座るひとみちゃんの上に向かい合わせで座っている私。
両足を腰に巻きつけて、手ももちろんひとみちゃんの長い首に巻きついている。
さっきからずっとこの体勢。
ひとみちゃんがバイトから帰ってきてからだから…かれこれ1時間近いかも。
ピッタリするのは好きだけどさすがに心配になる。

「ぜーんぜん。だって梨華ちゃんチョー軽いもん。ほらほら」
「キャッ!ちょ、ちょっとひとみちゃん揺らさないで〜」
「ほらほら〜軽い軽ーい」
「やぁん」

ひとみちゃんが私の腰を掴んで前後に揺らす。
バランスを崩そうになって思わずしがみついた。
ひとみちゃんの体が揺れるたびに私も揺れて…その、あたっている部分がこすれて……。
これは、ちょっと、なんか、ヘンな気分、になる。

「ほら…はぁはぁ、梨華ちゃん、すごく…軽い、よ……」
「ひとみちゃん……もう、そんなに…あぁんっ揺らさない、で……」

調子に乗ったひとみちゃんは馬鹿みたいにさらに揺らすから自然と息が切れていた。
私は私でヘンな気分になっちゃって、ひとみちゃんとは違う意味で息が荒くなる。

「なんか…梨華ちゃん、えっちぃね…」
「はぁ…はぁ…あんっ……そんなこと…」
「揺らさないで、なんて言いながら…自分で動かしてるでしょ、腰」
「そんな、ことしてない…もんっ……んっんっはぁんっ」
「ほら、だんだん熱くなってきてるよ、ここ…」
「やぁんっ!!はぁ…んっ…ひとみちゃんダメぇ」
「もしかしてヌレヌレ?すっごく感じちゃってるんだ」
「だってぇ…ひとみちゃんが、そういうコトするんだもん…あぁんっ…いやぁん」
「いやじゃないくせに〜可愛いなぁ、梨華ちゃん」
「うぅ…もう!ひとみちゃんのばか…」
「はいはい。ちゃんとやろうね」

いつのまにか重さなっていた唇。
さっき不満を覚えた軽いものじゃなくて濃厚で激しくて苦しいキスを交わす。
キスの激しさとともに下半身に伸びてきたひとみちゃんの指の動きも早さを増す。
息苦しさと下半身の刺激から逃げるように体が仰け反った。
そんな私を逃がすまいとひとみちゃんはしっかりと私を抱き寄せる
侵入してくる指が激しい快感を連れてきて…。
頂点に達しそうになったとき、さらに体が仰け反ってひとみちゃんの首に必死に捕まった。

「んっ…はぁはぁ…んん、やっ…あぁぁぁぁーーーー」

柔らかい皮膚に爪が食い込むのを感じながら、ゆっくりと意識が遠のいていた。





気づくとベッドに寝かされていた。
目の前にまたつむじが見えた。生え際だけ黒くなった、みっともない髪。
その髪の持ち主、つまり私の恋人が私の胸を舐めまわしているのも見える。

「あぁん…ひとみちゃん何してるのよぅ……」
「ふぇ。あ、りひゃひゃん、おひた?」
「あんっ」

喋りながら器用に舌を動かして、乳首を転がすひとみちゃん。
どれくらい眠っていたのかはわからないけど朝ってことはないと思う。
でもカーテンが閉まっているから外の様子はわからない。
つけっぱなしの電気がひとみちゃんの白い肌を照らしていた。

「んん、ひとみちゃん…いまって朝?」
「んにゃ。まだ夜だよん。梨華ちゃんが寝てたのって10分くらいだもん」
「あ、そうなんだ」

そんなに短かったんだ。もっと長い時間眠りについていた気がする。
まだ頭はぼんやりとしていて意識が覚醒していない。
胸を優しく揉みながら、ひとみちゃんが私の顔を覗き込む。

「へへ〜。梨華ちゃんのおっぱいやらか〜い」
「もう…いたずらっ子なんだからぁ…」
「乳首は固いけどね。ビンビンしてる」
「ひとみちゃんのせいでしょう?」

徐々に意識がはっきりとしてきて、胸を弄られている刺激で下半身が熱くなる。
私の瞼や鼻の頭や唇、首筋に鎖骨、そして胸の谷間とキスを落とすひとみちゃん。
乳首を口に含み、ピチャピチャと音を立ててすごく美味しそう。

ねぇ、私のカラダ美味しい?
ひとみちゃんはずっと私のカラダを美味しく感じてくれる?
ずっとずっと飽きることなく私を食べてくれる?

声には出さずに髪に指を絡めて強くそう問いかけた。
ゆっくりと顔を上げたひとみちゃんは聞こえてるはずなんかないのにニッコリと笑って。
そして舌をお腹に這わせておへそのまわりをペロペロ舐めていた。
その姿がまるで帰る家のない野良犬のように見えて愛おしさがこみあげる。

「好きだよ、梨華ちゃん…」
「ん…私も……」
「梨華ちゃんが誰よりも大好きだよ…」
「ひとみちゃんが、一番………あ、プリン」

頭を抱き寄せようとして目に飛び込んできたプリン状態の髪。

「梨華ちゃんはあたしよりもプリンが好きなの…?」

野良犬が目を潤ませて唇を噛んでいる。
ああ、こういう顔すごく好き。
堪えきれないっていう顔。でも泣くまいと頑張ってる顔。
本人は気づいてないけどすごく、すごく色っぽい表情になる。

「違う違う。ひとみちゃんの髪のことだよー。やっぱり染めなきゃダメだね」
「なーんだ、そっちか。一瞬アセっちゃったよ」
「そういえば染めたほうがいいよって話してたのになんでこんなことになったのかしら…?」
「もういいじゃん。早く続きしよーよ」

と言いながら再び舌を出す野良犬はさっきまでの涙もどこへやら。
ニヤニヤしながら私のカラダ(しかも胸から下)を見下ろして舌なめずり。
プリンになった髪は野良犬っていうより雑種みたいで、なんだかもどかしくなる。

「ダメダメダメー!」
「ええぇ〜なんで〜」
「やっぱり髪をちゃんと染めなさい!」
「ヤダよぉ。梨華ちゃんはみっともないって思ってないんでしょ?さっきそう言ったよね?」
「う…そ、それは」
「……さっきのは嘘だったの?」

再び可哀想な野良犬モードに早変わり。
イヤらしく私の胸から下を見ていた目が突然うるうるするんだからずるいと思う。

「ち、違うの。あのね、私はホントにみっともないなんて思ってないよ」
「ホントに?」
「うん。ホントホント」

目を閉じてるときはね、と心の中で付け加える。

「でも私はそう思ってなくても他の人がみっともないって指差すかもしれないでしょ?」
「他のヤツなんていーよ、べつに」
「でもでもバイトでお客さんにコソコソ言われたりチラチラ見られたりしたら気になるでしょ?」
「う、うーん…それはたしかに、そうかも…」
「影で言われるならまだしもレジのときとかに『プッ』って噴き出されたりなんてしたら最悪でしょ?」
「うわぁ!それはヤダヤダ。あたし泣いちゃうかも!」
「でしょでしょ?だから笑われないうちに染めな」
「またカオリンとえりりんに慰めてもらわなきゃ、あたし怖くてレジに立てなくなっちゃうよ」

はい?今なんて言ったのかしら。このバカ犬は。

「レジに立てなくなったらバイトできないし、そしたら…うわー、ピアス買えないジャン」
「ちょっと、ひとみちゃん?」
「せっかく慣れてきてお釣りもたまにしか間違えないようになったのに」
「慰めてもらわなきゃ?ですって?」
「商品の陳列だって、自分の好きな順じゃダメなんだって習ったばかりなのに」
「今『また』って言ったわよね?」
「掃除するフリしながら立ち読みする技も覚えたのに」



「ひとの話を聞けーーーーーーーーーーー!!!!!」



「うぎゃあああああ」

耳を引っ張って、思いっきり叫んだらひとみちゃんがベッドから転がり落ちた。
床で頭を抱えて唸るバカ犬になんて問い質そうかと起き上がって考える。
ベッドの上で腕組みをしてひとみちゃんを見下ろした。

「り…が……ぢゃ、ん……ひど…い」

喉の奥から搾り出したようなか細い声。
眉間にしわを寄せて「なんだよもう〜」なんて不満も漏らしてる。
でも私をチラっと見て怒っていることを確認するとものすごい速さで正座をした。

「梨華ちゃんごめんなさい!」
「ねぇ、ひとみちゃん。私がなんで怒ったかわかってないでしょ?」
「うん!」

元気いっぱいのいいお返事はとっても場違いだってこともわかってない。

「りんりんコンビに慰めてもらったの?どんな風に?」
「りんりんコンビってなあに?」

もう!りんりんって言ったらバイトの人たちのことでしょ!
いつもひとみちゃんの口から出るあの2人よ!
私がたまにコンビニに行くと「五百円の人が来た〜」とか失礼なことを言う2人のことよ!
さっさとどんな風に慰めてもらったか言えーーーーーー!!

「ああ、カオリンとえりりんね」
「そうそう。そのりんりんよ」
「りんりんって言い方なんか可愛いね〜」
「そんなことはどうでもいいの!!キイィィィィーーーー!!」
「わわ、梨華ちゃん落ち着いて」

カーっとなってベッドの上で両手を振り回したらバランスを崩した。
ひとみちゃんが慌てて支えようとするけどひと睨みしたら手を引っ込めた。
いつもの、ホントに呆れるくらいいつものパターンに我ながら飽き飽きする。

「えっと、その、慰めてもらったっつってもアレだよアレ、そんなたいしたことじゃ」
「アレってなによ」
「梨華ちゃん声ひくいよ〜こわいよ〜とくに目がこわいよ〜」
「………」
「いや、ホントたいしたことじゃなくて…」
「………」
「…頭ナデナデしてもらったり『元気だして』とか励ましてもらったりするだけです!」
「………」
「り、梨華ちゃん?」
「……はぁ〜」
「ごめんね。怒ってる?ものすごく怒ってる?ごめんなさい。すみません。許してください」
「べつに、怒ってなんか…」

ものすごく怒ってるけど、でもやり場がない。
だって真剣に謝るひとみちゃんをこれ以上怒ることなんてできない。

「ちょっと、ヤダなぁって思っただけだもん」

ちょっとどころじゃなくヤダ。
ひとみちゃんの頭をナデナデしていいのは私だけだもん。
どんなにプリンでみっともなくったって触れていいのは私だけなんだもん。
ひとみちゃんが気持ちよくなるようにナデナデできるのは私だけなんだもん。

それに励ますことだったら絶対に私が一番上手いはず。
ひとみちゃんを元気にできるのは私だけだって、思いたい。
落ち込んでるひとみちゃんを笑わせることができるのは私だけなんだから。

いじいじと裸の膝を指でつついてると髪にふわっと柔らかい感触。
顔を上げると優しく微笑むひとみちゃんが私の髪を撫でていた。

「うん、ごめん。あたしも梨華ちゃんが別の誰かにこうされてたらヤダなぁって思う」
「ひとみちゃん…」
「あたしの、だもんね。梨華ちゃんの髪に触っていいのはあたしだけだもんね」
「うん…」
「あたしの髪も梨華ちゃんのものだよ。だから他の人には触れさせないよ……これからは絶対」
「私の、なんだ…」

このプリン状態の髪は。

「ひとみちゃん…」
「それじゃ、あらためまして続きを…」
「染めて」
「へ?」
「髪、ちゃんと染めてね。私のなんだからいいでしょ?」

途端に泣き喚きながらヤダヤダと駄々をこねるひとみちゃん。
裸だからいろんなところが見え隠れしてるけどそんなのお構いなしで転げまわっている。
と思ったらドタバタが止んでいいことを思いついたとばかりにニヤっとした。

「あ!ダメだ、あたし今さっき誓ったばかりだもん。この髪は梨華ちゃんしか触らせないって」

マイッタマイッタ、なんて嬉しそうに言っちゃって。
全然参ってないじゃないない、もう!

「たとえ美容師さんと言えどもね、梨華ちゃんのものだから触らせるわけにはいかないよね。うんうん」
「それなら大丈夫。私が染めてア・ゲ・ル」

唖然とするひとみちゃんにバチっとウインクをして立ち上がった。
うん、そうだそうだ。最初から私がやればいいのよね。
なんで今まで思いつかなかったんだろう。
愛するひとみちゃんのことなんだから、私がやってあげなくちゃ。

ヨシと両手を握りしめて頷くと、なぜかひとみちゃんは青くなっていた。
いつまでもそんな格好してるから冷えちゃったのかな?
もうすっかり秋なんだから気をつけないと風邪ひいちゃうよ?

「ひとみちゃーん、風邪ひかないように服着ようね」
「はぁ…梨華ちゃんこそおっぱいブラブラさせてないでなんか着たほうがいいよ…」

そういえば!
やだっ、私ってば。ひとみちゃんのこと言えないじゃない。
二人してオソロイのパジャマに身を包み、いそいそとベッドに潜り込む。

「じゃあ、明日はバイト帰りにカラーリング剤を買ってきてね」
「ホントに梨華ちゃんが染めるの…?」
「もっちろん。この私にまっかせなさーい」
「激しく不安……」
「なあに?ひとみちゃん」
「な、なんでもないなんでもないよ。明日は雨らしいからバイト暇だろうなぁ」
「今もちょっと降ってるっぽいね」
「え?!そう?」
「うん。ほら、音、聴こえない?」

ベッドの中でぎゅっと抱き合ったまま耳をすませる。
ひとみちゃんの心音とともにしとしとと降る雨音が微かに聴こえてくる。

「ね」
「うん、ホントだ」

この雨がひとみちゃんのバイト中もずっと降っていればいいな。
中澤さんには悪いけど、お客さんがあんまり来なければいいって思う。
そうすればバイト中でもひとみちゃんがメールを返してくれるから。

「てことは、明日はバイト中でも梨華ちゃんにメールが返せるね」

中澤さんも大目に見てくれるし、と付け加えておでこにキスをしてくれた。

そんなに寒くもないのに身を寄せ合って雨の音をずっと聴いていた。
秋の夜長に降る静かな雨の音は一定のリズムで眠りを誘う。

明日もちゃんと降ってね。
絶対に降り続いてね。

私とひとみちゃんを繋げる雨がずっとずっと降り続けばいい。



ひとみちゃんがバイトを始めてから、私も雨が大好きになった。











<了>


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