プリーズ・プリーズ・ミー






「あたしたちっておかしいのかな?」

バイトから帰ってきて開口一番、ひとみちゃんは突然そんなことを言った。
手にはいつものようにたくさんのお弁当やおにぎりや、パンやお菓子を抱えて。
こんなにもらっても結局は食べきれずに捨ててしまうのがほとんどなのに。

「いきなりどうしたの?」
「今日、ていうか最近けっこう言われるんだよね。おかしいって」
「誰に?何がおかしいの?」
「バイトの人たちみんなに。店長にも。あたしたちがおかしいって」

おかしいって私も含まれてるの?それ。ひとみちゃんだけじゃなくて?
なんだかとっても心外だわ。失礼しちゃう。

「ひとみちゃんが言われるのはわかるけど、なんで私まで…」
「あーっ!なんだよそれー。自分だけマトモぶっちゃってさ!」

マトモぶるって。ぶってないでしょ、べつに。
おかしいのは…というかおバカさんなのはひとみちゃんだけなんだから。
私とひとみちゃんをセットにするのはいいとしても、そこだけは譲れない。
だって、おかしくなんてないもん。私はマトモだもん。

「具体的に何がおかしいって言われたの?」
「えっとね、なんだっけな…そだ!五百円制がおかしいって」
「え゛」
「梨華ちゃん?」

余計なことを突っ込んでくれたわね、あの人たち…。

「夫婦でも親子でもないのにお小遣いをもらうのはおかしいって言うんだよ。そうなの?」
「そ、そんなことないわよ〜」
「あんね、あたしが財布持ってないって言ったらみんなびっくりしてた」
「へ、へぇ〜」
「梨華ちゃんに渡して、そこから五百円もらってるのっておかしいのかなぁ?」
「ど、どうかしら…」
「フツーの恋人はそんなことしないんだって」

もらってきたお弁当をモグモグ食べながら、首をひねって考え込むひとみちゃん。
箸を口にくわえて腕組みして、ああ、またあぐらなんてかいちゃってお行儀が悪い。
おかしいのかなぁ、なんてブツブツ言う彼女はやっぱり、とっても、可愛らしい。

「ひとみちゃんってよくモノを失くすでしょ?」
「うん、そうだね。なんか知らないけどよくなくなっちゃう」
「傘だって雨が止んだらそのへんに置いてきちゃうもんね。降っててもなぜか失くすときあるし…」
「傘キライ。いざってとき両手がふさがってるの、イヤなんだもん」

どんなハプニングを想定して両手を空けておきたいんだろう。
要するに傘をさすのが面倒なだけなのよね。

「だからね、そんなひとみちゃんだから例えば財布をどこかに落としてきちゃうこともないとは言えないでしょ?」
「たしかに」
「だから私が預かってるんだよ」
「なるほど」
「なるほどって…今まで疑問に思わなかったの?」
「全然」
「そう…」

おバカさんとか、そういう問題じゃないような気がしてきた。
生きていく上での危機感?ていうか常識?とにかくいろんなものが足りないのかも。
やっぱりこれからも私がついていてあげなくちゃ。

「五百円で足りないときはいつでも言ってね」
「くれるの?!」
「当たり前でしょ。もともとひとみちゃんのお金なんだから。いつだって自由に使えるんだよ?」
「そっか。じゃあ四千円チョーダイ」
「……何に使うの?」
「デ○ルマンのフィギュア買うの。カッケーやつ」

フィギュアって人形よね?買って何に使うのかしら。飾り?それって楽しいの?
大体そんなものが四千円もするなんてそっちのがよっぽどおかしいじゃない。
ひとみちゃんがウソをついてるとかそういう話じゃなくて、四千円の価値があるのかっていう問題。
それにどうせ買って満足したらすぐに飽きちゃうんだろうな。

「ひとみちゃん…デビル○ンって、あの怖い顔の人よね…」
「ん?まあ怖いといえば、たしかに怖いかな」
「私ちょっと苦手かも…。夜とか目が合っちゃったら怖くて眠れなくなっちゃうよ」
「そっかぁ。じゃあ机の中にでもしまっておくよ」
「バカ。それじゃ買う意味がないでしょ」
「あ、そっか。んじゃ買うのやめる。四千円はやっぱりいいや」
「そう?ごめんね、ひとみちゃん。また欲しいものがあったら言ってね」
「べつにいいよ。梨華ちゃんが怖い思いするなんて、そんなのイヤだから」

私の肩を抱いて、心持ち低い声でそう囁くひとみちゃんはカッコイイ。
自分のかっこよさを良くわかっている人だから、得意の流し目で私を誘惑したりする。
そんなひとみちゃんにうっとりしながら、口のまわりについたごはん粒を取ってあげた。

とりあえずデ○ルマンの件はこれで解決。

「お腹空いてきちゃったなー」
「ひとみちゃんってば、お弁当食べたばかりじゃない」
「ううん。そうじゃなくて………梨華ちゃんを食べたい」
「きゃっ」

その場に押し倒されたと思ったらひとみちゃんが熱いキスをしてきた。
貪欲な舌がすぐに私の舌を絡めとり、息もつかせぬほど性急に動く。
流れ出る唾液が私の顎を伝い、首を濡らす。
その唾液を一滴も零すまいと、ひとみちゃんの舌が首筋を這う。

「くぅ…はぁっ…」
「梨華ちゃんのイイ声がスキ…」
「やぁんっ…こ、声だけなのぉ…?」
「んーん。ここも、そこも、あんなところもぜーんぶスキだよ。梨華ちゃん大スキ」
「あぁあ…ひとみちゃぁん…」

ひとみちゃんが私の体の至る所に次々とキスを落とす。
そのたびに私の口からはイヤらしい声が漏れる。
感じている証拠だね、とひとみちゃんはとても嬉しそうに笑う。

いつだって、私はどうしようもなく感じてしまう。
たとえ触れるだけのキスだけだとしても。
ひとみちゃんが触れるだけで、私は………。

「んっんっ…あ、はぁあんっ…ああぁぁぁぁーーっ」

私の心も体もひとみちゃんでいっぱいにしてほしいの。
いつもいつでも溢れさせて。感じさせて。
私を愛して、可愛がって、ひとみちゃんの腕の中に閉じ込めていて。
乾く間がないほど、ずっとずっと私を満たしていてほしいの………。





「今日はいつもより声が大きかったんじゃない?」
「そう?」
「うん。なんとなく、いつもより乱れていたような気がする」
「やだっ、恥ずかしい」
「なんだよ今さら〜」
「だって〜」
「梨華ちゃんカワイー」

終わったあとのまったりトーク。
この時間はいつも穏やかな幸せを感じる。
ひとみちゃんが髪にキスをするたびに私の口許は綻ぶ。

「ところでさっきの話しだけど」

ああん。やめないで。
どんな話か知らないけど私の髪をもっと撫でていて。
もっともっとキスしてよ。

そんな私の願いには気づかず、ひとみちゃんはアルトな美声を響かせる。

「あたしのバイト代が梨華ちゃんの口座に振り込まれるのっておかしいの?」

あ、その話なのね…お金の話はもういいわよ…。
中澤さんが余計なこと言ったのかしら。まったくもう!

「だって、ひとみちゃん郵貯しかないじゃない。中澤さんが銀行じゃないとダメって言うから、
 とりあえず私の口座に振り込んでもうらようにしたんでしょ?」
「そうだったっけ」
「そうだよ。ひとみちゃんの毎月のお給料はちゃんと私の口座で預かってるから心配しないでね」
「心配はしてないよ。ただ店長がさ、『ホンマに石川の口座でええんか?』とかしつこく聞くからさ」
「………」
「しかもなぜかすごーく可哀相な子を見るような目であたしのこと見てくるし」
「………」
「で、時々『ちゃんと食べさせてもろてるか?』って言って、こういうのくれるの」

後ろから私を抱きしめた状態で、よっすぃは目の前に広がるお弁当の山を指差した。

「あたしってもしかしてすごーく同情されてるのかな」
「そ、そうだねぇ………」
「なんでだろう」
「な、なんでだろうねぇ………」

お弁当やお菓子を大量にもらってくるのはそういう理由だったのね…。
もうっ!中澤さんってば私たちの関係を絶対誤解してるんだから。

「変なことばかり言うんだから、中澤さんは」
「あ、でも店長だけじゃないんだよ。えりりんとかカオリンとかにもたまに言われる」

えりりん?カオリン?
なあに?それ。新種の生物?

「あたしたちはこーんなに愛し合っちゃってるのに、皆なんか変な誤解してるんだよなぁ」
「ひとみちゃん」
「梨華ちゃんが好きで好きでたまらなくてバイト中も梨華ちゃんのことばっか考えてるよ〜」
「ひとみちゃんってば!」
「キスしたいなーとかエッチしたいなーとか…」
「ひとみちゃん聞いてーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「うぎゃあ!!」

そんなに叫ぶほどびっくりしなくても…。
ひとみちゃんが一人で喋り続けるから少し大声を出しただけなのに。
あ、腕枕してもらってるから位置的にマズかったかしら。耳にダイレクトだったかも。

「キュイーンってしてる…耳が…キュイーン……」
「えりりんとかカオリンってなあに?ひとみちゃん」
「あ、梨華ちゃん…お願いだからその声のボリューム保っててね」
「ひとみちゃんが質問に答えてくれたらね」
「も、もちろん。えりりんもカオリンもバイトの先輩だよ〜。えりりんはあたしより年下だけどね」
「ふーん…なんか気安い呼び方」

新種の生物かと思ったらバイトの人なんだ。そっか。
りんりん言っちゃってばっかみたい。変なのー。

「2人ともすっごく優しくいろんなこと教えてくれるんだ」
「そう。よかったわね」
「カオリンは綺麗だしえりりんは可愛いんだよ〜」
「ふうん」
「店長もよく見たら美人だし、うわっよく考えたらすごいコンビニだ」
「………」
「しかもあたしがいるときたもんだ。最強じゃん」

ウシシなんて笑うひとみちゃん。悔しいけどそこは否定できない。
そうなんだ、そんなに美人で綺麗で可愛い子がいるんだ。
いつもコンビニ行っても店員さんなんてまじまじ見ないから気づかなかったけどそっかそっか。
ふうん。

「よかったね、ひとみちゃん」
「へ?なにが?」
「優しい先輩に囲まれて。心配してもらったりお菓子もらったりして」
「へへへ。あたしってラッキーガイでしょ」

ガイは男だよ…ひとみちゃん。ラッキーガールって言いたかったのかしら。
ひとみちゃんが男でも女でも私はかまわないけど、そんなこと外では言わないでね。

「ふぁーあ。そろそろ寝よっか?」
「イヤ!もう一回して」
「え?も、もう一回?」
「うん。もう一回するの。私を愛して欲しいの」
「どうしたの梨華ちゃん。さっきのじゃ物足りなかった?」

カオリンにえりりん。それに中澤店長。
ひとみちゃんのまわりにいるこの人たちは要注意人物かもしれない。
バイト中、いくらひとみちゃんが私のことを考えていても私はそばにいない。
ひとみちゃんのそばにいるのは、私以外の…美人で綺麗で可愛い人たち。

「ううん、そんなことないよ。ひとみちゃんすごかったもん」
「でしょでしょ?エッヘン」
「でももっと欲しいの。私のこと好き?」
「好きだよ、もちろん」
「私もひとみちゃんが好き。だからお願い…」
「うん。いいよ。もっと梨華ちゃんを喜ばせてあげる」

私がひとみちゃんをどんなに好きでも、ひとみちゃんが私をどんなに好きでも不安なの。
私以外の人の名前を口にしないで。すごくツライの。すごく寂しくなるの。
私以外の人のことを考えないで。私だけを見ていてくれなきゃイヤなの。



だからお願い。ずっとこうしていて。
片時も離れたくないから、いつまでも私を喜ばせていて……。










<了>


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