ラブ・ミー・ドゥー






「ひとみちゃん、何これ?」


いつものように笑顔で出迎えてくれてほっぺにチュッ。
靴を脱いで手を繋いでリビングまで行くと…
大量のお菓子とパンやお弁当の山までもが私を迎えてくれた。
それを見た私の第一声が上のもの。「何これ?」としか言いようがない。

「やだなぁ、梨華ちゃん。見ればわかるじゃーん」

ううん、ひとみちゃん。見てもわからないから聞いてるの。
ついでにそんなにニコニコしてる理由も聞いていい?

「これどうしたの?」
「ふふふ。実はねぇ…」

まさか、とは思うけど万引きしたの?
毎日のように通っているあなたの大好きなコンビニでとうとうやっちゃったの?
ああ。言ってくれればよかったのに。こんなことになる前に一言でも。
いつものように五百円あげたのに。奮発して千円だってあげたのに。

「ひとみちゃん!」
「は、はいっ」
「なんてことしたの!もうっ、バカ!!バカバカバカバカバカ!」
「えぇ〜。なんで?なんで?なんであたしがバカなの?」
「バカだからバカって言ってるんじゃない!このバカ!」
「うわっ、ひど。バカって言うほうがバカなんだよ」


だから梨華ちゃんのがバーカ


な、なんですってぇぇぇ!キーッ!
いつもいつも私に面倒ばっかりかけて世話焼かせてるくせに。
一人じゃご飯も食べられないし、「ど」がつくほど方向音痴のくせに。
電話も苦手だから出られないし、人見知りが激しいどころじゃないくせに。

私がいなきゃなーんにもできないくせに。バカ、ですって?!

「ひとみちゃん、ちょっとここに座りなさい」
「なんだよ〜」
「いいから!」

腕組みをしてキッと睨んだらひとみちゃんはものすごい速さで座った。
背中を丸めて正座なんかしちゃって。いつもよりちっちゃくなったみたい。
大量のお菓子とパンとお弁当をどかして…あ、食玩まであるじゃない。
とにかく私が座るスペースを作ってひとみちゃんと正面から向き合った。

「正直に答えるのよ?ひとみちゃん」
「梨華ちゃんどうしたんだよ〜。そんなに怒った顔しちゃってさ」
「ひとみちゃんのせいでしょ!」
「あたしまた何かしたっけ…?それよか梨華ちゃんは笑ってるほうがかわいいよ」

やだっ、ひとみちゃんったら〜。かわいい?私ってかわいい?
そんなこと言うひとみちゃんのが絶対、誰が何て言おうとかわいいんだから。

緩やかに波打つ茶色の髪をフリフリさせながら私の顔を覗き込むその瞳に
いつもいつでも吸い込まれそうになる。吸い込まれて溶けてしまいそうに。
ハッと気づくとなぜかひとみちゃんの腕の中。
あぁ、私またやっちゃったんだ。

「梨華ちゃんは甘えたさんだね〜」
「ち、違うの。ひとみちゃんがいけないの」

そんな子犬みたいにウルウルした瞳で私を見つめるから。
前髪を揺らせて小首を傾げて覗き込むから。
プルプルした美味しそうな唇をしてるから。

「梨華ちゃん…」
「ひとみちゃん…」

抱きしめる腕に抗えず近づいてくる唇を受け入れようとしたそのとき。
視界に入ってきた大量のお菓子と(以下略)。
私は再びハッとした。こんなことしてる場合じゃない。
大好きなこの人を犯罪者にしてしまったのは私の責任だもの。
もっとお菓子を買ってあげればよかった。
もっと一緒にコンビニに行ってあげればよかった。

「ひとみちゃんごめんね…」

ちゅっ

「人が謝ってるのにどうしてキスするのよぉ」
「だって急には止まれないもーん」

ちゅっちゅっちゅっ

「ひとみちゃ…。話を、話が先…んんっ」
「ダーメ。梨華ちゃんが誘ったんだからね」
「私がいつ…あぁん」

そういえば。先に抱きついたのって私だっけ。

「梨華ちゃん大好き…」

こうなったら私だって止まれない。
あっという間に脱がされた服を横目で見ながら熱っぽいため息をひとつ。
服越しに見えた大量の(以下略)はとりあえず忘れて。

「あぁんっ…ひとみちゃん大好きぃ…」

緩急をつけて襲ってくる快感に翻弄されながら身を落とす…。





終えて、肩で息をしている私。
対照的に涼しげで余裕のあるひとみちゃん。
どちらも共通しているのは、満ち足りた顔をしているということ。

「えへへ」
「もうっ」
「気持ちよかった?」
「そういうこと聞かないの!」
「だって気になるんだもん。気持ちよかったよね?ねぇ?」
「知りません!気持ちよくなんかないです!」
「ウッソだー。あんなに声出して腰振っ」
「ひとみちゃん?それ以上言ったら…」
「コワー。梨華ちゃんは笑ってるほうがかわいいのにぃ」

ん?その台詞、さっきも聞いたような…。
そうだ!忘れてたけど私、怒ってる途中だったんじゃない!
それなのになんで私たちこんなにマッタリしちゃってるのよ〜。裸なのよ〜。

「ひとみちゃん、そこに座りなさい」
「えー。もっとイチャイチャしてようよー」
「いいから座りなさい」
「ほーい」

ひとみちゃんがしぶしぶベッドから降りて、カーペットの上に正座した。
私も毛布をエイヤッとまくりあげてベッドの上に同じく正座。
ひとみちゃんを怒るときのいつもの位置関係で上から見下ろす。

「どうしてあんなことしたの」
「あんなことって?」
「五百円で足りないなら言ってくれればよかったのに」
「はあ?」
「ひとみちゃんがあんなことするなんて…私がいけなかったのね」
「ちょっと、梨華ちゃん?」
「私がもっとお小遣いをあげればよかったんだわ!ごめんねひとみちゃん…」
「五百円でも十分だけど…もしかして値上げしてくれるの?ヤッター」

ああ、このコはなんてバカなんだろう。

「ひとみちゃん、私の話ちゃんと聞いてる?」
「梨華ちゃんは一体何の話をしてるの?」
「あのね〜」
「それよりお腹空いたからご飯食べようよ。お弁当選り取りみどりだよ〜」
「だからその話をしてるんです!」
「へっ?これ?」

そうよそれよその話なのよ〜。ちゃんと聞きなさないよね!
ひとみちゃんが万引きしたもの、今からでも返しに行かなきゃ。
すっごく謝ったら許してもらえるかしら…。

「これね、バイト先でもらったんだよ〜。えへへ。大量大量♪」
「バ、バイト先?!」
「そう。あたしね、バイトすることになったの」
「どこで?!い、いつから?!」
「行きつけのコンビニ。昨日から」

行きつけのコンビニって…ひとみちゃんいっぱいあるじゃない。どれのことよ。

「一番品揃えがいいところだよ〜」
「それってどこのことよ〜。全然わからないんだけど」
「だからぁ、ここから一番近いところ」
「一番近いところって…もしかしてこの下?!」
「そう。一階。水曜でもジャ○プが残ってる貴重なコンビニなんだよ〜」
「へ、へ〜。それはそれはよかった、ね…?」
「うん。読み忘れたとき便利なのだ」

読み忘れ、ってことはべつに買うわけじゃないのね。
そういうところの無駄遣いはしないんだ、ひとみちゃんって。

「そっかぁ、バイトだったのね…」
「梨華ちゃんはどうして怒ってたの?」
「うん。てっきりひとみちゃんが万…な、なんでもないなんでもない」
「なんでもないの?」
「なんでもないよ〜」
「じゃあ、いっか」
「うん」

よかった、バカなコで…。
でもこんなおバカさんでバイトなんてできるのかしら。
それにいくら廃棄処分とはいえこんなに大量にもらえるものなの?
お菓子の山からポッキーを取り出してぱくぱく食べているひとみちゃんに聞く。

「昨日からなのにこんなにもらえたの?」
「そう。なんか知らないけどあたしのこと皆知ってて、持ってけって」
「毎日通ってたら知られてるのも無理はないよね…」
「あのね、梨華ちゃんのことも知ってるって。五百円の人って呼ばれてた」

ガックリと肩を落とした。五百円の人ですか。
いつもひとみちゃんに五百円だけだよ、って渡してるの見られてたのね…。
ポッキーを食べるひとみちゃんを見ていたら、ふと気づいた。

「お弁当やパンはわかるけど、お菓子がもらえるのっておかしくない?」
「なんで?」
「だってそんなに賞味期限切れにならないでしょ?普通」

よくは知らないけどお弁当やパンと違ってすぐに処分する必要なんてないよね?
お菓子はナマモノじゃないんだからこんなに一度に廃棄するのかな。

「あー、これね。これは買ってもらったの」
「は?買ってもらった?誰に?」
「バイトの先輩たち」

ちょっと、どころじゃない嫌な予感。

バイトの、先輩たちが、お菓子を、大量に、買ってくれた、ですって?

脳をフル回転させて記憶を手繰りよせる。
下のコンビニで働く人たちの人相を、特徴を。

サラサラの長い髪が綺麗なモデルさんのような長い足の女の人。
ショートカットでいつも元気いっぱい、はにかんだ笑顔がかわいい女の子。
関西弁でちょっと怖そうだけど美人な店長と思しき人。

こんな女の人たちばかりのコンビニでひとみちゃんがバイト、ですって?

「なんでバイトすることになったの?お小遣いあげてるでしょ?」
「あたしもいい加減なんかしないとなーって思ってて」
「だからってどうしてコンビニなの?しかも下の!」
「近いし、コンビニ好きだし、最高じゃない?お菓子もらえるし」
「お菓子は買ってもらったんでしょ!そんなの私が買ってあげるわよー!!」
「わわ。梨華ちゃん落ち着いて」

キーッと叫んで両手を振り回したらベッドから落ちかけた。
ポッキーを口に含みながらひとみちゃんが支えてくれる。

「変なところ触らないで!」
「いや、だって、今のは不可抗力でしょー」
「バイト辞めなさいよ!」
「なんで?」

理由なんてない。ただ嫌なだけ。すごく嫌なだけ。
ひとみちゃんが私以外の人からお菓子を買ってもらうのが許せないだけ。
ひとみちゃんが私以外の人と時間を共有するのが許せないから、嫌だから…。

「………」
「うん、わかった。辞めるよ」
「えっ?」
「梨華ちゃんがそう言うなら辞める」
「いいの?そんな簡単に辞めて…」
「よくわかんないけど梨華ちゃんが嫌なことはしたくないもん」

よくわからないのね…。でも嬉しい。すごく嬉しい。
ポッキーを反対側からポリポリ食べてひとみちゃんの唇に到着。
キスの雨を降らせたらひとみちゃんにギューっと抱きしめられた。

「ひとみちゃんとこうしてイチャイチャしてたいの」
「うん…」
「私以外の人と一緒にいるところなんて見たくない」
「ヤキモチ焼きだなぁ、梨華ちゃんは」
「だって、だって…」
「うん、わかってるよ。あたしもこうしてるほうがいいもん」

それにね、ひとみちゃん。こんなこと言ったら失礼だけど…
ひとみちゃんにバイトなんて勤まるはずがないでしょ。
朝は絶対に時間どおりに起きないし、約束の時間なんて守ったことないし。
夜は夜ですぐに眠くなっちゃうようなオコサマ体質のあなたが
バイトなんてできるはずないよ。基本的に時間にルーズなんだから。

それに私がいなきゃ何もできないでしょ、ひとみちゃん。
いつもテレビに夢中で、食事をするのだって忘れがちなんだから。
ご飯を炊くことさえできないあなたがバイトなんて、できるわけがないもの。
ごめんね、ひとみちゃん。でもバカにしてるわけじゃないのよ?
いつまでも私の手を煩わせてほしいから、今のままのあなたでいてほしいの。

「いっぱいバイトしてお金貯めて、オソロイのピアスでもプレゼントしたいなって思ってたんだけど、まあいっか」

え?それホント?

「いつもいつも迷惑かけてるからそのお詫びにって思ったけど」

オソロイのピアスを買ってくれるの?
そんな風に思っていてくれたの?

「でも一緒にいるほうがいいもんね。辞めますって言ってくる」
「ちょっと待って、ひとみちゃん」

立ち上がって服を着ようとしたひとみちゃんを制する。
きょとんとした顔にチュッとキス。にっこり笑って一言。

「頑張って働いてね」

唖然とするひとみちゃんをとりあえず放っておいて下のコンビニに電話した。
番号はお財布の中のレシートを見て確認。
ご挨拶ついでにひとみちゃんのシフトを聞いて時計としばしにらめっこ。

「もう一回しよっか?」
「う、うん…」

耳もとで吐息混じりにそう囁いたらひとみちゃんは真っ赤になった。
そしてふにゃっとだらしなく緩んだ頬にまたキスをしてベッドに押し倒す。

「バイトの時間までたっぷり愛してね」
「もっちろん!でもバイトしていいの?」
「ひとみちゃんがしたいならいいよ。店長さんにご挨拶もしておいたから」
「へへ。ありがと。でもあたしにできるかな?初日からいっぱいいっぱいだったよ」
「大丈夫。ひとみちゃんには私がついてるじゃない。ねっ?」
「そだね。まあいっか」

本気でちょっと何かが足りないおバカなこのコが、私は愛しくて仕方ない。
コンビニ好きで、お菓子好きで、私のことが大好きなひとみちゃん。
私とコンビニとどっちが好き?って聞いたときは三日三晩悩んで
結局どっちも選べなかったひとみちゃんだけど愛してくれているのはよくわかる。

私もたっぷりたっぷり愛を捧げるから、ひとみちゃんも頑張ってね。
オソロイのピアスのために。二人の愛の結晶のために!

あわよくばラブリング…なんて期待は、私の胸にだけ秘めておくことにしよう。










<了>


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