P.S. アイ・ラブ・ユー






バイトが休みの日は梨華ちゃんと過ごすことが多い。
というか、大抵の日は梨華ちゃんと過ごしているんだけど。
バイトが休みじゃない日も、雨の日も、給料日も。
中澤さんの何度目かのお見合いが失敗した日だって梨華ちゃんと一緒だ。

いつだってあたしのそばには梨華ちゃんがいる。
可愛くておっちょこちょいであわてんぼうの梨華ちゃん。
たまに怒るときはめっちゃ怖いけど、でもどんな梨華ちゃんもあたしは好きだ。
一緒にいられなかったらと思うと胸が苦しくなって呼吸が難しい。

今日はバイトが休みだから朝から梨華ちゃんの膝枕でごろごろしていた。
お尻を撫でると必ずほっぺを引っ張られて「メッ」て怒られる。
けどあたしは子供じゃないんだからそんな風に怒らないでほしい。

「子供じゃないから怒るの!」

梨華ちゃんはそう言うけれど、それってつまりどういうこと?
大人だから怒られるの?なんか納得いかない。

そうやって怒っていても、膝枕のときは必ず耳そうじをしてくれる。
あたしが耳そうじをしてもらうのが大好きだと知っているからだ。
自分ではうまくできないから梨華ちゃんにやってもらう。
梨華ちゃんはフワフワの綿でコショコショくすぐって気持ちよくしてくれる。

いつだったかあたしが耳かきを踏んづけて折ってしまったときがあった。
すごくショックだった。
これじゃもう梨華ちゃんに耳そうじをしてもらえないと思った。

すごく泣きたかった。

「どうしたの?ひとみちゃん」
「………」
「泣いてるの?お腹痛いの?何か嫌なことでもあった?」
「耳かき」
「耳かき?」
「折れちゃった」
「あっ…」
「うわあぁぁぁ〜ん。もう耳そうじできないよぉ〜」
「泣かないで、ひとみちゃん。大丈夫だから。ね、泣いたら目が腫れちゃうよ」
「ヒッグ…ヒッグ…ふぇ、ふぇえ〜ん」

目尻に溜まった涙を丁寧に拭いてくれて「大丈夫だから」と言われた。
そうして抱きしめられたり背中を擦られたりしているうちに少し落ち着いた。

あたしだってバカじゃない。
いや、バカだけど…ものすごいバカではない。
耳かきぐらい新しく買えばいいってことくらい分かってる。
でも違う。そういうことじゃないんだ。

「よしよし。ひとみちゃんお気に入りの耳かきだったもんね」
「うん…」
「これでいっぱい耳そうじしたよね」
「うん…」

何度も何度も耳そうじをしてもらった。
あたしと梨華ちゃんの思い出の耳かきだ。
耳かきが思い出ってちょっとどうなのって感じかもしれないけど、でもホントのことだ。
だからあたしは単純に悲しいんだ。
踏んづけて壊した自分が情けないんだ。

梨華ちゃんとの思い出を踏んづけてしまったようで…。

「大丈夫。これからもいっぱい耳そうじできるよ」
「ありがど…りがぢゃん」

こんなあたしの気持ちを梨華ちゃんはちゃんと分かってくれている。
抱きしめて甘やかしてくれる。
そーっとお尻を触ったらやっぱりちょっと怒られたけどいつもよりは全然だ。
その日は梨華ちゃんに包み込まれるように抱きしめられて眠った。



次の日、早速新しい耳かきがテーブルの上に置いてあった。

「ひとみちゃん、新しいの買ってきたよ〜」
「梨華ちゃん…」
「膝枕する?耳そうじしてあげようか?」

ちょこんと座った梨華ちゃんが自分のふとももをトントンと叩いてあたしを誘う。
右手に………プラスチック製の『どピンク』な耳かきを持って。




そんな色の耳かきはいやだあぁぁぁぁぁぁっ!!




「ひとみちゃん早く、早く」
「うぅ…なんでそんなにはりきってるんだよ…」
「だってピンクの耳かき可愛いんだもーん」

思い出はたちまちピンク色だ。
なんて言ったらものすごく甘ったるく聞こえるけど。

「おかゆいところございませんか〜」
「いえ、とくにないっす……」
「もぅ!ひとみちゃんってばノリが悪いぞ」
「どんなノリにしたらいいのよ」
「ふぅ〜〜〜」
「あっはぁんっ…」
「ひとみちゃん可愛い〜」
「い、息を吹きかけるなよぉ」

事実、甘いんだから仕方ない。
ピンク色でもまあいっか。
梨華ちゃんがすごく楽しそうだから、あたしも楽しい。



だからピンク色の思い出をこれからもどんどん作っていこうと思った。



*****



「ひとみちゃんひとみちゃんひとみちゃん!!!」
「なになになになんですかぁ〜?」
「あのね、あのね、すっごくいいもの買っちゃった!」
「梨華ちゃん興奮しすぎー」

だってね、ホントにすっごくいいものなんだもん。
興奮するなって言われたって興奮しちゃうよ!
興奮しすぎてブーツを脱ぐのもままならない。
ああ!なによこの脱ぎにくいブーツってば!

「興奮しすぎてハナ出てやんのー。ぶははは」
「え、ウソ。やだぁ…」
「はい。ティッシュ」
「ありがと」

玄関先でハンパに脱げたブーツをそのままに鼻をかむ。
その間にひとみちゃんが私の足からブーツを脱がしてくれた。
鼻をかんだティッシュを丸めて置いたらひとみちゃんがゴミ箱に捨ててくれた。
買物帰りの私から荷物を受け取りながら「いいものって?」と聞いてくる。

「うふふ。ひとみちゃんも興奮しすぎてハナ出しちゃうぞ★」
「キショいよ梨華ちゃん。いいからさっさと教えなさい」
「ちょっとキショいってなによー。あのね、さっきね、ある"モノ"と運命的な出会いをしたの!」
「……ある、"モノ"?」

綺麗に整えてあげた眉をしかめてひとみちゃんが腕を組む。
それは確実に疑ってる表情。
どーせロクなものじゃないんだろうって顔しちゃって。
これを見せたら大きな瞳をさらに大きくしてびっくりするに決まってるんだから。
ひょっとしたら泣いて喜んじゃったりなんかするかもね。

「じゃじゃーん」
「ん?なんだこれ」
「おそろいのピアスでーす!」
「えっと………」
「超可愛くない?すごい可愛いよね?」
「………」
「あれ?ひとみちゃん?」

予想どおり大きな瞳はさらに大きくなってるけれど…
これはちょっと予想とは違う反応。
泣いて喜んだりは…してなく、その顔は、なんていうか…驚愕?
あれ?なんかグーにした手がわなわなしてる?
どうしたのかしらひとみちゃん。

「ていうか…」
「ん?」
「なんだこのピンクのじゃらじゃらしたものはあああああ!!!!!」
「可愛いでしょ?」
「あ、あたしがこれつけるの?」
「違うよぅ」
「あ、違うんだ。よかっ…」
「つけるのは…わ・た・し・た・ち」

チュッと投げキッスをしたらデレっとした顔。
ピアスをつけてあげようとしたら途端に青ざめる。
ウインクしたらまたデレっと。
ピアスを近づけると眉が下がる。
もう!なによなんなのよ!!

「ちょっと待ってよ〜。いくらなんでもこれってキツくない?」
「全然キツくないよ。なんで?」
「なんでって…ピンクだし……じゃ、じゃらじゃらだし…」
「絶対可愛いから」
「ええぇ〜そうかぁ?」
「そうだよ!」
「うーん」
「ほら」

片割れを自分の耳につけてひとみちゃんに見せる。

「可愛い?」

小首を傾げてひとみちゃんに尋ねると肯定の意味を表すように頷いてくれた。
そのあとに「それは梨華ちゃんが可愛いからだよ」なんて嬉しいことを言ってくれちゃって。
でも私より絶対ひとみちゃんのが可愛いと思うんだけど。

「つけてみて」
「うーん」
「おそろいだよ?いや?」
「いやってことはないけど」
「とりあえずつけてみようよー」
「う、うん…」

すっかりロングヘアーになった髪を耳にかけてしぶしぶピアスを手に取るひとみちゃん。
プリンにならないようにちゃんと手入れをしているその髪はいつのまにかすごく伸びたね。
そういえば…私が言わなくても生え際の色を気にするようになったのはいつからだったろう。

「どう?」

耳をこちらに向けて照れくさそうに私に見せてくる。
ふと目に止まったひとみちゃんの爪は綺麗な赤色に塗られていた。
今日は午前中のシフトだったからお昼のあとに塗ったのかな?
マニキュアに凝りだしたひとみちゃんの爪がカラフルになったのはいつからだったろう。
誰に言われるでもなくバイトのときはしないと自分で決めたひとみちゃん。
まだまだ甘えんぼなところもあるけれど、いろいろ学んで成長して大人になったんだね。

「すっごく似合うよ」

お世辞でもなんでもなく、心の底から思った。
私の言葉に顔を真っ赤にさせて俯いたひとみちゃんがやっぱり可愛いと。
成長しても、おバカさんのままでもひとみちゃんは私が大好きなひとみちゃんだ。

「ほら、おそろい」
「うん……」
「いいでしょ?」
「ま、まあね」

本当はけっこう嬉しいくせに。
ぶっきらぼうに答えるひとみちゃんはすごく彼女らしい。
そういうところもやっぱり好きだなぁ…。

「ところで梨華ちゃん」
「なあに?」
「これいくらだったの?」
「え゛」
「まさかとは思うけど高かった?」
「う、う〜ん…私もう疲れたから寝るね。おやすみ」
「オイ。ちょっと待って。いくらだったのか言いなさい」
「わー、ひとみちゃんすっごく可愛い。ピアス似合ってるぅ。私たち可愛すぎて困っちゃうね」
「いいから答えなさい」
「………」

ひとみちゃんの耳を引っ張っておそるおそる金額を告げる。

「ぬわんだとぉー!!」
「えへっ」
「えへっじゃねー!ペアリング貯金を全部使ったのかー!!!」
「だってだって。可愛かったんだもーん」
「だもーんじゃねー!梨華ちゃんは大体普段から無駄遣いが…」

成長しすぎるのも、ちょっと困りもの。
こういうときは以前のようなおバカさんなひとみちゃんに戻ってほしいなぁ…なんて。

「まあいいじゃない。ペアリングはまたってことで」
「ぬわんだとぉー!梨華ちゃんがペアリングがいいっつったんだろうが!」
「だってピアスが可愛かったんだもーん」
「なんでそんな勝手なんだよー!!キィィィィィ!!」

自分で言うのもあれだけど…
ひとみちゃん、怒り方が私に似てきたよね…。

「梨華ちゃん!聞いてんの?!」

プリプリと怒るその耳に揺れるピアスが外からの光に反射して綺麗なピンク色をしている。
私の耳にあるピアスもきっと同じように揺れて綺麗なピンク色をしているんだろう。

「ハイハイ聞いてるって」
「ハイは1回でいいの!」

怒られているのにそのピンク色を共有しているこの時間がたまらなく愛しい。
一緒に共有してきたいろんな出来事が愛しい。
あなたといるこの時間が嬉しくて、そしてやっぱり愛しい。

いつでもどんなときでも愛してるよ。
これからもずっとずっと、ひとみちゃんを愛してる。
だから私のこともずっとずっと、愛して可愛がってね。

家族のことを思い出すとまだ切なくなるけれど私にはひとみちゃんがいる。
これからもきっと共有するであろう未来にも。

「人の話を聞けー!」
「ひとみちゃんしつこいよー。もう買っちゃったんだからいいじゃない」
「ムキィィィ!!うあっ…」
「あっ!ひとみちゃん鼻血。興奮しすぎだよー」
「ふぇ〜ん。りがぢゃーん」
「ティッシュティッシュ。垂れるから動いちゃダメだよ」
「うえぇぇぇ〜ん。血ぃでたー。怖いよぉー」
「もうっ。ひとみちゃん、泣かないの」

結局、私たちはいつまでたってもこんな調子なのかもね。
お互いが少しずつ大人になっても変わったり変わらなかったり。
未来の私はどんな気持ちで今日のことを思い出すのだろう。
隣に寄り添っているあなたと笑いながら話してるのかな。

「鼻血くらいで大騒ぎしないの」
「だってだって。血ぃだよ?真っ赤だよ?怖いよぉー」

ペタンとへたり込むひとみちゃんの姿を思い出して絶対笑ってるよね。
そんなこと思い出すな!なんて未来の私はまた怒られてるかもしれない。

「情けないひとみちゃんでちゅねー」
「赤んぼ扱いすんな!…ん?もしかしてそれって赤ちゃんプレイのお誘い?」
「な、な、なに言ってんのー!!そんなわけないでしょ!ひとみちゃんのエッチ!バカ!」
「まあまあ。せっかくだから…ままぁーおっぱーい」
「あぁんっ…ひとみちゃんってば急にそんなところ…はぁんっ」

ティッシュを鼻につめた間抜け顔で迫ってくるひとみちゃん。
それをしっかり受け入れる私。

私たちはいつまでたってもおバカでエッチだね。
きっと未来でもそれは変わらないよね。



未来の私たちは今日も愛し合ってますかー?





今の私たちは見てのとおり愛、全開です!












<了>


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