ベイビー・イッツ・ユー






「梨華ちゃん、これねマジ辛いから食わないほうがいいよ絶対」
「これパッと見は美味しそうだけど実はイマイチ」
「今ハマってるのはこれ。甘すぎずくどすぎず、ちょうどいい味なんだよ〜」

コンビニの新商品をいちいち手にとって私に説明してくれる。
身振り手振り、可能な限り面白いエピソードを交えながら。
優しい私の恋人、ひとみちゃん。
私は今日彼女にサヨナラを告げる。そのつもりだった。ほんの数時間前までは。



「私たち別れよう」
「へっ?」

彼女の家につくなり単刀直入にそう切り出した。
予想通り彼女は驚きを隠せない様子。
あんぐりと開いた口からお茶がポタポタと零れた。

「ほら、口拭いて」

いつものことなのでティッシュを取り素早く彼女の口元に持っていく。

「ああ、もう服濡れちゃったじゃない。カーペットは?平気?」
「梨華ちゃん…」
「ダメじゃない。飲むならちゃんと飲まなきゃ」
「うぅゴメン」

情けない格好で私に許しを請う姿をもう何度も見てきた。
でもそれも今日で最後。これからは自分で口拭くんだよ?

「なんでだよっ」

突然彼女が大声をだして私の両肩を掴んだ。

「なんで…なんでそんなこと言うんだよっ」
「ひとみちゃん落ち着いて」
「これが落ち着いてられるかっ。ねぇどうして?他に好きな人ができた?」
「ううん、違うの」
「じゃなんで?もうあたしのこと好きじゃないの?」
「そんなことない。大好きだよ」
「なんなんだよ。わけわかんないよ。あっこないだエッチしすぎたから?
 梨華ちゃん朝早いからってイヤがってたのにむりやりやっちゃったからそれ怒ってるの?」
「違う違う。そんなことじゃない。だってあれはあれでよかったし…
 そのあと何回も求めたのは私だし…ってなに言わせるのよ!もう!
 ひとみちゃんほんっとに落ち着いてよ!」
「梨華ちゃんこそ落ち着いて!バカなこと言い出さないでよ〜」

ひとみちゃんはウェーンと子供のように涙をポロポロ垂らした。おまけに鼻水や涎まで。
あぁと思いまた手を伸ばし、ティッシュを何枚か抜いて顔や口元を拭う。

「ほらチーンして」
「チーン」
「いちいち言わなくていいから」

ぐずぐずと鼻をすすり上目遣いで私を恨めしそうに見る彼女。
私がいなきゃなにもできなくなってしまったこのコ。
こんな状態お互いにとってマイナスでしかない。
ひとみちゃんの将来のためにも今のうちに別れるしかない。

「ほんとに、別れるつもりなの?」
「だってひとみちゃん私がいなきゃなにもできないでしょ?」
「だったら尚更…」
「前はそんなことなかったじゃない。私と付き合う前はちゃんと自分のことできていたし、
 外にだって遊びにでかけてたでしょ?今じゃほっといたら2週間以上も家に籠りっぱなしだし、
 たまに出かけるかと思えばコンビニばかりだし…そんな生活絶対良くないよ」
「ねぇお願い。そんなこと言わないで。梨華ちゃんに捨てられたらあたし生きていけないよ。
 会えなくなったらキスできなくなったら、エッチだって…しなかったら死んじゃうかも」
「そんなわけないでしょ!しっかりしてよひとみちゃん。
 私だって普通のデートがもっとしたかったんだよ?
 映画観に行ったりお買い物したり…そういう普通の恋人みたいに過ごしたかったのに」
「そんな映画なんてDVD借りてきて家で観たほうが梨華ちゃんとピッタリできるし、
 梨華ちゃんの買い物って超長いから正直ちょっと付き合いきれないし…」

ムッカー。なんですって?!私のせいだって言いたいの?この人。
自分のお尻に根が生えちゃってるくせに、不精の理由を
私の長い買い物のせいにすり替えてるってどういうことよ。もう絶対別れてやる!

「長くたっていいでしょ!それくらい恋人なら付き合って当然じゃない」
「でも毎回毎回何時間もピンクばっかり見せられる身にもなってよ…」
「ひとみちゃんは私のことが好きじゃないからそういう風に思うのよ。
 やっぱり別れるしかないね!」

カーペットの毛玉を指でいじくって、所在なさそうに俯いていた彼女が反論する。

「なんだよそれ。好きだよ。好きに決まってんじゃん。
 初めて会ったときからベタ惚れだよ!梨華ちゃんしか見えてないんだよ!
 キショくってもピンク好きでもウザくっても…梨華ちゃんがいなかったら
 あたし生きてる意味なんてないんだよ。だから別れるなんて…。
 お願いだよ、ねぇ、梨華ちゃん」
「ひとみちゃんにしっかりしてほしいから、だから別れたほうがいいんだよ私たち」
「梨華ちゃんはあたしが死んじゃってもいいの?」
「まさか!なんでそんなこと言うの?」
「だってあたし梨華ちゃんがいなきゃ死んじゃうよ、たぶん。
 それでも別れるってことは梨華ちゃんあたしが死んでも構わないってことじゃん。ウェーン」

あぁまただ。この駄々っ子がこうなるともう手がつけられない。
手足をバタバタさせて床をゴロンゴロン転がって、大声で泣きわめく。
その度に私がご近所に謝ってまわってること、知らないでしょ?

「ひとみちゃんいいかげんにして!」

パタッと泣き止み恐る恐る私の顔を見る彼女。
そんな顔しないで。上目遣いはやめて。抱きしめたくなっちゃうじゃない。

「私がいなきゃどうにかなっちゃうような、そんな頼りない人はもう嫌なの」
「梨華ちゃん…」
「だから…」
「わかった」
「へっ?」
「わかったよ。梨華ちゃんがそこまで言うならもう諦める。
 すごくヤダけど、苦しいけど、もう梨華ちゃんとは会わない。
 一生会わないし口も利かない」
「な、なにもそこまでしなくても…ほら、友達とか」
「ムリ!ぜってームリだもんっ。友達なんかでいられるわけがないよ。
 一生会えないと思わなきゃ諦めつかないもん、梨華ちゃんのこと」
「ひとみちゃん…」
「それに新しい恋もできないし」

ん?ちょっと待って。今なんて言ったのこのコ。
新しい恋ですってぇぇ?
私と別れるのをあんなに嫌がって駄々こねてたくせにもう新しい恋の心配ですか。
私のことが好きだって言ったのに。
キスしたいって、エッチしなかったら死んじゃうって言ったくせに。

「へーひとみちゃん新しい恋するんだ」
「そりゃあいつかはすると思うよ。梨華ちゃんだってそのつもりなんでしょ?」
「私はそんなことないもんっ。ひとみちゃん以外の人とそういうことなんて…考えられない」
「だってあたしたち別々の道を行くんだから」
「なんで、なんでそんなこと言えるの?私とのことどうしてそんな簡単に済ませちゃうの!」
「今はお互い辛くてもきっと笑える日が来るよ。
 もう会えないけど梨華ちゃんのことは忘れないよ」
「イヤッ!そんなの絶対イヤッ!!忘れるとか忘れないとかそんな…
 忘れられるのは悲しいけど。と、とにかく二度と会わないなんてそんなこと言わないで。
 ひとみちゃんと会えなくなったら死んじゃうよ〜」

エーンと泣く私の頭をなでなでしてくれるその手は温かいけど、
どうしてなにも言ってくれないの?
やっぱり私のこと呆れちゃった?ウザイ?面倒くさい?

「もう梨華ちゃん泣くなよ〜」
「ひっぐ、だって、だって」
「梨華ちゃんが泣いてたらこっちまで泣きそうだよ」
「ひと、ひとっ、ひとみちゃ、んがヒドイごど、言うんだぼん」
「ほら涙拭いて」
「うぐっ」
「子供みたいだな〜梨華ちゃんは」

ひとみちゃんがティッシュを取って私の目尻に優しく押しあてる。
いつもと逆だね、これじゃ。
私今までお姉さんぶってたけど本当はひとみちゃんに甘えたかったんだ。

「他の人のところになんか行かないで〜」

まだ少し涙を止められぬままひとみちゃんに抱きついた。

「梨華ちゃんが別れるって言い出したんじゃんか〜」
「あ、そういえばそうだけど…」
「ねぇ梨華ちゃん、あたしのこと好き?」
「好きだよ。ひとみちゃんは?」
「もちろん大好き」
「あー!あたしだってあたしだって大好きだもん!」
「あはは。あんがと。うちら好き合ってるんだよね?」
「うん。そうだね」
「じゃ別れることないんじゃない?」
「それはたしかにそうかも…」
「じゃ問題解決じゃん!ってことで…」
「ちょっ、ちょっと待って。そんないきなり」
「ムリ。止めらんないもん」
「あぁんっひとみちゃんってばぁ」



結局なし崩しにエッチして満足したのか、ひとみちゃんは子供のような寝顔で
私をギュッと抱きしめたまま離そうとしない。
私もその腕の心地よさと充実感をいっぱい味わった。

そして今に至る。

「ひとみちゃーん、コンビニだけじゃなくてもっといろんなとこ行こうよー」
「んえぇ!あたしと一緒でもつまんない?梨華ちゃん」
「そんなことないけど」
「コンビニを甘く見ちゃいけないよ梨華ちゃん」

ひとみちゃんはわざとらしくチッチッと人差し指を横に振りながら
もう片方の手を腰にあてた。

「ここは常に新しい風が吹いてるんだから。
 ぼやぼやしてたらあっという間に取り残されるんだよ?」

なんでそこまでコンビニに…。
ていうかとっくに世間から取り残されてると思うんだけど。
そして私はなんでこのコンビニ好きから離れられないんだろう。

「梨華ちゃん、百円ちょうだい?」

右手を出して首を傾ける姿がかわいくて思わず五百円玉を渡してしまった。

「お菓子ばっかり買っちゃダメよ?」
「わーい。やったぁ!」

子供のように手のかかる彼女の仕草ひとつひとつがいちいち胸をくすぐるからかな。
私が彼女をずっと見ていたいって思ってしまうのは。

「あとでじっくりサービスするからね」
「え?」
「好きだよ」

耳元で囁かれついでにお尻を軽く撫でられた。
子供だと思っていると次の瞬間にはドキッとさせるようなことを言ってのける。
このコに翻弄されっぱなし。こんなかわいいコ、放っておけるわけがない。
私の恋人はかわいくって情けなくってかっこよくて…ただひとりのかけがえのない人だから。


ずっと私がそばにいて叱ったり甘やかしたりしてあげなきゃね。


だけどたまにはコンビニ以外の場所にも連れてってよね、ひとみちゃん。










<了>


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