5年後には






「今はただ、終わるのが怖いの」




そう言って目を伏せる彼女になんと励ましの言葉をかけたらいいのだろう。
なにを言っても的外れな助言になりそうであたしは黙って紅茶に口をつけた。

「でも奥さんに悪いなって思う気持ちもあって」

罪悪感がつきまとって離れないと彼女は言った。
さっきから一方的に彼女は自らの思いを語っている。
あたしは相変わらず聞き役に徹していた。不本意ながらも。

「奥さんにバレなければ永遠に終わらないのかな」

そう言って窓の外を眺める彼女に思い切って言葉を発した。

「不倫より悪いことしてる人なんていくらでもいるよ。
 自分は気づかないままに人を傷つけたりとか。気づいてるだけあなたは偉いほうだよ」

あたしの言葉を聞いてるのか聞いてないのか、彼女は何も言わずに冷めた紅茶を啜った。
彼女からの返答が得られなかったことに少し落ち込んだ。
気の利いたセリフひとつ言えない自分が情けなくて唇を噛んだ。
言わなければよかったと後悔して伝票をつかんだ。

「励まし下手なよっすぃーに励まされちゃった」
「次は5年後だよ?」

彼女の意外に明るい口調につられ、あたしもおどけてそう返した。
少し笑って5年後も励ましてね、と言う彼女。
その頃には彼女に対する想いはきっと消えているだろう。消えていてほしい。
5年後が、待ち遠しかった。



彼女を励ますことができたのだろうか。
彼女の気晴らしになれたのだろうか。

それだけが気がかりのままあたしたちはその場をあとにした。





彼女はもう3年も妻子ある男性と先の見えない関係を続けている。
そしてあたしは報われない片思いをもう4年もずるずると続けている。

どうして彼女のことをこんなにも想い続けているのか、諦めの悪い自分に嫌気がさす日々。
辛いとわかっていながらも時々彼女と会い、彼女と彼の話を聞いてその度に肯定してあげる日々。
自分にとって決してプラスにならないその時間も、彼女の顔が見れるならとじっと耐えてきた。

そしていつしかそんな時間に慣れてしまった。
彼女から彼とのノロケや喧嘩や将来への不安を聞かされても、最初の頃ほど胸は痛まなくなった。

きっとあたしの心はもうボロボロで、傷がありすぎて麻痺してしまったのだろう。
痛みという感覚だけでなく、最近は喜怒哀楽までが薄くなったと思う。実際人にもそう言われた。

あたしにとって彼女との時間は最早マイナスでしかない。このままでは自分がダメになる。
そう思いつつも彼女に呼ばれるとこうしてのこのこと足を運んでしまう。
それもこれも彼女の顔が見たいがため。

あたしが正常な心を取り戻すにはもう手遅れなのかもしれない。



そして彼女もまた、その決して短いとは言えない時間の中で
なにかを失ってしまっていたのかもしれない。





「5年、か」
「うん?」
「明日も明後日も来月も来年も一気に飛ばして今すぐ5年後になればいいのに」
「そうだね」

5年後には彼女は彼との関係に終止符を打っているのだろうか。
5年後にはあたしは彼女への想いを断ち切れているのだろうか。

「どんな風になっていてもよっすぃーは私を励ましてくれるんだよね?」
「うん。5年後には必ず梨華ちゃんを励ますよ」

5年後、あたしたちがそれぞれ抱えてるものを手放していたとしても
あたしは彼女の顔が見たくて、きっと彼女を励ましに行くだろう。





あたしが彼女にできるそれが最後の約束だから。










<了>


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